表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第肆話 古代の礎

朝靄が晴れ、森の中に柔らかな光が差し込んでいた。

焚き火の名残から、かすかに煙が立ちのぼっている。

白崎とセリアは戻ってきて、リナとヨトのそばに腰を下ろした。

「この子たちは、こっちの世界に来たときに助けた子たちだ。

最初は知らない人についてきて大丈夫かと思ったんだが……本人曰く、最近、両親を亡くしてしまって、行くあてもないらしい。」

「そうなんですね……こんなに小さいのに。」

セリアは小さく呟いた。瞳の奥に、ほんのりと哀しみが宿る。

「生活費を稼ぐために、冒険者として働いていたそうだ。

その途中で黒獣に襲われて……私が助けた。」

セリアは言葉を失い、少しの間、焚き火の灰を見つめていた。

彼女の表情に浮かぶ静かな憂いに、白崎は何か言いかけて口を閉じた。

そのとき、リナとヨトがもぞもぞと目を覚ました。

「おはよう、おじいさん……その人は?」

ヨトが目をこすりながら言う。

白崎は一瞬考え、「セリアっていうんだよ」と答えてから、言葉を止めた。

(さて……なんて説明すればいいんだ? 古くからの友人? いや、この見た目じゃ違和感がある。二十歳前後だし……そうだ!)

「私の――孫だ。」

「えっ……」

セリアが固まり、次の瞬間、頬を真っ赤に染めた。

「なんでそうなるんですか! 友人って言えばいいでしょ!?

無駄な設定を足さないでください!」

白崎は肩をすくめて、ぼそりと返す。

「でも、この年の差で“友人”はおかしいだろう。」

セリアは「もう……」と呆れたように息をつき、

「……しょうがないですね」と小声で言って、視線をそらした。

その様子に、リナがくすっと笑う。森の空気が少しだけ柔らかくなった。

そのとき、ヨトが小さな石板のようなものを抱えて駆け寄ってきた。

「これ、そこに埋まってたんだけど、なにこれ?」

白崎が受け取り、指で文様をなぞる。

淡い光が走り、石板全体が一瞬だけ輝いた。

「……なんだこれは。」

「石板に宿っている魔力ですね。」

セリアがそっと覗き込みながら答える。

「発音の“響き”そのものに力が宿るんです。古代語では、“意味”ではなく“音”で世界を動かしていたとか。」

白崎は小さく息を呑み、目を細めた。

「音素魔術……。

言葉が形になる前の段階――

人が“感じたまま”を声にした原始言語、か。」

彼は石板を両手で持ち上げ、その表面の揺らめきを見つめる。

火の粉のように光がまたたき、かすかな音が響く。

それはまるで、誰かの記憶が囁くようだった。

「……興味深い。」

そういいながら、もう一度石板に触れると、また一瞬光った。

だが、こんどは“音”が少し聞こえた。

言葉ではなく――祈りのような、遠い昔の声。

「……いまの、聞こえたか?」

白崎が顔を上げる。

リナが小さくうなずいた。

「うん……なんか、歌みたいだった。」

セリアは石板を見つめながら眉を寄せる。

「古代語の“残響”……。

記録された音が、魔力に反応して再生されたんです。」

「音を記録する魔術か。」

白崎の瞳が光る。

「つまり、これは“言葉を保存する装置”というわけだ。」

ヨトが興味津々に石板を覗き込み、ぽつりと言った。

「この人……何か言ってた気がする。“いまも、ここに”って。」

セリアが驚いたように目を向ける。

「ヨト君、古代語がわかるの?」

「わかんない……けど、なんか“感じた”んだ。」

ヨトは胸のあたりを押さえる。

「ここで、そう言ってる気がした。」

白崎はその言葉に、静かに頷いた。

「――感じること。それが、“響きの言語”の本質だ。」

セリアが目を細める。

「理屈を超えた、感覚の言葉……ですか。」

「そうだ。意味は後から追いつく。」

白崎は石板を焚き火の光にかざす。

刻まれた文様の線が、まるで音符のように連なっていた。

「音素、リズム、呼吸――これらが混ざって、“世界が理解する声”になる。

だが問題は、“この声が何を訴えているか”だ。」

リナが小さく手を上げた。

「おじいさん、それ……わたしたちにも、できるの?」

白崎は少しだけ考え、笑った。

「できるさ。ただし、“心で感じる”ことが前提だ。

“意味を考えずに”言葉を発してごらん。」

リナはこくりと頷き、石板にそっと触れる。

そして、唇を開いた。

「……アリュナ。」

その瞬間、風がふわりと流れた。

焚き火の炎が静かに揺れ、光が石板を包み込む。

リナの足元に、淡い花びらのような光が舞い落ちた。

「わ……! きれい……!」

リナが目を見開く。

ヨトも目を輝かせた。

セリアがそっと呟いた。

「“アリュナ”――古代語で、“心が咲く”という意味です。」

白崎は腕を組み、満足そうに微笑んだ。

「なるほど。感情に共鳴して、言葉が形を取る……。

つまり、“響きの魔法”とは、心を媒介とする言語構築術だ。」

リナは花の光を見つめながら、静かに言った。

「……この言葉、悲しいのに、あったかい。」

白崎はその言葉に、ほんの少し胸を締めつけられた。

あの夜に見た“禁句の死”――破壊する言葉の力。

今、リナが見せたのは、それとは正反対の、“癒す言葉”だった。

「リナ。」

白崎はやさしく言う。

「君のその感覚を、大事にしなさい。

それが、言葉を生かすということだ。」

セリアが横で、小さく笑った。

「……あなた、いつの間に先生みたいになったんですか。」

白崎は少し照れたように咳払いした。

「学問というのは、教えることで深まるものだよ。」

リナとヨトが笑い、焚き火の音が静かに響く。

森の奥で、鳥の声が一つ、朝の空に溶けていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ