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第Ⅲ話 言の律の監視者

朝の光が森を染めていた。

夜の出来事――禁句による死と、監視者との邂逅――は、

白崎透の頭から離れなかった。


焚き火の残り火を足で崩しながら、彼は小さく呟く。


「“言葉が心を試す世界”か……

どうにも、学問というより宗教に近いな。」


リナとヨトは、まだ眠っている。

彼は静かに立ち上がり、森の奥へ歩き出した。

あの黒衣の女――“監視者”を探すために。


森の奥は、奇妙な静寂に包まれていた。

風の音すら、そこだけは届かない。

やがて、白い霧の中から声がした。


「あなた、朝から随分と早いのですね。」


黒衣の女が姿を現す。

昨夜と同じ無表情――だが、どこか試すような眼差し。


「監視者殿。話を続けたくてね。」

「ええ、あなたのような人は興味深い。

言葉を“使う”ことではなく、“理解する”ことを重んじている。」


白崎は笑った。


「それが言語学者というものさ。

私は“言葉の起源”より、“人がどうそれを使うか”に興味がある。」


女は少し目を細めた。


「……あなたは、他の転生者とは違うようですね。」


「ほう。他にもいるのか?」


「ええ。ここ百年で、あなたで七人目。

けれど、彼らは皆――“力のために言葉を使った”。

その結果は、あなたも想像がつくでしょう?」


白崎は黙った。

“禁句”による死。

その最も深い部分に、彼らの影があるのだろう。


「彼らは“言葉の価値”を見失い、

“言葉の力”だけを追い求めた。

だから、世界は今、崩れかけている。」


女は杖を地面に突き立てる。

霧が割れ、光の文字が浮かび上がった。


『言の律 第七条:心なき言葉、発するべからず。』


「……戒律、か。」

「はい。

言の葉を扱う者は、“りつ”に縛られる。

私はその執行者――“言の律の監視者”。

名は、セリア。」


白崎は軽く頭を下げた。


「白崎透だ。

では、私は君にとって監視対象というわけだ。」


「正確には、“観察対象”。

この世界の“言葉の流れ”が、あなたを中心に変わり始めている。」


「変わっている?」


「はい。

あなたが“長語”を発した瞬間、周囲の言語体系が揺らいだ。

まるで、この世界の辞書が“書き換わる”ように。」


白崎は息をのんだ。


「……“言語体系の再構築”……。

まさか、私の発言が世界の構文そのものに影響を?」


「そう。

あなたは“語源”の力を持つ。

あなたが言葉を定義すれば、その意味が現実になる。」


沈黙が落ちた。

やがて白崎は、静かに笑う。


「それは、学者にとって最高の実験場だな。」


セリアは呆れたように息を吐く。


「あなた、怖くないんですか?」

「怖いさ。」白崎は空を見上げた。

「だが、言葉の恐ろしさを知ってなお語るのが、人間だろう。」


二人が森を抜けると、小さな村が見えてきた。

建物の壁には、古い文字が刻まれている。


「ここは“語り部の村”。

言葉を守る者たちの最後の集落です。」


村の中央に立つ石碑には、古代文字が刻まれていた。


『言、世界を織り、心を映す。』


白崎は手を当て、目を細める。


「……言語学者冥利に尽きるな。」


セリアは小さく頷いた。


「あなたの知識を、この世界に正しく残してほしい。

“言葉の本質”を、再び人々に思い出させるために。」


「そのためには、まず――

世界の“語”を調べ、体系化する必要がある。」


「ええ、あなたにお願いしたいのです。

この世界初の“言語辞典”を、共に作りましょう。」


白崎の目が、静かに光った。


「いいだろう。

その代わり、私は“自由に研究する”。

禁句も、長語も、構文も――制約なしで。」


セリアはしばらく考え、やがて微笑んだ。


「約束します。

ただし、もしあなたが“言葉を壊す”側に回ったら――

そのときは、私があなたを“消します”。」


「ふむ、それもまた“契約の言葉”というわけだ。」


老学者と監視者。

二人は言葉を交わし、ひとつの協定を結んだ。


世界を救うために。

そして、言葉を理解するために。


「では始めよう、セリア。

我々の“辞書づくり”を。」


「はい、言語学者様。」


二人の言葉が重なった瞬間、

空に文字が浮かび上がり、

金色の光となって世界に溶けていった。


その光こそが――後に「第一辞典プロト・レクシコン」と呼ばれる、

新たな世界の言語体系の誕生だった。

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