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異世界恋愛 短編

王太子は、傘を傾けた

作者: 長岡更紗

「王太子妃には、慎ましい令嬢が相応しい」


 くだらない話が、侯爵令嬢リヴィア・エステールの耳に入ってきた。

 リヴィアは貴族に歩み寄り、涼やかな微笑みを見せる。


「慎ましさで国が守れるなら、どれほど楽なことでしょう」


 王宮での夜会で、貴族たちがざわめく。

 王太子妃候補として招かれた令嬢たちは、誰もが控えめな笑みを浮かべ、着飾った姿でただ静かに佇むものであると。


 だが、リヴィアは違った。

 慎ましやかな令嬢など、腹の足しにもなりはしない。


「王太子妃とは、ただ王太子の隣に立つだけの飾りではないはず。発揮すべき能力をどう使うのか、考えるべきではなくて?」


 堂々としたリヴィアの物言いに、貴族たちは顔を顰める。だが、一人だけ愉快そうに微笑んだ男がいた。

 この国の王太子、エドワール・ディアグランツだ。


「それが君の考えか」


 低く響く声が、会場のざわめきを飲み込む。リヴィアは臆することなく、まっすぐ彼の瞳を見据えた。


「王太子殿下は、慎ましい令嬢がお好きですか?」

「どうだろうな。つまらない会話に飽きていたところだ」


 エドワールはリヴィアを見つめる。琥珀色の彼女の瞳は、ただの興味以上のものが宿っていた。

 背中がゾクリとするほどの挑戦的なオーラ。エドワールは、他の令嬢にはないものを感じとり、口の端を上げる。


「面白い。君は、どこまでやれる?」

「試してみます?」


 細められる目。令嬢とは思えない不敵な笑み。リヴィアの自信に満ちた挑戦的な態度に、エドワールの心は踊っていた。





 エドワールの許可を受けたリヴィアは、翌日から動いた。


 まず手を付けたのは、貴族の利権が絡んだ税制の見直しである。学者や官僚を前に、リヴィアは言い放った。


「商業都市にかかる関税が過剰ですわ。貴族たちが独自に課税し、その収益を私的に流用しているのは明らか。これでは商人たちの負担が増すばかり。商業の発展を妨げ、経済も停滞するというもの」

「だが、それを撤廃すれば貴族たちの反発が──」

「不満を言えないようにすればいいのですわ」


 凛然とした態度でリヴィアは続ける。

 貴族による独自課税を禁じる勅令を起草しつつ、その代替策として爵位ごとの正式な収入保証制度を導入すればいい、と。


「貴族たちが勝手に関税を引き上げるのは、収入を増やす手段が限られているからですわ。ならば、王国が爵位に応じた一定の収入を保証し、不正な課税を行う必要がない仕組みを作ればよいのです」


 貴族たちの収入の一部を王国の歳入から割り当てる代わりに、彼らが独自の課税を行うことを禁止する。

 これにより、商人たちは過剰な関税負担から解放され、交易が活発化。商業が発展すれば、流通する商品の総量が増え、結果的に国が正式に徴収する税収も増加する、という考えだ。


「貴族たちは安定した収入を得られ、不正を働く必要がなくなる。商人たちは余計な負担がなくなり、商業が発展する。結果、王国の税収も増える……三方良しの策ですわ」


 涼やかな笑みでリヴィアがした提案に、学者や官僚たちも関心を示した。

 前向きな話し合いが進む中。

 この動きを快く思わない者たちも、存在した。




「エステール侯爵令嬢は生意気だ」

「女が政治に口を出すなど笑止!」

「どうにかして失脚させねば」


 一部の貴族たちが集まり、リヴィアを排除する策を練り始めたのである。


「彼女の発言がいかに愚かか、公の場で恥をかかせてやればいい」


 貴族たちはニヤリといやらしい口元を上げて頷き合う。

 こうして一部の貴族の陰謀のもと、リヴィアは討論の場に引きずり出されることになった。



「リヴィア・エステール、お前の提案は机上の空論に過ぎん。財政についてなにも知らぬ令嬢が、なにを言っているのやら」


 矢面に立たされるリヴィア。王太子エドワールはなにも言わずに、その会議の行方を見守る。

 そこには貴族や軍の将だけでなく、いつもはいない軍需商人の姿もあった。

 リヴィアは大臣の追求と嘲笑を受けても凛と前を向いたまま、琥珀色の瞳をギラリと向ける。


「大臣は、王国の財政の現状について説明できますか?」

「当然だ」

「では現在、王国の収入の約三割が不明瞭な支出に消えている事実を、もちろんご存知ですわね?」


 リヴィアは資料を広げ、財務管理の杜撰(ずさん)さを指摘していく。


「この支出の正体を調べたところ、王宮の宴会費や一部の貴族の私的な贈答品に使われていました。これは不正では? あら、大臣のお名前もここにございますわね」

「……っ!」


 会議室がどよめく。

 リヴィアは徹底的に調査を行っていたのだ。家柄に見合わない贈答品のやりとりを、リヴィアは以前から不審に思っていた。


「まずはこれらの不正を正すべきでは?」


 リヴィアの指摘に、誰も反論できずに目を逸らす。

 口元を上げるエドワールを横目に、リヴィアは続ける。


「軍の兵站管理も酷いものですわね。武具の品質は落ち、兵士の給料は遅れがち。軍が弱体化すれば、いずれ隣国に付け込まれます」

「それは軍の問題だ。令嬢が口を出すことではない!」


 軍の将が反発する。そんな迫力のある言葉にもリヴィアは動じない。


「ではお聞きしますが、この三年間で どれほどの物資が横流しされたか、ご存知ですか? 」

「は……?」


 リヴィアは将軍に憐憫とも侮蔑とも取れる目を送りながら、机に資料を広げた。


「ある武器商人の帳簿を調べたましたところ、王宮が発注したはずの剣のうち、三割が市場に流れていましたわ」

「そんな馬鹿な!」

「兵士たちへの給金の支払い状況も確認いたしました。ある地域では税収の減少を理由に給金が引き下げられている者もおりましたわ。実際の税収は増加しているにも関わらず」


 軍の幹部たちが騒然とする。末端まで把握できていなかったのだ。


「誰がそんなことを──」

「それも調査済みです。この横流しの根源は、貴族派の軍需商人たちですわ」


 軍需商人とは、戦争や軍事に必要な物資や武器を提供する商人たちのことである。

 リヴィアは軍の兵站部門に食い込んでいた貴族たちの不正に目を向けたのだ。


「通常、軍需商人は政府と契約を結ぶものですわ。けれど兵士への物資や給料を不正に横流しして市場で転売したり、発注金額を水増ししてその差額を得た者がいます。貴族の後ろ盾を得て、軍の物資調達において大きな権限を握っていたのです」


 顔色を悪くする貴族が数名。エドワールはその者たちを強く睨みつける。

 そんな王太子にリヴィアは訴えかけた。


「このままでは軍の士気は下がり、王国の防衛も危ういでしょう。不正に関わった者たちの取り調べを即時に行うべきですわ、王太子殿下」


 貴族派の軍需商人たちは青ざめた。

 リヴィアは軍部商人を招いたように見せかけ、実際には呼び立てていたのだ。腐敗を一掃させるために。自分を潰そうとする会議の場を、逆に利用して。

 事態を見守っていた王太子エドワールが立ち上がり、威厳に満ちた怒りの声を響き渡らせる。


「軍を蝕む腐敗など許されない。不正に関わった貴族たちを捕縛せよ!」


 王太子の言葉に、王宮の衛兵たちが即座に動いた。軍需商人や不正に関わった貴族たちに、縄をかけていく。


「くっ……エステール侯爵令嬢、貴様……!」


 排除しようとしたはずの令嬢に追い詰められた貴族たちは、抗う術もなく睨んでいる。

 リヴィアはそんな姿を見て冷涼に微笑んだ後。

 刺すような琥珀色の瞳で、貴族たちを見下ろした。


「私腹を肥やすことに夢中で、国の行く末を顧みない……そんな方々に、この場にいる資格などありませんわ!!」


 その迫力に貴族や商人はヒッと声を出して怯え、将は黙り込む。そんな中、一人静かに笑う男がいた。


「見事だな」


 そしてエドワールは王族らしく威厳のある態度で宣言した。


「王家の名のもとに命じる。不正を働き、国を食い物にしたお前たちに国を支配する資格はない。貴族としての地位も特権も剥奪する。異論は認めない!」


 嘆く貴族たちをリヴィアは刺すような琥珀の眼で見送り。不正に関わった者たちは一掃されたのだった。



 

 会議が終わり談話室に誘われたリヴィアは、窓から差し込む柔らかな光の中で口を開く。


「最初からこうなるように仕向けていましたわね?」

「なんのことかな?」

「とぼけないでください。王太子殿下は、なにも言わずに見ておられましたわ。ですのに、頃合いとばかりに介入し、〝公平な王太子〟として立ち回った……。そうすれば貴族を攻撃したわけではなく、あくまで〝裁定者〟として動いたことになりますものね」


 リヴィアの指摘に、エドワールは笑みを深めた。


「それがもし本当なら、君は見事に俺の策を読み解いたわけだ。実に優秀だな、リヴィアは」

「褒めても誤魔化されませんわよ。最初からわたくしを利用するつもりだったのでしょう?」


 リヴィアの琥珀色の睨みに、エドワールは肩をすくめる。


「利用というのは心外だな。俺ははただ、君が正しいことを成し遂げるのを見守っていただけだ」

「それを戦略と言うのでは?」

「かもしれないな。しかしリヴィア」


 エドワールは優雅にテーブルの上のカップを持ち上げ、言葉を続ける。


「今回のことは君が見事に場を動かしてみせた。俺はただ、最後に王太子として役割を果たしたに過ぎない」

「言い回しがお上手ですわね」


 リヴィアはため息をつきながらも、エドワールの言葉に反論できなかった。


「君はよくやったよ、リヴィア。俺が期待した以上だ」


 エドワールの穏やかな声に、リヴィアは少しだけ頬を染める。


「……もう、知りませんわ」


 そっぽを向いたリヴィアに、エドワールは小さく笑った。


「これからも、君の力を借りることになるだろう。頼りにしている」

「もう騙されませんわ」


 ふいっとそっぽを向くようにしてリヴィアは出ていき。

 そんな彼女の背中を見送りながら、エドワールは微笑みを浮かべていた。




 その後も二人は、国の問題に取り組んでいく。

 隣国との交易、王国の財政、民の不満──問題は山積していたが、リヴィアもエドワールも手を止めたりはしなかった。

 飢饉を乗り切り、財政問題を解決し、教育改革を進め、司法制度にも改革の手を加えた。


 数々の改革を成し遂げる中で、リヴィアはエドワールの手腕に感嘆する。

 問題の本質を見抜き、的確に策を打ち、時には自ら現場へ赴いて人々を説得する、その姿に。


 そしてエドワールもまた、リヴィアの冷静な判断と鋭い洞察、どんな困難にも怯まぬ姿勢に、存在の大きさを実感した。


 エドワールは日々懸命に努力を重ねる彼女を、穏やかな眼差しで見つめるのだった。




 ある日の夕刻。エドワールが仕事をこなすリヴィアの部屋へと入ってきた。


「働きすぎだな、リヴィア」

「そうでしょうか」


 リヴィアは手を止めて彼を見上げる。


「君がこの国を良くしようと動いているのはわかっている。だが、王太子妃が倒れてしまっては困る」

「候補、でございますわ」


 リヴィアはまだ、王太子妃候補のままだ。

 〝慎ましやか〟とは程遠い、辣腕の持ち主。

 王太子妃として正式に受け入れることに難色を示す者がまだいるのだ。

 リヴィアの実力と行動力は、貴族社会では異端であるがゆえに。


「今日は俺に付き合ってもらおう」


 エドワールに促されて、リヴィアは王宮の庭園へとやってきた。

 どうやら気分転換に連れ出してくれたのだと気づく。

 満月が輝く、美しい夜だ。

 噴水の水音が静かに響く中、エドワールはリヴィアの手を取り、そっと腰に手を回す。


「音楽がなくても、踊れるか?」

「王太子殿下がリードしてくださるなら」

「なら、任せろ」


 月明かりの下、二人は静かに踊り始めた。

 リヴィアの足が軽やかに宙を舞い、エドワールの腕の中で優雅に回る。


「……君は、俺の人生を変えたな」

「そうですか?」

「この国の未来を語る会話が、こんなにも楽しくなるとは思わなかった」


 エドワールは王太子ではあるが、国王である父親はここ数年伏せている。実質、エドワールが王のようなものだった。

 その重圧を軽減させたのは、リヴィアの存在だ。

 エドワールの手が、優しくリヴィアの腰を引き寄せる。


「君は、どうだ?」

「……わたくしは」


 リヴィアは一瞬だけ彼の瞳を見つめ。そしてふっと微笑む。


「……わたくしも楽しいのです。ずっと、こうしていたいと思うくらいには」


 リヴィアの囁くような声に、エドワールの唇がわずかに弧を描く。


「ならば、そうしよう」


 低く響く声が、甘やかな余韻を帯びる。

 リヴィアは思わず笑ってしまった。


「まるで簡単なことのようにおっしゃいますのね」

「君となら、不可能なことなどない」


 エドワールの言葉に、リヴィアの胸の奥は温かくなる。

 エドワールと顔を見合わせるたび。言葉を交わすたび。

 リヴィアの心臓の音は、どんどんうるさくなっていく。


 最初は恋などではなかった。


 国をより良くするためには、王太子妃が単なる飾りではいけないと強く感じていたのだ。慎ましやかなだけでは、国を動かすことはできないと。

 リヴィアには強さと覚悟があった。

 国のためなら、好きでもない相手と結婚することすら、いとわないと。


 だがエドワールとの日々を重ねるうちに、そして真摯な姿勢に触れるたびに、心は揺れ始めた。

 王太子を尊敬する気持ちを超え。一人の男性として、強く惹かれていった。


 二人は踊り続ける。


 改革に奔走する日々の中、穏やかな時間を過ごせることが嬉しかった。

 彼と共に、この国の未来を語り続けていきたい。

 王太子妃候補ではなく、真の王太子妃として。

 リヴィアはそっと、願うのだった。






 ある日、貴族たちは王宮の広間に集められていた。

 大広間の豪華なシャンデリアが光を反射し、貴族たちの装飾品が煌びやかに輝く。その場に集まった者たちは一様に緊張した面持ちで、エドワールの言葉を傾聴する。


「皆の者、ここに宣言する」


 声が広間に響き渡り、すべての目が彼に釘付けになる。


「俺がこの国を治めるために、共に歩むべき相手として、リヴィアを選ぶ」


 一瞬、広間の空気が凍りついた。

 だが誰よりも驚いたのは、リヴィアだった。

 今まで、どんな政策でも、貴族への説得を十分にしてきたエドワールである。

 しかし王太子妃は自分の意思で決めるとばかりに、貴族の承諾も得ず宣言した。

 エドワールの声は断固としていて、揺るぎない決意を周囲に与えている。


「彼女は単なる王太子妃の役目に留まる者ではない。この国を共に治め、未来を切り拓くパートナーとして、俺の傍に立つ者だ」


 リヴィアの心は高揚する。

 その言葉には、力強さと温かさが込められている。胸が熱くならないはずはなかった。


「リヴィア。君がいなければ、この国を真に良くすることはできない」


 その言葉だけで、リヴィアの胸の中に積もっていた思いが一気に溢れ出しそうになる。

 しかしそれを堪え、リヴィアは一歩前に出て、堂々とエドワールを見上げた。


「エドワール様。この国をより良くするため、わたくしはあなたを全力で支えますわ」

「君がそう言ってくれるなら、俺も心強い限りだ」


 静かに笑うエドワールに、リヴィアは琥珀色の瞳を向ける。


「あなたの隣に立ち、共に国を治め、民を守る者として選ばれたことを誇りに思います。わたくしは、ただの慎ましやかな王太子妃になるつもりなど毛頭ございません。この国の未来を築くために、力を尽くしたいと思っておりますわ」


 挑戦的なリヴィアの涼やかな微笑みと宣言に、エドワールはふっと口の端を上げる。


「君が隣にいる以上、俺も気を抜けないな。ならばその手、しっかりと取らせてもらおう」


 言葉通りにエドワールはリヴィアの手を取り。

 そしてその甲にゆっくりと口づける。

 リヴィアはそれを受け入れながらも、耳の熱さを隠そうと必死になっていた。

 広間を満たしていた静寂が、二人に当てられたように次第に熱を帯び始める。


「……なんと……」

「この国の未来を築く、か……」


 誰かが呟いた。その言葉はまるで火種のように広がり、貴族たちの間にどよめきが生まれた。

 エドワールはリヴィアの手を取ったまま、高らかに宣言する。


「聞け、我が臣下たちよ! この国を導くのは、俺一人ではない。リヴィアこそが、俺と共にこの国を背負う者だ!」


 その瞬間、広間に衝撃が走った。驚きに目を見開く者、感動に声を詰まらせる者、そして誇らしげに頷く者。

 あらゆる反応が入り混じる中、一人の老臣が膝をついた。


「王太子殿下、リヴィア様……いえ、王太子妃殿下! この国の未来をお導きください!」


 それを皮切りに、次々と貴族たちが膝を折る。


「我らもお支えいたします!」

「殿下とリヴィア様の築く未来に、尽力を誓います!」


 次第に、忠誠の声が広間を埋め尽くしていく。

 リヴィアはその光景を前に、胸に熱いものが込み上げるのを感じていた。

 今までの努力が、実を結ぼうとしている。


「どうやら、君の覚悟はしっかりと伝わったようだな」


 リヴィアも、静かに……しかし力強くエドワールへと微笑み返した。


「はい。この国の未来を、あなたと共に……必ず」


 その誓いに、広間には割れんばかりの拍手が響き渡ったのだった。



 ***



 王太子妃となることが確約された後も、リヴィアは国のためにと奔走する。

 エドワールの希望で、最短での結婚式が挙げられることになったが、先の話だ。

 リヴィアは王宮の庭園に面したテラスで、雨を眺めていた。


「……雨音は落ち着きますわね」


 しとしとと空から落ちてくる雨は、今の自分のようだと胸が軋む。

 エドワールは、国のために有能な者を選んだだけなのだと、リヴィアは気づいてしまった。

 個人的な感情で妃を決めるわけがないと。これは政略であったと。

 痛む胸に気付かぬふりをして、リヴィアは降り続く雨を見つめる。


「……別に、それで良いのですけれど」

「なにがだ?」


 いつの間にか後ろにエドワールが立っていて、リヴィアは慌てて振り向いた。


「珍しいな。君がただ雨を見ているなんて」

「たまにはこういう日もありますわ」


 リヴィアがそう言うと、エドワールはふっと笑い、傘を片手に彼女の手を取った。


「なら、もっと特別な時間にしよう」

「え?」


 エドワールは傘を広げ、リヴィアを腕の中へと引き寄せる。


「庭園を歩かないか?」

「雨が降っていますのに?」

「だからこそ、いいんだ。誰もいない、静かな庭で……君と二人だけになれる」


 どきんと胸が鳴りつつも、リヴィアの顔は変わらず凛然としたままだ。

 そんな婚約者を見たエドワールは、少し苦笑いした。


「俺ばかりが君のことを好きだな」

「…………はい?」


 なにを言っているのかと、リヴィアは琥珀色の瞳を瞬かせる。

 エドワールはその瞳に吸い込まれるようにして、リヴィアを見下ろした。


「王太子妃の宣言の時には、恥ずかしくて言えなかった。愛しているから一緒になりたいのだ、とは」

「……愛」


 リヴィアの胸が、きゅっと締め付けられる。

 愛されていたとは、リヴィアは考えもしていなかった。

 ただ国のために結婚を決めたのだと。

 民を、この国を、誰より大切に思う人であったから。


「自惚れでなければ、君も俺を好いてくれていると思っているんだが……自惚れか?」

「わたくしの気持ちなんて、もうとうに知っているものかと……」

「君の口から聞きたい」

「結婚式の時にお伝えいたしますわよ?」

「あんな定型の文句ではなく、今、君の言葉で」


 エドワールの独占欲を垣間見たリヴィアは、ふっと目を細めて琥珀色の瞳を彼に向ける。


「冷静で的確な判断力、どんな困難にも決して屈しない強さ、そして民の声に耳を傾ける優しさ──すべてに惹きつけられ、わたくしはいつの間にかあなたに恋をしていました。」

「リヴィア……」


 嬉しそうなエドワールの顔を見ると、リヴィアの胸も弾けるように嬉しくて。


「わたくしも、あなたを愛しております」


 リヴィアは、素直な気持ちを告げた。

 ぽつんぽつんと傘が柔らかな雨を弾いていく音がする。

 じっとリヴィアを見つめていたエドワールは、今までに見たことがないほどの優しい瞳をして。


 エドワールは、少しだけ、傘を傾けた。


 誰にも見えないように。

 愛する人の初めての見せる顔を、独り占めするために。

 そんなエドワールの動きに、リヴィアは驚きながらも身を委ねた。


 二人の視線が重なり、時がゆっくりと過ぎていく。

 その瞬間、世界のすべてが静かになったかのように感じて。

 降り続く雨さえも遠くに感じられるほど、二人だけの空間が広がる。

 傘の下で交わされた一瞬の出来事は、リヴィアには永遠の約束のようにすら感じて──


 いつも凛然としているリヴィアの頬は、傘が上がる頃には真っ赤に染まっていた。


「そんな顔もかわいいな。俺は好きだ」

「エドワール様ばかり、ずるいですわ」


 リヴィアは少しむくれて、琥珀色の瞳を向ける。

 エドワールの穏やかで余裕のある微笑みに、リヴィアの心臓はドクドクとうるさいまま、治まりそうもない。

 普段見ることのない、リヴィアの新鮮な姿に触発されて。


 風が雨を揺らしたのをいいことに──





 エドワールはもう一度、そっと傘を傾けた。





お読みくださりありがとうございました。

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拝読させていただきました。 お互いに尊敬し合える関係の二人が愛も交わすというのはいいですね。
リヴィア、めちゃくちゃ格好良かったです! そして最後ロマンチックで素敵でした!
最後ロマンチックー! 何度でも傘を傾けるがよいぞ(*´艸`)ニマニマ
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