第7話:鋼の産声
サクラとの作戦会議を終え、ハルは街の鍛冶場へと足を踏み入れた。
鋼を打ち鳴らす音が空間を支配している。屈強な親方が、巨大なハンマーを振るうたび、空気が震えた。
その迫力に思わず足が止まりかけたが、ハルは意を決して声をかけた。
「すみません。隅の炉を一つ、お借りできますか?」
親方はちらりと視線をよこし、「ふん」と鼻を鳴らす。
「好きにしろ。ただし、俺の仕事の邪魔だけはするなよ、ひよっこ」
ぶっきらぼうな口調だったが、それは確かに許可の意だった。
ハルは頭を下げ、隅の炉に火を入れる。くべた【黒鉄のインゴット】に、炎がごう、と燃え上がる。その火は、彼の顔を紅く照らしていた。
(ここが……俺の、本当の戦場だ)
真紅に染まるインゴットを金床に移し、大きく息を吸う。
そして、全身の力を込めてハンマーを振り下ろした。
キィン!
甲高い金属音が鍛冶場に響く。しかし、現実は甘くなかった。
最初の挑戦は、焼き入れの瞬間に刀身が「ピシッ」と音を立て、無情なシステムメッセージと共に、ただの黒い鉄塊へと変わった。
「……くそっ」
盗品事件の記憶が蘇る。
完璧だと思っていた自分の仕事が、最後の最後で崩れ去ったときの、あの感覚。
(……いや、まだ終わってない)
古川師匠の言葉が胸をよぎる。「結果論で職人は語れん」
失敗は、成功のための工程だ。
ハルは歯を食いしばり、再びハンマーを握った。
だが、その後も続いたのは失敗の連続だった。
インゴットは次々と砕け、MPも、そしてサクラから託された材料費も、みるみる溶けていく。
『どう? 順調?』
サクラからメッセージが届いた。
ハルは、指が重くなるのを感じながらキーボードを叩く。
『……全然、思った通りにいかない』
(予想以上に、ずっと難しい)
『あなたの目は、きっと嘘をつかない。私はそれを信じてる』
短い言葉だった。
だが、その一文が、折れそうな彼の心を、わずかに繋ぎとめた。
気づけば、ゲーム内時間で半日が経っていた。
MPは残り3割、資金は半分以下。焦りが、彼の集中力を鈍らせていく。
十数回の失敗の末、ようやく一本の剣が形になった。
だが、【鑑定】で表示された品質は「34/100」。店売りの安物にも劣る。
(……ダメだ。何かが、決定的に足りない)
そのとき、隣の炉から、別の生産プレイヤーの声が聞こえてきた。
「黒鉄は、温度管理がシビアだからな。焼き入れを0.5秒でもミスれば、ナマクラになる」
ハルは、思わず頭を下げた。
「……ありがとう。助かった」
「おう」
それだけ言って、相手はまた自分の作業へと戻っていった。
短い交流――だが、それだけでも、孤独な心には沁みた。
(俺は、“創る”ことばかりに意識を向けていた……)
ハルはハンマーを置き、深く深く呼吸をする。
一打一打に、雑念なく、金属の“声”に耳を澄ませて。
──そして数回の失敗のあと。
ついに、彼は一本の剣を完成させた。
【黒鉄の剣】
・等級:アンコモン
・品質:68 / 100
・詳細:黒鉄から作られた、頑丈な片手剣。
(やった……! これなら、街の武器より強い)
だが、ハルはまだ前を見ていた。
最後の一本。そのインゴットを、静かに炉へくべる。
今度は、“ただ作る”のではない。
【木工】で削り出した柄。
【裁縫】でなめした革のグリップ。
彼の持つ全スキルを、寸分の狂いもなく組み合わせていく。
火花が舞い、手応えが走る。
彼は、確かに“何か”を打ち込んだと感じた。
完成した剣は、明らかにこれまでと異なる輝きを放っていた。
震える指で拾い上げ、【鑑定】を発動する。
【黒鉄の剣】
・等級:アンコモン
・品質:75 / 100
・詳細:黒鉄から作られた、頑丈な片手剣。
・特殊効果:カスタムグリップ(攻撃速度+2%)
・製作者:ハル
(……特殊効果だと?)
【木工】と【裁縫】――本来交わらぬスキルが重なり、
偶然に見えた奇跡は、必然だったのだ。
この剣は、ただの装備ではない。
ハルの“再起の意志”そのものが、鋼に刻まれている。
彼は、そっと剣を背にかけた。
その瞬間、鍛冶場の空気が微かに変わった。
親方が、ちらりとハルを見やり、鼻を鳴らす。
「……ようやく、“火”が似合う顔になったな、ひよっこ」
ハルは、口元に小さく笑みを浮かべた。
炉の火は、今も静かに、そして力強く燃えていた。
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