第一章 Ⅿy birthday (誕生) 1
僕が生まれたのは、雪の降る、ある寒い晩のことだった …。
僕の名前は、くろ助と言います。
見た目が黒白だから、パンダぶたとも言われますが。黒い毛が生えた体に、鼻の先と手と足の先、それにクルッと丸まったシッポの先が白い毛で覆われています。
だから昔から “ 黒六白 ” と呼ばれている黒豚です。
どうしてでしょう? 僕にはなぜか、人の話す言葉の意味が解ります。でも、姉弟たちの言葉は全く分かりません。彼らの話す言葉は、ただ「ブー」とか、「ブヒー」と鳴き声を上げているとしか私には聞こえません。
そして僕にとっては、これが一番悲しくてとても残念な事なのですが、私のお母さんの話す言葉も、僕には意味が全く分からないんです。僕はたまに、お母さんの顔の目の前に行って「おかあさん!」と呼びかけてみるのですが、いつもお母さんは「ブ! ブ、ブッ!」と鳴きながら、あっちへ行けと言わんばかりに怒ったように頭を振って、ただ僕を追い払うだけでしたし。
もしかすると僕は、人の生まれ変わりなのでしょうか? それとも私たち豚には、元々、人間の話す言葉のような意味を持った言葉というものが無いのでしょうか? でもそれは、僕にも本当はどうなのか、正直確かめようもないのですが。
僕が生まれたのは、小さな盆地の外れにある高台の、ある養豚農家の分娩舎でした。そこからは、遠くに、白く雪を被る富士山の頂きを望み視ることもできます。
あれは雪の降る、ある寒い日の晩のことでした。
その夜の夜更け、僕のお母さんに陣痛が始まりました。
農場主の小父さんは子豚の出産に備えて、お母さんのお尻の辺りに保温電球や、電熱ヒーターを取り付けてくれました。
お母さんは分娩の陣痛の痛みに耐えながら、強い痛みがやってくるたびに「ブッ! ブブッ、ブッ!」と小さな唸り声を上げ、分娩柵に敷かれる赤いスノコの上に横たわっています。
この分娩舎は窓の無いウインドレス豚舎でしたから、冬の寒いこの時期でも建物の中は暖かく、快適な温度に保たれていました。
ただ、シーンと静まり返る部屋の中で、屋根に幾つも取り付けられている排気ダクトの換気扇が、(ゴオーッ)と低く唸る音に、分娩を控えるほかの母豚たちが時々鳴く、「ブフー、…」というため息にも似た声が混じって聞こえてきます。
「陣痛の間隔もだいぶ近づいたし…。分娩が始まるのももう直ぐだな」
小父さんはそう呟くと、出産の準備に取りかかります。濡れて産まれてくる子豚の体を拭くたくさんの布きれや、犬歯を切るためのニッパと体重計、そして耳に装着する黄色い耳標と黄色いマジック。これらが入ったカゴを分娩舎の隅にある戸棚の中から取り出してくると、通路に用意した作業台の上に並べていきます。
お母さんは、高床式分娩柵という床から一段高い位置に設置された柵の中に、通路にお尻を向けて横向きになって寝ています。そして時々、陣痛の痛みに耐えるように「ブブッ」と短い唸り声を上げ、(ガシャッ!)と脚で柵を鳴らして上半身を起こします。
(ゴオーッ…)
天井の換気扇が低く唸る音が、保温電球が黄色く照らす部屋の中に響いています。外では相変わらず雪が、しんしんと静かに降り続いていました。




