第一章 Ⅿy birthday (誕生) 4
この豚舎の中には、分娩柵で区切られている分娩豚房が、通路を挟んで左右に六つずつの合計十二豚房あって、どの柵の中にも大きな母豚が入れられています。
母豚たちは、とても大きなお腹をした分娩間近の豚や、既に分娩を終えて、子豚に授乳をしている母豚など様々で、その品種も、茶色い毛色のデュロック種や、白い被毛をした大ヨーク種とランドレース種の純粋種たち。そしてそれらの純粋種同士を交配した交雑種など、色々です。
僕のお母さんは、黒白の毛の色をしたバークシャー種です。もちろん僕と同じ、黒白のパンダぶたです。
お母さんは、とても大きいです。僕が、生れて初めて見た動く物がお母さんだったのですが、おっぱいを吸いながら前を見てもただ大きなお腹が見えるだけで、お母さんの顔もお尻もまるで見えません。まるで大きな黒い山の様です。
たまに、お母さんの顔の所に行って顔を鼻で突っついてみるのですが、いつも「ブフー!」と大きな声で怒られます。
お母さんは、給餌器の餌を食べる時には体を大きく揺さぶると、(ガタン!)と音をさせながら体を起こして立ち上がります。その音で、僕らは踏まれないように、お母さんの足元から蜘蛛の子を散らす様に散らばって逃げます。
お母さんが立って餌を食べている時は、僕たちは広々と空いたお母さんのお腹の下を駆け回って遊びます。お母さんは、餌を食べ終わった後は、その大きなお腹で僕たちを押し潰してしまわない様に、後ろ脚からゆっくりと腰を下ろしながら体を横たえ、寝転んでくれます。
子育ての下手な母豚は、お腹からドスンと一気に寝転んでしまうため、悲しいことですがお腹で子豚を押し潰してしまいます。
でも僕のお母さんは、子育てがとても上手です。
小父さんは朝と夕方、掃除と餌やりのために豚舎にやって来ます。豚舎のドアをガラガラと開ける音がする度に、驚いた僕たちは一斉に「ブビ ‼」と鋭い鳴き声を上げると、分娩柵の中を走り回ります。
ある朝、(ガラガラ…)と開けられたドアから見えた外は、真っ白な銀世界でした。昨夜、雪が降ったのでしょう。
僕は初めて雪を見ましたが、同時に身震いするほどの冷気が部屋の中に流れ込んで来ました。でも、小父さんが直ぐにドアを閉めてくれたので、また部屋の中は元の温かい空気で満たされました。
ほんのりと赤い保温電球と、電熱ヒーターも温かいけれど、お母さんのお腹はもっとぽかぽかです。おっぱいを咥えながらついうとうとと、いつの間にか居眠りをしてしまいます。
僕たちはこの分娩舎で三週間、お母さんからおっぱいをもらって育ちます。生後二週間目からは、お母さんのおっぱいのほかに、離乳食である人工乳という代用乳ももらいます。
この間には、病気を防ぐためのワクチン注射をされたりと痛い事もありますが、いつもお母さんの側でおっぱいを吸って過ごすことができます。
ですが生まれてから三週間経つと、離乳と言って、お母さんから僕らは離されて哺育豚舎に移されます。お母さんと別れるのは寂しいのですが、お母さんは別の豚舎に移されて、そこで次の子豚を産むための準備に入ります。これも、美味しい豚肉をたくさん作るためには、しょうが無い事なんですね。
だから分娩舎にいる間に、僕はお母さんに目一杯甘えます。乳房からおっぱいが出ている時はもちろん、寝る時にも乳首を咥えてしがみ付いています。
でも、いよいよ離乳の日が、明日に近づいて来ました。
お母さんともこれでお別れです。そう思うと、今夜は悲しくて眠れそうにもありません。でも、明日にはそんな事が起こるとは知る由も無い姉弟たちは、無邪気に柵の中でじゃれ合っています。
僕は人の言葉が解るからでしょうか、『希望』を持って未来について考えることもできます。でも僕の姉弟やほかの豚たちには、今というこの一瞬だけしかなくて、この刹那を本能のままに生きる能力しか与えられてはいないのでしょう。
未来を知り得ることと、知り得ないこと。果たしてどちらが、より幸福なのでしょうか。
しかし、経済動物や産業動物と呼ばれる豚として生れ、いずれ人の手で殺されて食肉となる定めにある僕たち豚としては、『希望』など持たずに、未来の事なんて何も知らないままの方が、きっと幸せなのでしょうね。
それは僕にとっては、すごく悲しいことなのですが。でも僕は、それが不幸だなんて思いません。
だって僕は、夢や希望を胸に、一生懸命に今を生きたいですから。
★注釈です
豚は、品種も多く、肉として利用するための交配方法や、その交配組み合わせもかなり複雑で、割りにくいとは思います。
ただ、基本の組み合わせが分かってしまえば、ある程度は単純な組み合わせです。
ですので、興味のある方は、別途、調べて頂ければ、ご理解が深まると思います。
本作では、なるべくそれらを説明しながら書き進めますが、内容がくどくなりがちで、時に鼻につく文章となっていることをご了承ください。
(かしこ …)




