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11.打ち合わせは墓場

「顧客からクレームが入っている。伊達、至急対応できるか?」


栗原部長からの呼び出しに、伊達駿は青ざめた。

急ぎ会議室に向かうと、既にディスプレイには顧客担当の顔が映し出されている。

その向こうにいるのは、プロジェクトの発注元である大手メーカーの担当者だった。


「先日のアップデート以降、システムが断続的にフリーズするという報告が相次いでいます。

出荷前にこうなるのは困りますよ」


その言葉に、伊達は冷や汗をかいた。

リリース前の最終テスト段階で、安定稼働が確保できていないというのは、

システムエンジニアとして致命的なミスだ。


「……すみません、原因を調査します。ログを確認し、再現テストを実施しますので」


「いや、原因究明も大事だが、まずは即時対応だ。

現場では出荷が遅れる可能性が出ているから、フォローを優先してほしい」


声が冷たく響く。

伊達は、自分がその冷たさに押しつぶされそうになるのを感じた。


「すぐに対策を考えます。ただ、根本原因が特定できないと、

再発のリスクがありまして……」


「そのリスクを減らすのが君たちの仕事だろう?」


追い詰められたように、伊達は口をつぐんだ。

誰もフォローしてくれない。

鳥越がいれば、どう反応しただろうか――

そんな考えが頭をよぎる。


「……本件、私が責任を持って対応します」


突然、後ろから声が響いた。

振り返ると、そこに鳥越進が立っていた。

いつもと変わらない冷静な表情で、モニターを見つめている。


「鳥越さん……」


「お疲れさまです。少し体調を崩していましたが、もう問題ありません。

伊達が原因調査を進めます。まずは一時対応策として、

前回のアップデートをロールバックする案を検討してください」


顧客担当者は一瞬戸惑ったが、鳥越の落ち着いた指示に納得した様子で頷いた。


「わかりました。それで様子を見ます」


会議が終わり、鳥越が席に座ると、伊達はその背中に向かって小さく呟いた。


「鳥越さん、ありがとうございます……」


「お前のせいじゃない。これは、俺が管理しているはずだった」


その声が、思ったよりも柔らかかったことに驚いた。

鳥越は、椅子に座りながら視線を落とし、静かに続けた。


「リーダーってのはな、ミスを責めるんじゃなく、

どうやって全体を動かすかを考えるのが役割だ。

お前が悪いわけじゃない」


「でも……僕がもっと早く気づいていれば……」


「責任を感じるのは勝手だが、背負い込むな。

一人で解決できる問題なんて、そう多くない。

それを理解しないと、いずれお前も壊れる」


その言葉に、伊達は息を呑んだ。

あの冷徹な鳥越が、こんな風に言うとは思っていなかった。


「……どうして、そんな風に考えられるんですか?」


鳥越はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。


「昔、燃え尽きたことがある。

完璧を求めすぎて、全部自分でやろうとして、結局倒れた。

それで会社を半年間休んで、やっと気づいたんだ。

“他人に頼る”という選択肢が、自分にはなかったってな」


初めて聞く鳥越の過去に、伊達は驚きを隠せなかった。

あの冷徹で完璧主義に見える彼が、かつて壊れた経験を持っているなんて。


「だから今は、俺は“効率”を重視する。

感情を持ち込みすぎないように、チームとして動けるように。

そうでなければ、また誰かが倒れる」


「……誰かが倒れる、ですか」


鳥越は視線を伊達に向け、淡々と続けた。


「伊達、お前も自分が壊れる前に、頼れる相手を見つけろ。

誰も頼れないのは、ただの意地だ。

俺はもう、そういう失敗はしないって決めた」


その言葉が、伊達の胸に重く響いた。

頼れない自分、無理を抱え込む自分。

それが、ただの意地だというのなら――


鳥越の背中を見ながら、伊達は初めて“他人に頼る”という選択肢を考えた。


その日の夜、帰宅してからも鳥越の言葉が頭を巡っていた。

ノートに、また一行だけ書き加えた。


「完璧を求めすぎると、人は壊れる。」


そして、スマホで根津のブログを開いた。


『助けを求めることが怖かった。

他人に弱みを見せるのが怖かった。

でも、倒れたあとに初めて知った。

支えてくれる人は、意外と近くにいたんだって。』


その文章が、今の自分に重なった。

支え合うことを拒んでいたのは、

もしかしたら自分の方だったのかもしれない。


その夜、伊達は少しだけ眠りにつく前に、

「ありがとう」と小さく呟いた。

誰に向けてかはわからない。

でも、その言葉が胸の奥で少し温かかった

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