56.謝罪
「「「「申し訳ございません」」」」
二つの伯爵家が揃って頭を下げる。
声に出して謝罪しているのは二人の父親と、二人の子供。
公爵家の居間で、公爵家の者達とテーブルを囲み、公爵家の者達と向き合って、公爵家の者達に頭を下げての謝罪。
寄り子の貴族二家。
グリード公爵家の顔に泥を塗ったも同然の行為をしでかしたので当然ではありますが。
やらかしたのは伯爵子息ですが。
まさか同派閥でやらかすとは思ってもみませんでした。
この二家は子供同士が婚約している上に、家同士の関係も良好。
なのに……
「貞淑であれ、というのは何も女性だけのものではない。男性側にも当てはまる。特に婿入りの場合は」
伯父様のグリード公爵の冷ややかな眼差しも当然のことです。
浮気して婚約破棄を宣言するだなんて。
しかも大勢の前で。
それだけでも「愚かな」と言えますが、愚者は更に「僕のために時間を空けない婚約者が悪い」と宣う始末。
極めつけは「魅力のない婚約者で恥ずかしかったんだ。僕を引き留めれなかった償いとして慰謝料を請求する」と。
「喜劇を演じていたようだが、子息に役者の才能はないようだ」
「不肖の息子で申し訳ございません」
伯父様の言葉に頭を下げる伯爵家当主。
「ち、ちち……うえ……」
情けない声が上がりました。
心なしか顔色が青ざめているようです。
「あ、あの……公爵閣下……」
伯父様に縋るような視線を向けますが、伯父様は伯爵子息を一睨みして黙らせます。
「君には失望したよ。いや、息子ばかりではないな」
伯父様は子息側の伯爵家に視線を向けます。
「息子の言動を知りながら放置していた。責を負わねばならない」
「はい」
伯爵家当主は項垂れて頷きます。
「子息があのような愚かな言動は学園に入ってからのものだ。誰かに唆されたのか。あるいは……」
伯父様はそこで言葉を止め、伯爵家側の子息に視線を向けました。
「他者に篭絡されたのか。そこはやはり、男爵家の庶子のせいかな?」
「ラ、ラス……」
「その名を口にしないことだ。喜劇を演じてた時も『愛する女性の名前は言えないが』と口にしていただろう。『身分違い故に名を出すことはできない』と」
伯爵子息の顔色が更に悪くなります。
「男爵家の庶子から何か言われたのではないのか?名前を出さないでくれ、と。そして、君はそれに忠実に従った」
「ぼ、ぼくは……」
「ある意味、それは正しい選択だ。名指ししていたら君も無事では済まない。当然、実家の伯爵家もだ」
伯父様は冷たく、そして淡々と言葉を紡ぎます。
「君の所業は当家で把握して、報告を受けている。言い逃れはできん」
「……」
伯爵子息の顔色は青を通り越して真っ白になっていきました。
全てばれているとは思いもよらなかったのでしょうね。
どうして、と顔に描いてあります。分かりやすい人です。
「君だけではない。寄り子貴族の子供達全員だ。学園での行動は逐一報告を受けている。もちろん……例の男爵家の庶子のことも」
話題沸騰中ですから。
公爵家の寄り子貴族。貴族派の者達。
彼らの動向を把握しておくことは既に義務とも言えるのです。ついでに王家派の貴族への探りも入れています。
「我が公爵家の寄り子貴族も数名在籍している。殆どが下位貴族出身だが知らなかったのかね?」
「……」
伯爵子息は俯いてしまいました。
「高位貴族の大半は学園に在籍することはない。第三王子殿下の入学で若干増えたとは聞いているが、それもたかが知れている。伯爵家以上は皆無だ」
第三王子に取り入る者とそうでない者にはっきりと分かれたのでしょうね。
これが王太子殿下や第二王子殿下だったならばまた違っていたのでしょうが。
伯爵家以上の家柄は遠縁を在籍させて様子見、もしくは自分達の寄り子貴族を学園に送り込むか、そのどちらかでしょう。
「口止めを男子生徒にのみ行ったのは悪手だったな。この場合、女子生徒にも口止めをするべきなのだよ」
「……」
「もっとも、不貞行為をして婚約者を蔑ろにする男の味方をする者はいないだろうが。特に不貞相手が問題ありな人物だと余計にな」
伯父様の言葉に白目を剥いて今にも倒れそうな伯爵子息。
伯爵令嬢は婚約者の子息に呆れた目で見ていました。察するに気付いていないのは彼くらいでしょう。それと渦中にいる者達くらいですか。
いずれにせよ、考えつかなかった時点で彼の器量が分るというもの。