第4話 ギルドの任務
フレアワイバーンの襲来から街は一夜明けて、私が目を覚ます頃には既に日は傾き、宿舎の窓辺に差す光の色は少しオレンジ色がかっていた。
「おはよう、コメット。昨夜は大変だったな。今日は無理せずゆっくりするといい」
所持品入れに入ったアイテム類の整理を行いつつ、気遣うようにシグが声をかける。
私は彼と話すために、シュゥゥゥ、と人間の姿になった。
「シグさん、お気遣いありがとうございます。私の体はもう大丈夫なので、冒険に向けて準備しましょう!」
「そうか、なら後で冒険者ギルドのカウンターに行って、次の仕事でも貰ってくるか」
私はついに冒険に出かけるんだ…と緊張したけれども、同時に知らない土地への旅立ちは私にとってワクワクするものでもあった。
「はい、そうしましょう!」
私は気合を入れてそう答えた。
「ところで――」
シグはふと話を切り出す。
「昨夜のフレアワイバーンとの戦いで…お前が変化したあの水属性の姿、一体あれは何だったんだ?」
寝起きの私は、夕べのことがまだ夢のように感じられ、彼に指摘されるまではそのことを忘れていた。
「えっと…私、自分でもよく分からないんです。そもそも、私に変身能力が備わっているなんて知ったのはシグさんと出会ってからですし…」
「そうか…自由になんでも、好きな姿になれるわけでは無いんだな…」
ふむ、と腕を組みながらシグは考える。
「一度なったことのある姿には、おそらく自由になることができるみたいなのです…が、最初に変身するきっかけは不明なのです…!」
私をじっと見つめていたシグがふいに気が付いたようにハッ、として口を開く。
「なあ、昨晩のお前のあの姿…前に戦ったスライムと似てなかったか?」
あっ、と私は声を出す。
「…確かに、水属性でぷるぷるした体…似てます!……はっ!つまり、私は倒したことのある魔物の種族になれる、ということでしょうか…!」
シグの考察に興奮する私。その横で、シグはふと表情を曇らせる。
「まて、じゃあお前が人間になれるということは、つまり…」
彼の眼光が無意識に鋭さを宿したのが見て取れた。
「へ?まさか、私…!そんな…!?」
あたふたしながら必死に考える私。そしてふと、彼に出会った時を思い出した。
「ああ…あれですよ、つまり、私達の出会いの時…崖から落ちてきた私にぶつかってシグさんが気絶したあの時…!あれが"人間を倒したという判定"になったのでは!?」
彼はキョトンとして、その後少し笑った。
「なるほどな…確かに、その可能性が高そうだ。もっとも、お前のように非好戦的な魔物が、わざわざヒトを襲うとは思えないしな」
彼の瞳から鋭さが消え、いつもの雰囲気に戻ったことに私は心底ホッと安心した。そして自分の能力について、少しだけ謎が解けたような気がしたことが嬉しかった。
その後は予定通り、冒険者ギルドのカウンターへ任務を受けに行った。
私は魔物の姿でシグの肩に乗り、マントの隙間から外を覗いていた。
「お疲れ様です、シグ様。…と、たぶんその中に隠れているであろう従魔さん。昨晩の街の防衛では大変ご活躍なさったと聞きましたよ!本日のご要件は何でしょうか?」
受付けの女性が愛想よく対応する。
「そろそろ次の任務を受けようかと思ってな。何かこの地域の依頼は入っているか?」
シグが問うと、受付けの女性は資料棚からガサゴソと書類を取り出し、これなんてどうでしょう?と一枚の紙を見せる。
「ここから東へ少し行った所にあるヴェルデイルの森の調査任務、などは如何でしょうか」
ほう、とシグは顎に手を当てると、依頼書に書いてある任務の詳細に目を通す。
「以前、この森は比較的安全なため、木材や樹の実などの天然資源を求めて一般市民が出入りする程だったのですが、現在は様子が一変しているとのこと。先日は森へ迷い込んだ商人が、大きなドラゴン族の魔物に襲われるという事件も起こっています」
眉をひそめつつシグは説明を聞き、そして、よし。と依頼書を手に取り意気込んだ。
「わかった。この任務、俺達に任せてくれ」
「さすが!伝説の勇者ライゴ様の血を継ぐシグ様。そう言っていただけると思っていました!どうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
笑顔で手を振る女性。伝説の勇者ライゴって誰…?そう思いながら、シグのマントの中で首を傾げる私。
シグは受付けの女性へ手を振り返し、冒険者ギルドのカウンターを後にした。
外へ出ると、既に夕暮れ時となっていた。
「今日はもう日が沈みかけているし、この後は休んで明日またヴェルデイルの森へ向かおうか」
「きゅい!」
宿舎へ戻り、私とシグは部屋で一息ついていた。普段であればこの時間帯は、人間の姿でシグと会話していることも多いのだけれども、昨晩の疲れから私は魔物の姿のまま彼の膝の上に乗ってウトウトとしていた。
「ところでコメットお前…だいぶ体毛が汚れてきたな?それにちょっとなんか…煙臭い。」
本を読む片手間に私を撫でていたシグが言う。
真っ白い体毛は汚れがとても目立ちやすい。
昨晩のフレアワイバーンとの戦闘で煙や土埃にまみれ、私の身体はすっかりねずみ色になっていた。
「きゅ…」
私は野生で暮らしていた頃は、毎日巣穴の奥にある湧き水で水浴びをするのが日課だったのだけれども、思えばシグと人間の街で行動を共にするようになってからは、一度も水浴びをしていなかった。
「…疲れているだろうけども、お前も風呂、入るか?」
ふろ、というものが何なのか実はよく分かっていなかったが、話の流れ的にはおそらく水浴びみたいなものなのだろうと考えた私は、きゅー!と返事をした。
宿舎の廊下の突き当りに、その風呂という設備があるらしい。私は始めての風呂が楽しみで、ワクワクしながらシグと廊下を歩いた。
風呂の入り口にある扉には、普段は施錠がされており、使用する都度、冒険者ギルドのカウンターで鍵を受け取って中に入るらしい。
「きゅぅ…」
扉を開けて中に入ると、そこは棚がたくさんある部屋。ツタで編まれているらしい茶色い籠などが棚に置いてある。
「ここは脱衣所という部屋だ。いいか、まずはここで服を脱ぐんだ」
そう言うと、シグは私からは棚を挟んで向こう側、見えない位置で衣類を脱ぎ始め、そして腰に布を巻く。
私も身につけていた魔法の服を脱ごうとしたが、私の魔物の前足は人間の姿の時の手よりもさらに不器用で、うまく頭が抜けない。
服を被ったままジタバタ藻掻いている私を見かねたシグが手伝ってくれ、ようやく服を脱いで棚に置いた。
「よし、そしたら次はこっちの部屋だ。この先にお待ちかねの風呂があるぞ」
ガラガラ、と引き戸を開けて入ると、そこには大量の湯が入った大きな大きな木製の箱があった。
「きゅあっ!」
私が早速、興奮気味にその湯の中に飛び込もうとすると、シグが首根っこを掴んで引き止める。
「おいおい待てーい!汚れた体でいきなり浴槽に入るんじゃあない。まずはこのシャワーで体を洗うんだ」
そう言うと彼は私の体にシャワー…という先端から湯が線状に吹き出す魔道具を当て、わしゃわしゃと洗って毛の汚れを落とした。
そうして晴れてその湯船…というものに入れることとなった私。
「一人で入ったら溺れるかもしれないから、もう少しそこでいい子待っているんだぞ?」
彼はそう言いながら自分の身体を洗っている。子供扱いされた私はぷうっ、と頬を膨らませた。
だが事実、人間用の風呂であるため、この浴槽というものは、魔物の姿の私には少し深すぎるのだ。
一刻も早く入りたいのに…手持ち無沙汰な私は浴槽の縁に寄りかかり、ばちゃばちゃ、と前足で湯を掻いてみる。その間、シグは綺麗好きなのか念入りに身体を洗っている。
そのうちに、ふと思いついた私はシュウゥゥ、と体を人間の姿にして、ドッポン!と勢いよく湯船に飛び込んだ。
「おい、待てって言っ―――!!!??」
頭を泡だらけにしながら薄目でこちらを振り向いたシグ。
「え?大丈夫です!この姿なら溺れませんよ?…ほら見て。立ち上がると腰のあたりくらいまでしか深さがありません!」
私は湯船の中からひょこっと立ち上がり、シグに話しかけた。
「…悪ぃ、先に出るわ」
ボソリと呟いたその後、シグはなぜか無言でいそいそと身体の泡を流し、湯船に浸からず出ていってしまった。
おそらく、待っていろと言われたのにも関わらず、先に湯船に入ってしまったのがよほど気に障ったのだろう。
私は反省しながら、ぶくぶくと鼻まで浴槽に浸かるのであった。




