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第八話 Driving

第八話 Driving



「ねえサトル」

二人は病室に戻ってくると、ベッドに腰かけて話をしていた。

「私ね、行きたい場所があるんだ」

「行きたい場所……?」

「うん」

リンはサトルに寄りかかると、静かな声でその場所を告げる。

「旧東京。そこの東京タワーに上ってみたい」

かつての東京はオートマータの大規模攻撃によって破壊されつくされてしまった。

今では人もいなくなり、廃墟の街と化している。

「地上から333メートルの高さを誇る巨大なタワー。今ではどこまで上れるかわからないけど……はるか上空から世界を眺めてみたい」

「それなら、こんど飛行機に乗って見ればいいだろう。それじゃあダメなのか?」

リンはサトルの足を思い切り踏みつける。サトルはあまりの痛みに声にならない悲鳴を上げた。

「もう、デリカシーがないんだから。私は東京タワーから見たいの。わかる?」

「おま……もう少し他の方法はないのか……?」

リンは頬をぷっくりと膨らませる。

「サトルが馬鹿なのが悪いんだからね」

「いつつ……ったく……」

サトルは足をぶらぶらさせながら悪態をつく。

「しょうがないな……今から行くか?」

「今から? 何もこんな遅くに出ることないじゃない」

「下手すれば明日にも戦うために発たなければならないかもしれん。行くなら早い方がいい」

「それに……サトル、体大丈夫?」

「もうなんともない」

サトルは腕をぐるぐると振り回して胸を張る。その様子を見てリンは微笑んだ。

「それなら大丈夫そうね」

「先端医療技術の賜物だな」

サトルは立ち上がると軽くストレッチをする。

「現在時刻は12時だ。バイクで出れば朝までには帰れる」

「そうね……でも本当に大丈夫?」

サトルは上着を着ながら彼女の質問に答えた。

「問題ない。退院の目処も立っているしな」

防寒着を着ると、二人は連れ立って外に出る。

こっそりとナースセンターの前を抜けると、エレベーターを使って下へと降りた。

外に出ると、さらさらの雪がちらついている。

二人は急いでバイク置き場へと向かった。早くしなければ、道路が使えなくなる可能性があった。

「寮に戻る時間はない。お前のバイク、中型だったな」

「二人乗りするの? 私慣れてないわよ?」

「問題ない。俺が運転しよう」

サトルはバイクのエンジンをかけると、バイクにまたがってヘルメットを着ける。

「ヘルメット一つしかないわよ」

「じゃあお前が被れ。ノーヘルでも見つからなければ問題ない」

サトルはヘルメットを彼女に手渡すと、バイクのアクセルをふかす。

大きな音が雪降る街に轟く。リンはサトルの後ろに座ると、遠慮しがちに彼の腰へ手を回した。

「いいか?」

「うん」

サトルはアクセルを入れると夜の街へと繰り出す。

雪の街は驚くほど静かで、ただバイクが駆ける音だけが響いていた。

「静かね……」

「ああ。まるで街が眠っているようだな」

まさにその通りだった。

どこのビルも明かりは落ちて、開いている店は一つもない。

これも戦争の最中、オートマータに狙われないようにするためだった。

今では24時間営業のコンビニエンスストアなどという便利な店はない。

「視界悪くない?」

「この程度ならなんとかなる」

道路を雪が覆いつつある中、二人はどこまでも走り続けた。

途中で温かい飲み物を自動販売機で購入しながら旧東京へと入る。

旧東京に到着する頃、雪は徐々に止みつつあった。

まさにそこは廃墟と称するに相応しい街だった。

道路はひび割れ、ビルは傾き、ガラス窓は砕け散っていた。

どこにも生き物の気配はせず、ただ死の気配だけが漂う旧き街。

それが今の東京だった。

「なんだか……怖い」

「人間はおろか、動物すらも近付かない街だからな」

今でもどこかで壊れかけたオートマータが徘徊している。そのオートマータに恐れをなしてか、その街へ近付こうなどと考える者は一人もいなかった。

二人は廃墟の街を走りぬける。間もなく目的の東京タワーが見えてきていた。

「着いたぞ」

二人は適当な場所にバイクを止めると、タワーの方へと近付いていく。

「奇跡的に電気は来てるみたいだな」

エレベーターのボタンを押すと、ゆっくりと扉が開いた。

二人はエレベーターに乗って、タワーの上層部へと上がっていく。

タワーの展望台は思っていたよりも荒れてはいなかった。

土産屋の跡だろうか、お菓子やペナントなどが並べられた店があったり、かと思えばレストランのようなものもある。

二人は人の気配のないその店々の中へと入っていく。

「この喫茶店、いいわね」

「街の風景が一望できるな」

二人は窓側の席に座った。

遥か遠くに見える光は隣街の明かりだろう。その他には何も映らない窓がそこにはあった。

「何か食べ物があるだろう」

「食べられるかしら?」

「電気は生きているんだ。冷蔵庫に何か入っているだろう」

サトルは喫茶店の冷蔵庫を勝手に漁る。幸い電気が通っていて、冷蔵庫の中には冷ややかな空気が漂っていた。

冷蔵庫の中から食材を持ち出したサトルは厨房を使って軽く料理を作る。今まで完全にユリに任せっきりにしていたが、どうやら料理の勘は衰えてはいないようだった。

簡単なラーメンを二人分作り、適当な酒を持ってサトルは席へと戻る。

「ほれ、ラーメンとワインだ」

「合うのかしら……まだビールのが合いそう」

「文句があるなら食わなくてもいいぞ」

「まさか、もちろんいただくわ」

二人は椅子に座って、遥か遠くに広がる夜景を見ながらラーメンを頬張る。

「二人で食事を取るの、久しぶりだね」

「今まではずっと病院食だったからな」

グラスに入れたワインを傾けながら、二人は会話を続ける。

「美味しいの?」

「美味くはない。食えないほどではないがな」

ラーメンはよほど美味だったのか、二人はあっという間に平らげてしまった。

二人は後に残ったワインを飲む。

「そういえば、以前にあたしのお弁当、食べたことあったよね」

以前に一度、ヒメが体調を壊してリンは自分で弁当を用意しなければならなかったことがあった。

彼女が精一杯努力して作った弁当は訓練所へと持っていかれ、そして広げられた。

一見して普通の弁当だったが、どういうわけか食が進まなかった。

彼女はサトルへ弁当を託すと、一人トイレへと向かったのだった。

「あれは酷かった」

「どっちの方が不味い?」

「両方ともな」

どちらが不味いかを明確にはしないで、サトルははぐらかすように言った。

「でも、病院食は食べれるんでしょ。ならあたしの弁当の方が不味いわよ」

「どっちもどっちだ。そもそも俺はあの弁当を全部食べたしな」

「そういえばそうだったわね」

あの頃の彼には辛いという感情はなかったのだろう。不味い弁当でも、託されればひたすら食べ続けることが彼にはできたのだった。

「ふう……いい景色だね」

遠くの方に一筋広がる光の線は、遥か彼方に広がる街の明るさだろう。

そして、いつの間にか顔を出したのか、月光が廃ビルたちを明るく照らす。

「死都、東京……か。俺たちが子供の頃は考えられもしなかっただろうな」

「そうね。眠らない街とさえ言われた街が、今ではこんなふうになっちゃったね」

リンはどこまでも広がる残骸溢れる死都を見渡す。

崩れかけたビル群が林立しているその都は、かつて栄華を極めた首都とは思えないほど荒廃していた。

「数日後には、この国から離れるのか」

「そうね……」

「恋人を取り返すために軍に謀反を働く……以前の俺からは考えられないような行動だな」

それは、自分に対する確認と同時に、リンに対する確認の意味もあった。

人とはいえ、軍の“最新兵器”を横合いからかっさらう。この計画が軍に漏れれば反逆の罪で捕らえられ、懲罰を受けることとなるだろう。仮に作戦が成功したとしても、日本軍から逃げ切ることができなければ制裁が下されることは間違いない。

「そうね。でも、私はやるわ」

「なぜ……?」

「だって、人間を兵器として使うだなんて許せないじゃない」

そう言って、彼女はややうつむく。だが、すぐに顔を上げた。その顔はとても清々しい表情だった。

「なんてね。それは建前。本音は私が納得できないからよ」

「納得……?」

「恋敵をこんな方法で排除したって、気分悪いじゃない。それに、サトルはユリが好きなままでしょ。それじゃあ、体を奪っただけで心を奪ったわけじゃないわ。それは本当の意味でサトルを私のものにしたわけじゃないもの」

「そうか……」

そう語る彼女の顔はとても明るかった。

サトルは思う。これがリンなりのやり方なのだろう、と。

普段は不真面目でも、大事なことは真っ向から本気で戦うのが彼女のやり方なのだ。

「私さ、もう決めたんだ。このままサトルが私のものにならなくても諦めるってね。だから、あんなこと言えたのかな。だってさ、勝ち目ないじゃん。ユリは……綺麗だし、気立ても良くて料理も上手で……私が勝てるのなんて強さ……いいえ、これも負けてるわね」

「そうだな、全然勝っている部分ないな」

「……ひっどい。普通直接言う?」

「あ……いや、すまんかった」

リサに冷ややかな目で見つめられて、サトルは謝った。だが、すぐに彼女は諦めの混じった笑みを浮かべる。

「まあ、事実だけどね」

「いや、けれどもユリにはない、リンの良さはたくさんあるぞ」

「たとえば?」

「たとえば……」

サトルは唸りながらしばらくの間考え込む。答えを出すのをリンは待っていたが、やがて待ちきれなくなり、中断するように言う。

「いいわよ、無理に考えなくても。どうせ大したことないわよ」

「いや……たとえば……積極的……?」

「まあそうね……。確かにアピールポイントにはなるけど、でもねぇ……ユリの方が圧倒的に有利じゃない」

リンはどんよりとしながら言った。

サトルは一度ため息をついて、椅子にどっかりと座り込む。

時間を見ると、まもなく3時を回りそうだった。そろそろ戻る準備をしなければ、戻るのは朝になってしまうだろう。

「そろそろ戻るか? 時間も大分遅くなってきたぞ」

「うん。そうしよっか」

二人は後片付けをして、再びエレベーターに乗る。

バイクに乗ると、うっすらと雪に覆われた道路を走り始める。

虚空には明るく真円の月が輝いていた。

二人は月光を浴びながら、静かな廃都のハイウェイを走り続けていた。

サトルは自宅へと戻ってきていた。

そこは彼女と長い時間を過ごした狭い部屋。

ベッドに横たわり、深く息を吸い込むと、彼女の匂いが鼻腔を刺激する。

「今度こそ……今度こそは……」

そう、今度こそは幸せな日常を掴むのだ。

あの十年前の無力だった自分じゃない。今の自分には力がある。

サトルは数日前のあの日常を掴むために決心する。


次話、第九話 Remembering

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