第2話 住処を離れて
次に私が意識を取り戻したのは布の中。隙間から洩れる光がまぶしくて、私はもぞもぞと身じろぎをする。
私は人間――シグの肩の上でマントの中にすっぽりと埋まり揺られていた。
顔を出して周りの景色を見渡すと、どうやら彼は私を連れて山を下り始めているようだ。
「…よお、気がついたか。もふもふ」
すぐ横で聞こえるその声は、心なしか先程よりもずいぶん親しげな口調である。
「きゅ、きゅぅぅ…!?」
私はちょっと待ってと言わんばかりにマントの中から這い出し、ピョンと、シグの前に飛び出してバタバタと前足を振る。
そして彼とまた話がしたいが為に、人間の姿になりたいと念じてみた。
(私の身体よ、人間の姿になれー!)
シュゥゥゥゥ…と、光りに包まれながら私の身体が変化していく。どうやら、私は自分の意思で人間の姿に変化することができるらしい。
「…っ!待って、シグ…さんッ!まだ私、貴方と従魔契約をするとは、言って…ませんよね?」
シグは少し焦ったような顔になる。
「ああ、すまない…。その、お前がきゅーきゅー鳴いているから、それはてっきりOKのサインなのかと…」
少し残念そうな顔をして、彼は言葉を続ける。
「お前が俺を気に入らないのであれば、もちろん無理に連れて行く道理はない。…それに、俺は主に魔物を倒すことを生業とする冒険者だ。お前が俺と契約するとなれば、お前のかつての同胞達――すなわち野生の魔物と戦うことになる」
正直、身寄りのない私は野生の魔物と戦うことについては抵抗を感じないだろうと思ったけれども、そもそも初歩的な回復魔法しか使えない私が、果たして彼の冒険の役に立つのだろうか?
「あの私…正直、弱いですし…きっとシグさんの足手まといになりますよ?それに、私…、私…!」
そこで言葉に詰まる。自分が竜族であると打ち明けるべきか、否か。
「…言えないような事があるなら、今は無理に言うな」
静かに、でもどこか優しい声でシグは私にそう言った。
「…はい…」
「俺は、お前が強くても弱くても、何者か分からなくても関係ない。…俺は、もふもふ…じゃなくて、不思議な力を持ったお前のことが、純粋に気に入ったんだ」
私はシグの目をじっと見つめる。
「改めて聞かせてくれ。俺のパートナーとして、一緒に冒険に付いて来てくれないか?」
私は少し沈黙して、再び口を開く。
「…シグさんが私で良いというなら私、その…一緒に行きます…」
シグはパアッと、一瞬少年のような顔で笑みを浮かべるが、すぐに恥ずかしそうにコホン、と咳払いをする。
「ありがとう、ありがとう!えーと…そういえばお前、名前無いんだっけな…?」
彼は困ったような表情で私を見る。
「やっぱり、名前が無いと不便ですよねぇ…なので、シグさんが呼びやすい名前を、私に付けてくれても良いのですよ?」
彼はうーん、と腕を組み、眉間にシワを寄せた。そして、しばらく考えた後にポンッ、と手を打って口を開く。
「…よし!じゃあスターライトエンジェルなんてどうだ?強そうな名前だろ?!」
いかにも、満を持した感じのドヤ顔で名前案を発表する彼とは対照的に、私はポカンとした表情になって少し沈黙する。
「…ふぇ!?あっ、あの…そうですねぇ、それは…少し長くないですか!もう少し短くて、呼びやすい名前が良いのではないでしょうか…!」
彼の予想の斜め上をいくネーミングセンスになるべく傷つけないように、ツッコミを入れる。
「お、おう…そうか、じゃあ……ノヴァ=ヴァルキュリアとかは?」
「……あんまり長さ変わってないし、なんでこう…何かの必殺技?みたいな感じなのですか?」
ちょっと鋭めのツッコミに彼の心はグサッと来てしまったようで、私は申し訳ない気分になった。
「…あのぅ、例えば…なのですけれども、シグさんの好きな食べ物の名前とか、そういうのでも良いですよ」
すっかり黙ってしまった彼に私は助け舟を出す。
「…じゃあ、米だな…」
………。
「こ、コメぇ………コメ…あ!じゃあコメ…コメット!とかどうですか?結構、可愛いと思いますけど?」
「おお、良いじゃないか。それなら、お前の名前は今からコメットだ!」
そんなわけで、晴れて私の呼び名が決まった。
その後、私は再び魔物の姿に戻り、彼の肩に乗った。
そして、住み慣れた秘境域の山を後にするのであった。
日が暮れる頃、山の麓にある小さな洞穴を見つけた。
洞窟の天井の岩の裂け目からは満天の星が見える。今夜はそこで夜を明かすことにした。
「とりあえず、ここからそんなに遠くないところにアルバという街がある。冒険者ギルドの施設もあるし、そこで傷を癒しつつ、色々と今後のことについて話そう」
「冒険者ギルド…?って、何ですか?」
人間の姿で、私は首を傾げながら問う。
「ああ、冒険者ギルドってのはな、冒険者達を取りまとめて任務を与えて、任務を達成した時には報酬を支払ったりする団体のことだよ」
なるほど…と私は返したけれども、そもそも任務とか報酬とか、それらが何のことなのかは、あまりよくわからなかった。
「…ところで、シグさんはなぜ冒険者…?になったのですか?」
パチパチと燃える焚き火に小枝を焚べながら、彼は口を開く。
「ああ、そうだな…話すと長くなるが……実は俺は子供の頃に両親を、そして冒険者になってからはパーティの仲間を魔物…ドラゴンに殺されているんだ」
これは聞いてはいけないことを聞いたかもしれない、と私は焦った。
「そ、そうだったのですね…それは、とても悲しいことです…!」
私がしどろもどろにそう言うと、彼はさらに続ける。
「近年、各地に生息する魔物…中でも竜族がひときわ凶暴化して、人間との争いを激化させている。最近は街中にまでドラゴンが襲ってくるようになり、戦闘で兵士や自警団員、冒険者は軒並み死傷。正直このままでは…街が、ひいては国が滅ぼされてしまう」
確かに、私も最近この一帯の魔物から以前は感じられなかったような殺気立った気配を感じていた。現に、今まで襲いかかってこなかったウインドワイバーンに襲われたことも、それの裏付けとなる出来事である。
「そんなわけで、俺は各地に出向いて凶暴化したドラゴンを討伐し、そしてその凶暴化の根本的な原因を探るべく、任務にあたっているんだ」
そう語る彼の青い瞳には、静かな闘志が燃えていた。
「…そうだったのですね。私も、魔物の端くれとして彼らの凶暴化の原因はとても気になります…」
「魔物であるお前、コメットが仲間としていてくれれば、奴らの調査もきっと捗ることだろう。…お前には期待しているぞ」
「ふぇ…」
期待している、と言われた私は、シュウゥゥ、と照れ隠しで魔物の姿に戻った。この姿なら、毛皮のおかげで真っ赤に染まった頬を見られることもない。
「…あー!!本当にもふもふだなぁお前!!」
そう言って彼は私をガバッと抱きしめて撫で回す。私は心臓がバクバクして苦しかった。
翌日、すっかり燃え尽きた焚き火の横で目を覚ました。火は消えているのに、なぜだか体はとても暖かい。
見れば、私はいつの間にかシグの腕の中で眠っていたようだ。
「ん…」
私が起きた気配で彼もまた、目を覚ます。
「おはよう、コメット。まだ街までの道のりは長いが、頑張ろうな!」
彼がそう私に言うと、私はきゅい!っと前足を上げて返事をした。
山岳地帯を抜けたあとは、ひたすらなだらかな砂利道の丘が続く。澄み渡る青空の下、私は彼の足元をちょこちょこと続いて歩く。
――その時。
ゴプッ!と突然音がして、私の後ろ脚がずるりとぬかるみにハマる。
「きゅあああーー!?」
見れば、それはぬかるみではなく下位モンスターのスライムであった。
スライムは私の腰のあたりにぬるりと巻き付くと、締め上げるように変形する。
「コメット!!」
シグが叫び、剣を構えるとスライムの体内の核に向けて真っ直ぐに突き立てる。
「グシャアア!!」
スライムは致命傷を受けて私を解放した。よろめいたスライムへ私は体当たりを食らわせ、道の脇にある枯れ草の茂みの中へと吹き飛ばした。
「はぁ…弱い魔物だったのが幸いだが、お互い消耗している今はなるべく戦闘は避けたいものだな」
シグが布で剣先を簡単に拭いつつそう言う。
「きゅう…」
私が耳と尻尾を垂らし、申し訳無さそうに一声鳴くと、彼が私の頭にポン、と手を当てた。
「いや、お前を責めているわけじゃない。俺も山を降りたことで気が抜けていたよ。この先は気を引き締めて行こうな」
彼は屈んで私の前に手を差し出し、肩に乗るように促した。私はひょい、と彼の肩の上へと駆け上った。
そこから半日ほど彼の肩の上で揺られ、次第に草が生い茂る広々とした草原へと差し掛かる。そして辺りが夕闇に飲まれる頃、街明かりが見えてきた。
「ほら、見えてきたぞ。あれがアルバの街だ。」
私は大きなピクッと動かし耳を澄ませ、風の匂いを嗅ぐ。初めて訪れる人間の街…恐怖心と憧れが渦巻き、私は小さな体をぶるぶるっと震わせた。
その後、街へ辿り着くと彼と私はまず冒険者ギルドの建物へ向かった。
「おかえりなさいませ!よくぞご無事で戻られました、冒険者シグ様…と、そこに隠れているのは従魔さん?ささ!どうぞこちらへ!」
私と受付の女性の目が合い、彼女はニッコリと笑いかける。私はサッとシグのマントの中へ頭を引っ込めた。
その後彼女は、建物に併設された冒険者用の宿舎の部屋を案内してくれた。小ぢんまりとしたその部屋には人間用のベッドと、足元には魔物用の藁の寝床。
部屋に運ばれてきた軽食を食べた後、シグがベッドの上で横になる。
「ふぅ、疲れたな。でも、無事にたどり着いて良かった。今日はもう休もうか」
私は一声、きゅい、と鳴いて魔物用の藁のベッドに入り、丸くなる。
部屋の明かりが落とされた後も、私は緊張から眠れず、窓から差し込む月明かりの中で、小刻みに震えていた。
それを察したのか、いつの間にか再び体を起こしていたシグが、すっ、と私の背中を撫でる。少しビクッとして、さらに丸まる私。
「眠れないのか?…こっち、来るか?」
私は彼の言うままに、彼の胸元で丸くなり、目を閉じた。
近くで感じる鼓動と温もりは、かつてあれほどまでに恐れていた人間のもの。それなのに、私は今は不思議と安らぎを感じ、そしてすぐに眠りにつくことができた。




