20.飛ばなくても生きていける
プロジェクトが完了してから一週間が経った。
仕事の合間にも、心に余裕が生まれた伊達駿は、ふと空を見上げることが増えた。
まだ曇り空が続くが、どこか心が軽くなったように感じる。
昼休み、椎名梢がデスクにやってきた。
「伊達さん、ちょっと屋上に行きませんか?」
「……屋上?」
「リフレッシュしたほうがいいと思うので」
椎名に誘われて屋上へ上がると、思いのほか風が強かった。
空には雲が広がっているが、その合間から微かに青空が覗いている。
「ここ、意外と気持ちいいですね」
「ええ。たまに来て、頭を空っぽにするんです」
二人で並んでフェンスにもたれかかり、ただ空を眺める。
ビルの向こうには、小さな公園の緑が見えた。
「伊達さん、プロジェクトが終わってから、少し雰囲気が変わりましたね」
「そうかな? まあ、自分でも少し楽になった気がする」
「頑張って、壊れそうになって、でも踏みとどまって……
その姿を見て、私も少し救われたんです」
「……椎名さんが?」
椎名は小さくうなずき、夜風に髪を揺らしながら言った。
「私も、ずっと無理してました。
強くなきゃいけないって、自分に言い聞かせて……
でも、伊達さんが自分の弱さを認めてから、
私も少しだけ肩の力を抜けたんです」
「……俺が?」
「はい。無理をしないって、難しいですね。
でも、伊達さんが変わっていく姿を見て、
無理しない自分を認めるのも悪くないって思いました」
その言葉に、伊達は胸がじんわりと温かくなった。
自分が誰かに影響を与えるなんて、これまで考えもしなかった。
ふと、鳥越が屋上に現れた。
珍しく缶コーヒーを持っている。
「お、ここにいたのか」
「鳥越さん……どうしたんですか?」
「いや、たまには気分転換しようと思ってな。
プロジェクトが終わっても、まだ細かい対応が山積みだが、
一息つくのも大事だろう」
鳥越はフェンスにもたれながら、空を見上げた。
「伊達、お前、もう大丈夫そうだな」
「……はい。なんとか、やっていけそうです」
「無理をしない方法を覚えたなら、それで十分だ。
俺も昔は、無理が当たり前だと思っていた。
だが、結局それが自分を追い詰めただけだった」
鳥越の口調は、どこか柔らかかった。
その背中に、かつての苦悩が滲んでいるように感じた。
「伊達、完璧でなくてもいい。
飛べなくても、生きていけるんだ。
お前が地道に歩き続けたから、こうして終わったんだよ」
その言葉が、伊達の胸に深く突き刺さった。
飛べなくても、生きていける――
それを認めたとき、初めて「今」を生きられるのだと。
椎名がぽつりと言った。
「伊達さん、飛ぼうとして苦しくなるくらいなら、
地面に足をつけて歩いたほうがいいです。
一歩ずつ、確かめながらでも」
その言葉に、伊達は笑みをこぼした。
「そうですね。俺も、今はそう思います」
鳥越が缶コーヒーを一口飲み、空を見上げた。
「お前も少し、柔らかくなったな。
その調子で、これからもやっていけ」
「はい」
風が強く吹き抜け、少し冷たさを感じたが、
その中に確かな温かさがあった。
伊達はふと、これまでの道のりを思い返していた。
無理を続け、倒れそうになり、逃げたいと願った日々。
でも、今は確かにここに立っている。
それが、何よりの証だった。
夜、帰宅してからノートを開く。
「飛ばなくても、地面を歩いていけばいい。
それでも生きていける。」
スマホで根津のブログを確認すると、新しい記事があった。
『飛べないことを恥じる必要はない。
地面を歩き続けることも、立派な生き方だ。
誰かに合わせて飛ぼうとしなくても、
自分の足で一歩ずつ進むだけで十分なんだ。』
その言葉に、伊達はそっと微笑んだ。
完璧じゃなくてもいい。
一歩ずつ、ゆっくりでも進めば、それでいい。
ベッドに横たわり、天井を見上げながら、
伊達は静かに目を閉じた。
「飛ばなくても、生きていける……」
自分の足で歩くことを選んだ今日。
その選択が、きっとこれからの未来を支えてくれる。
そう信じながら、静かに眠りについた。




