17.会議室の窓から
午後三時。
プロジェクト進捗会議が終了し、会議室には疲れた空気が残っていた。
鳥越がリーダーに復帰してから、少しずつチームは再び動き始めている。
だが、伊達駿はまだその流れに完全には乗り切れず、
自分の役割が曖昧なままだと感じていた。
「伊達、少し時間あるか?」
栗原部長が声をかけてきた。
その表情には、少しだけ厳しさが混じっている。
「はい、大丈夫です」
栗原に呼ばれて向かったのは、窓のある会議室だった。
外の景色が広がり、灰色のビル群が並んでいる。
栗原は窓の外を見ながら、しばらく無言だった。
「最近、元気がないな」
「……すみません、色々考えすぎてしまって」
「鳥越がいなかった間、よくやってくれた。
だが、その後もお前の顔色が戻っていないのが気になってな」
その言葉に、伊達は思わず唇を噛んだ。
自分では隠しているつもりでも、見透かされていた。
「無理して続ける必要はないんだぞ。
辞めたいなら、無理に引き止めるつもりはない」
唐突なその言葉に、伊達は一瞬息が止まった。
頭が真っ白になり、心臓が激しく脈打つ。
「辞めることが悪いわけじゃない。
働き方はいくらでもあるし、他に向いている仕事があればそちらを選べばいい」
栗原の声は淡々としていた。
責めるでも、励ますでもない。
ただ、客観的に事実を突きつけるような言い方だった。
「……でも、僕、辞めたくないです」
伊達の口から、自然とその言葉がこぼれた。
栗原が少しだけ眉をひそめる。
「理由は?」
「正直、今でもしんどいです。
鳥越さんがいない間、自分がどれだけ頼りないか痛感しました。
でも、最近になってようやくわかってきたんです。
自分がここにいる意味を、ちゃんと見つけたくて」
「ここにいる意味、か」
「はい。今まではただ流されて働いていました。
でも、誰かの代わりを務めようとして失敗して、
そのとき初めて“自分としてどうしたいか”を考えました」
栗原は腕を組み、静かに伊達を見つめた。
「自分として、か」
「鳥越さんも、椎名さんも、水瀬も、
それぞれが“自分で選んで”ここにいるんです。
それが正解かどうかはわからないですけど、
僕も“逃げずに選ぶ”ってことをしてみたいんです」
栗原は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに静かに頷いた。
「逃げずに選ぶ、か。
お前、少しは強くなったじゃないか」
「……そうですかね。
でも、まだ怖いです。いつかまた折れてしまうかもしれない。
それでも、やっぱり今はここでやりたいんです」
栗原は窓の外を再び見やり、少しだけ笑った。
「俺もな、昔は一人で突っ走って失敗したことがある。
若い頃は、ただがむしゃらにやっていれば結果が出ると思ってた。
でも、結局チームが崩れて、誰もついてこなくなった」
その意外な告白に、伊達は驚いた。
あの昭和気質で結果主義の栗原にも、そんな過去があったのかと。
「結果と根性だけじゃ、誰も続かない。
だから今は、“続けられる環境”を作るのが上の役目だと思っている。
お前もその一端を担っている。
無理をしないで、少しずつ進めばいい」
「……ありがとうございます」
「鳥越もお前の成長を見ている。
やっとチームとして機能し始めたんだ。
自分を責めるのはやめろ。
無理に前を向かなくても、歩みを止めなければいい」
栗原のその言葉が、重くも温かく響いた。
窓の外の曇り空が、少しだけ明るくなった気がする。
帰宅して、ノートを開く。
「逃げずに選ぶことが、自分として生きる道。」
スマホを開き、根津のブログを確認すると、新しい記事があった。
『選ぶことを怖がらないで。
正解か不正解かなんて、結果が出るまでわからない。
でも、選び取った道を信じることで、自分が変わることもある。
自分で選んだ道なら、それがどんなに茨でも、
必ず意味があると思う。』
その言葉が、今の伊達には心強かった。
自分で選ぶということは、責任を負うということ。
だが、その先には自分だけの意味が待っているのかもしれない。
夜風が窓から吹き込み、カーテンを揺らす。
伊達はその風を感じながら、
「これからも歩いていこう」と小さくつぶやいた。