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すきなところへ
― シデムシ ―
いや、いないどころか、家の中にはなにもなかった。
せまい土間にせまい板の間があって、その奥に敷いていた莚もないし、囲炉裏にかけてあった鍋もなくなっている。
うむ、と坊さんが息をつくようにあたりをみまわす。
「 ―― こういうことはままあってな。死んだあとの魂は、すきなところへゆけるゆえ、その《者》はきっと、賑やかなまちなかへもどったのだろう」
「まちへ・・・?」
ああ、そうか、と合点もゆく。
「 ―― 常々(つねづね)、・・・もう、まちへ帰りたいと、もうしておりました・・・」
「そうか。 さて、おぬし、 ―― もとは、お武家か?」
「はい。 ―― わけあって、追われる身となり、こうして山へかくれております」
この坊さまになら、はなしてもいいような気がした。
いや、話さねばならぬか。
こうして、ここまで連れてきてくれたのだから。