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16.それでも辞めなかった理由

夜のワンルーム。

伊達駿はベッドに腰掛け、ノートを開いていた。

根津の「逃げることも勇気だ」という言葉が、

頭の中をぐるぐると巡っている。


「逃げることが悪いわけじゃない……」

そうわかっていても、

やはり会社を辞めることには、強い抵抗があった。


「……でも、残る理由って何だろう」


自分の問いに、答えが見つからない。

ただただ、頭が重く、考えが堂々巡りしてしまう。


翌日、会社に着くと、椎名梢が静かに近づいてきた。


「伊達さん、ちょっといいですか?」


休憩スペースに呼ばれ、椎名は紙コップを差し出した。

中身は温かい緑茶だった。


「最近、少し元気そうですね」


「うん……まあ、前よりは」


「よかったです。

無理をしないで働けるようになってきたなら、それが一番です」


椎名の言葉に、伊達はふと尋ねた。


「椎名さんは……どうしてこの会社にいるんですか?」


意外そうな顔をしつつも、椎名は少し考え込んだ。


「私も、辞めようかと思ったことはあります。

でも、やっぱりここでやりたいことがあって……

誰かに“負けたくない”って気持ちが強かったから、残ったんです」


「誰かに……?」


「大学時代の同期です。

彼女は私と違って、どこでもやっていけるような優秀なエンジニアで……

その人があっさり辞めて、私は残って。

そのとき初めて、“自分が何のために働いているのか”を考えました」


伊達は少し意外だった。

クールで冷静な椎名にも、そんな迷いや葛藤があったのかと。


「残る理由って、自分で作らないといけないんですね」


「そうですね。

周りがどうこうじゃなくて、自分がここで何をしたいのか……

それを考えたとき、私は“ここで成長する”ことを選びました」


その言葉に、少しだけ胸が軽くなった気がした。

「残る理由」を、他人に求めていた自分がいた。

でも、本当に必要なのは、「自分がどうしたいか」だったのかもしれない。


昼休み、水瀬とランチを食べながら、

伊達はその話を少しだけ打ち明けた。


「椎名さん、すごいな。自分で残る理由を決めたんだな」


「まあ、あの子、クールに見えるけど根性あるよな。

お前もさ、自分で決めればいいんじゃないか?」


「自分で、か……」


水瀬は少し笑いながら言った。


「正直さ、辞めるのもアリだと思うんだ。

でも、やっぱりここでやれることがあるって思うなら、

続けてもいいんじゃないか?

俺も技術者やめたけど、それは“自分で決めた”から悔いはないよ」


その言葉が、胸に響いた。

逃げるか残るか、誰かのせいにするのではなく、

自分で決めることが大切だと気づいた。


夕方、伊達は鳥越の席を訪ねた。

鳥越は相変わらずパソコン画面に集中していたが、

伊達が来たことに気づき、軽く頷いた。


「何かあったか?」


「鳥越さん……俺、まだこの会社にいてもいいですか?」


その問いに、鳥越は一瞬だけ目を細めた。


「どういう意味だ?」


「正直、辞めたいって思うことが何度もありました。

でも、根津さんの言葉や椎名さんの話を聞いて……

“自分で決める”ことが大事なんだと気づきました」


鳥越はゆっくりと息を吐き、静かに答えた。


「残るか辞めるか、どちらもお前の自由だ。

だが、ただ流されて決めるのは違う。

自分で決めて、その結果に責任を持つなら、

どんな選択でも価値がある」


その言葉を聞いて、伊達は胸の奥がすっとした。

鳥越が何も否定せず、ただ「自分の意志」を尊重してくれたことが嬉しかった。


夜、帰宅してからノートに一行を書き加えた。


「残る理由は、誰かに求めるのではなく、自分で作る。」


自分の足で立つために、

自分の意志でここにいるために――

まだ揺れているけれど、それでも“自分の選択”を信じたいと思った。


その夜、根津のブログを再び開くと、新しい記事があった。


『どこにいるかより、どう生きたいか。

逃げることも続けることも、

自分の選択であれば、それが正解だ。

誰かに決めてもらうのではなく、

自分で選び取った人生こそが、本当の意味での「生きる」だと思う。』


その言葉に、伊達はそっと微笑んだ。

まだ道は続く。

自分の選択を信じて、もう少しだけ歩いてみようと思えた。

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