第五章 探検 3(姉妹たちとの再会)
「そうだ、肥育豚舎に行ってみよう」
そう考えが頭の中に浮かびました。そこには、僕の姉弟たちがいるはずでしたから。
僕は種雄豚舎から注意深く離れると、また側溝沿いの植え込みや木立の影に隠れながら、さっき来た方とは反対の方向に向かいました。
肥育豚舎の大体の位置は、何となく分かっていましたから。
前の方に大きな豚舎が見えて来ました。あれが肥育豚舎です。幸いにも、僕は小父さんたちに見つからずに無事、ここに来ることができました。
‥ 「ビヒー! ビギー!」(ガガン、ガン、ガン)「ピギー、ブー」 ‥
豚舎の中からは、豚たちの喚き鳴く声や、賑やかに走り回る音が漏れ聞こえて来ます。
きっと、給餌器の餌を奪い合って騒いでいるのでしょう。
僕は豚舎の入り口にそっと近づき、扉の影から中の様子を窺います。上手い事に、小父さんたちはほかの豚舎の様で、中にはいません。
「しめしめ …」
僕は「ブヒ、ブヒ …」とほくそ笑み、豚舎の中に入って行きました。
この豚舎は真ん中の通路を挟んで、両側に肉豚を収容するための豚房がずらっと並ぶ、とても大きな豚舎です。肉豚のいる豚房は、片側に十五部屋はあるでしょうか。両方を合わせ、三十豚房くらいあるようです。
僕は、端の豚房から順番に中を見て回ります。どこの豚房にも豚が入って一杯です。豚たちは僕の姿を見ると、珍しい物を見る様に鼻を鳴らしながら近づいて来ます。
「ブイ、ブイ」
と、鳴きながら。
この肥育豚舎には、やはり、食肉になる定めの三元肉豚が一番多く飼われています。
三元肉豚はたいがいが白い毛色をしていますが、ランドレース種や大ヨーク種の純粋種とは、耳の微妙な垂れ方と、顔付きや体型などの違いで簡単に見分けが付きます。
あとの豚たちは、純粋種の種豚の選抜から漏れた純粋種や、F1母豚としての選抜から外れた二元交雑種の豚などでしよう。
「あ! いました」
黒い体に六ヶ所の白い模様の入った、僕と同じ黒豚です。豚舎の真ん中の三つの豚房に、それぞれ十頭くらいが入れられています。
このバークシャー種だけが、肉専用種として、生まれ落ちた子豚をほかの豚を交配しないで純粋種のまま肥育して、肉にします。
この豚房のどれかに、僕の姉弟たちがいるはずです。僕は懸命に、豚たちの臭いを嗅いでその豚房の周りを回ってみましたが、どれが僕の姉弟たちがいる豚房か分かりません。
三つある豚房のバークシャーは、どれも僕よりもはるかに大きい豚たちです。きっと、餌を満腹になるまで食べては眠ってという生活を送っているため、僕よりも大きくなる成長のスピードが速いのでしょう。しかもこの肥育豚舎の豚房には、走り回れる運動場が無いのですから。
豚房の中の豚たちも、その僕の事を興味深く見ている様で、時々、
「ブイ、ブ、ブイ ブ ブ」
と鳴きながら僕の方に近寄って来ます。でも、僕が豚房の中に鼻先を突っ込むと、短く「ぶ!、ぶ!、ぶ!」と、警戒の鳴き声を上げて怯えた様子を見せると、豚房の奥の方に引っ込んでしまいます。
せっかく久しぶりに、僕の姉弟たちに会えたというのに。
僕のお母さんや、お父さんがそうだった様に、ここでも僕は、肉親との感動的な再会はできずじまいでした。
「あんな所に、豚が出ているぞ!」
小父さんの大きな声に驚いて、 ビクッ! としながら後ろを振り返りました。
そこには小父さんと、あの青いツナギを着た兄ちゃんが立っていました。
「バークシャーか! どこの豚房から逃げ出したんだ? 早く捕まえるんだ、お前は向こうに回れ!」
小父さんのその声に、兄ちゃんは豚舎の反対側にある、もう一方の出入り口の扉に向かって走って行きます。
そして小父さんは、僕を見詰める視線を離さずに、自分たちが今入って来た入り口のドアを後ろ手に閉めると、そこで、兄ちゃんが反対側のドアを閉めるのを待っています。
間もなく、ガラガラという音とともに、豚舎の二つのドアは完全に閉め切られてしまいました。
「しまった! 豚舎の中に閉じ込められた。しかも、二人に前と後ろから挟み撃ちだ」
僕はそう舌打ちをしました。「ブヒっ!」と。
小父さんは、ベニヤ板でできた追い板を両手に持って、
「ようし、いい子だ。動くなよ」
と、僕に声を掛けながら、だんだんと間合いを詰めながら僕に近づいて来ます。
僕の後ろからも、青いツナギの兄ちゃんが、小父さんと同じ様に両手に追い板を持って、ゆっくりと僕との距離を詰めて来ます。
「 … 、…… 。」
僕はもう逃げるのをあきらめ、捕まるのを観念して ジッ とその場に佇み、動かないでいました。
「よしっ。捕まえた!」
その掛け声とともに、小父さんにグッとシッポを掴まれ、僕は囚われの身となりました。短かった自由な日々も、これで終わりです。
「しかし、おとなしい豚だなぁ? 逃げもせんで。あれっ‼ …。耳に耳標が入っているじゃねえか⁉。…玉も付いているし、耳刻も切ってある。しかも …、黒白の、バークシャーか⁉ …」
小父さんは僕の姿を見て、驚いて首を傾げています。
「こいつ。この前、育成豚舎から逃げ出した豚の中の一頭じゃないですか?」
兄ちゃんが、小父さんにそう言っています。
『 正解! 』
心の中で僕は、そう呟きました。
「ああ、そうか。あの時の …。みんな捕まえたと思っていたんだが⁉ こいつは、どこに隠れていたんだ?」
「まぁ、いいか。車を持って来い。育成豚舎に運んじまうか」
そして僕は、育成豚舎のあの豚房に再び入れられました。
同じ豚房の豚たちは、初めは僕の臭いを嫌になるほど鼻をくっ付けて嗅いでいましたが、しばらく経つと僕に興味が無くなった様で、もう誰も僕に近づいては来ません。
こうして、僕の短い脱走劇も終わりを迎えたのでした。




