第一章 Ⅿy birthday (誕生) 3
豚舎のドアをガラガラと開ける音が響き、小父さんが部屋の中に入って来ました。
「みんな元気か?」
そう呼びかけながら、小父さんは分娩柵の中を覗き込みます。
「乳の出も良さそうだし、元気におっぱいを飲んでいるな。よしよし…」
小父さんはそう頷くと、部屋の隅の戸棚から大きなカゴを運んで来ました。そしてそのカゴを通路の上に置くと、「よっこらしょ!」という声とともに、柵をまたいで分娩柵の中に上って来ました。
「よしっと!」
そう声をかけ子豚たちを捕まえると、通路に置いたカゴの中に移していきます。僕もあっけなく捕まえられて、カゴの中に入れられました。
「一、二、三、…七、八と。みんな、元気におっぱいを吸えたようだな」
僕たちは、黒白の毛色のバークシャー種という豚の品種で、黒豚とも呼ばれる純粋種です。黒豚の肉はとても美味しく、肉質も脂の風味が良くとても優れています。ですが、普通の豚肉として売られている、三つの種類の純粋種を交配して作られた交雑種と呼ばれる三元肉豚に比べると、生れる子豚の数が少ないんです。そして発育も遅いから、黒豚の肉はとても貴重です。
豚は生れる子豚の数が多い多産として知られていますが、交雑種の子豚が十四匹生まれるとすれば、僕たち黒豚は多くても九匹くらいでしょうか。だから、夕べ生まれた僕の姉弟が八匹でも、それは普通なのです。
そして生後三日目くらいまでに、僕たちは、お母さんのおっぱいから初乳という、体を病気から守るための免疫の素をもらいます。
その間には、いつも吸い付く乳房の乳首の場所が、子豚ごとに決まります。やはり体重が大きく元気のある子豚たちが、一番乳の出る乳房の並びの真ん中近くの乳頭を奪い取り、争いに負けた小さく力の弱い子豚は、乳の出が悪い端の方の乳首へと追いやられてしまいます。だからたくさんおっぱいが飲めずに、ずっと小さいままです。可愛そうですが。
「一番から、と…。」
小父さんは、夕べ生まれた順番で背中に書いた番号順に、カゴから子豚を取り上げます。その手には、鈍く光る良く切れそうなニッパが握られています。
左手で子豚を持つと、子豚の口の中に左手の人差し指と親指を差し入れて口を広げます。
「よいしょッ!」
そう声にして、右手に持ったニッパで根元から歯を挟み、強く握ると歯を切っていきます。
(パチン!)「ゥ、ギャー ‼」 (パチン!)「ビギャー !」……。
歯を切られている子豚は、口の中を血だらけにして、それこそ火が点いたかの様に泣き喚きます。その鳴き喚く声を耳にしているだけで、こっちにまで痛みが伝わってくるようです。
生れたばかりの子豚には、上あごと下あごの左右に切歯と犬歯が二本ずつ、合計八本の歯が生えています。この歯が、僕らがお母さんのおっぱいを吸う時に乳首を傷つけ、乳房炎と言う病気を引き起こす原因になります。
そこで生れたばかりの時に、ニッパでこの歯を八本とも根元から切ってしまうのです。
本当は、子豚が生れ落ちたそばから切っていくのですが、夕べは分娩の始まった時間が遅かったので今朝にしたのでしょう。傍目には残酷な作業で、子豚がとても可愛そうに見えるのですが、それにはこうしたちゃんとした理由があるのです。
小父さんは歯を切り終わると、子豚の左耳にイヤータッグと呼ばれる番号の入った黄色い耳標を打ち込んでいきます。そして、台帳の、背中に1を書いた子豚の欄に今打ち込んだ耳標の番号を書き込みます。
この番号は、これから私たちが育って行く上で、僕たちを区別するための名前とも言える、重要な固体識別の番号になります。
この一連の作業が終わった子豚はまた、分娩柵の中に戻されます。
僕の背中には、昨晩二番目に生れたという2が、黄色いマジックで書き込まれているはずです。いよいよ次は僕の番です。
僕は小父さんに捕まれてカゴの中から持ち上げられると、口の中に二本の指を突っ込まれました。小父さんは僕の口を、突っ込んだ二本の指で左右に大きく開きます。
「ビーッ! ビ、ビー ‼」
僕は嫌がり、黄色いウンチを漏らしながら暴れます。さっき、1番の番号が振られた僕のお姉さんがされていた事を、しっかり全部見ていましたから。
「これ! ジッとしていろ。直ぐに終わるから…」
小父さんはそう言いながら、僕の上あごの左側から歯を切り始めました。
(パチンッ!)
「ビッ! 、ビギヤーッ ‼」
もの凄い悲鳴が、部屋の中に響きます。僕は思わず、大声で叫び声を上げていました。その痛さと言ったら…。焼けつく様に熱い痛みが痺れとなって、頭の中でジンジンと跳ね回っています。
(パチン!)「ビギャー ‼」
もう、火が点いてしまったかの様な絶叫の連続です。そして「ビギャー ‼」と四回絶叫し、八本の歯を全部切られた時には、激痛で頭の中はもう真っ白でした。ジーンとした重い痛みに体が固まり、とても動くこともできません。
切歯が終わると、次は耳標の打ち込みです。小父さんは耳標をパンチにセットすると、僕の左耳の血管を避けて打ち込みました。
(パチッ!)。乾いた音を立て、耳標が耳に装着されました。それはあっと言う間でしたから、もう痛みはあまり感じません。
僕の耳に、黄色い耳標に黒い字で『24』と印字されている耳標が入りました。小父さんはその番号を台帳の二番目の欄に記入すると、「ほいょ!」と声をかけながら僕を分娩柵の中に戻しました。
「ビブー…」
口の中は痛みの痺れと血に塗れ、真赤です。もう切られた傷口に染みて、当分おっぱいを吸う気にもなりません。
「ビㇶヤーッ ‼」
通路では相変わらず、姉弟が、(パチン!)というニッパの音とともに、大きな悲鳴を上げ続けています。
「よし! 終わった」
小父さんはそう言って空になったカゴを片づけると、分娩柵のスノコの下に溜まる糞を、部屋の端の分娩柵から順番にかき出し、一輪車の上にスコップですくい取って行きます。そして掃除を終えると、分娩柵の上に計り取られていたバケツの餌を餌箱へと落し込み、母豚たちに餌を給餌していきます。
そして、小父さんは全ての作業が済むと、一輪車を押して豚舎を出て行きました。後にはドアを閉める、(ガラガラ…)という音の余韻だけが残されました。
*注釈です
作品中に出てきます、母豚の乳房の乳房炎を防止するための子豚の切歯ですが、今の養豚経営で行われているかは分かりません。
私の知識がかなり昔の事ですので、もし、作中の表現が関係者の皆様を不快にさせるものでしたら、予めお詫び申し上げます。
現在、養豚をはじめとした畜産業界では、アニマルウエルフェア(動物福祉)の考えが徹底されている事を十分承知しております。
よろしくお願いいたします。




