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第四話 Investigating

第四話


「今日の任務を説明する」

オートマータの襲撃から四日が経過した。

ユリは部隊に馴染みつつあり、サトル達もユリを仲間として迎えていた。

彼女自身に戦う力はない。だが、それでも彼女はサトル達と一緒に体を動かし、戦うことはなくとも訓練に励んでいた。

さて、彼女が所属する後援部隊だが、主戦力ではないとはいえ、一応は任務がある。それがフォールスミッションである。

主力三部隊ももちろん任務には参加する。だが書類の整理や、資料の回収などでは人手が多い方が迅速に任務が進む。そういう場面では後援部隊も当然の如く任務に駆り出されるのである。

今回の任務もフォールスミッション。すなわち、サトル達とユリは一緒に任務に参加するのである。ユリにとっては初の任務だった。

「先日の訓練所へのオートマータ襲撃と同日、別の研究所への襲撃も発生した」

転移による襲撃は同時に違う場所へ攻撃をすることによって、防衛側の戦力を分散させることが常識であった。サトル達の訓練所への襲撃があったということは、同時に別の場所が襲撃されていてもそれが普通であった。

「軍の到着が早かったため襲撃による被害は最小限に留まったが、建物が使いものにならなくなってしまった。そのため、第二研究所の東棟へと移動することになった。今回の任務は研究所の移転作業の手伝いだ」

概要を説明すると、研究所が使えなくなったため、現在では使用されていない国立第二研究所の東棟へと設備を移動させ、復興するまでの間そこで研究を行うこととなった。今回の任務はその設備や資料の移転作業の荷物運びである。

こういう戦闘を伴わない任務は、少年兵を働かせる軍務としては最適である。何よりも外見がいいため、いかにも戦災孤児を支援していますというアピールを行うことができる。

「詳しい内容は指令書に目を通すように。では、12時より任務を開始する。所定の位置について待機するように」



サトル達は崩落した第一国立研究所を訪れていた。襲撃から四日が経過し、完全に調査などが済ませられてようやく荷物を運び出せる準備が整ったのであった。

今回移動させる資料は、地下書庫に収められた大量の研究資料及び蔵書の類である。この研究所は様々な生体部品に関する研究を行っていた研究所だ。生体部品とはその名の通り、有機物を部品として用いる技術のことであり、無機物の金属などと違って再生能力を持たせることができるので、関心の高い分野の一つだった。


サトルとヒロキの二人は山積みにされた本を抱えて段ボール箱へと移していく。今回は中身を確かめる必要がないので、前回の任務よりも素早く片付けることができそうだった。

二人は黙々と本の山を移動させる。前回もそうだったが、今回もかなり難しい内容の本が並べられており、二人は本を読もうという気も起きなかった。

「隊長……今回はわざわざ確認の必要がなくてよかったっすね」

「そうだな、前回は一冊一冊確認していたから膨大な時間がかかってしまった。それに、俺達が本の中身を理解したところで意味がないからな」

並べられた本のタイトルはいずれもアミノ酸やタンパク質などに関する本ばかりで、サトル達の興味を引きそうな本はなかった。

「生体部品って、腕とか足とかも作れるんすよね?」

「そうだな。だが、ES細胞に関する研究が完成しつつある今、そういう用途は意味がないだろうがな」

ES細胞とはあらゆる臓器へと分化する可能性がある細胞群である。この細胞からはあらゆる臓器を作り出すことができ、例えば心臓、肺などの一人の人間に一つしかない臓器などを作って移植手術に際に用いることも可能である。もちろん、事故などによって失われた手足を作り出し、移植することも可能なので、この研究が完成すれば義体はまったく不要となるのである。

「それよりも、戦車や戦闘機の装甲の自動修復、それからオートマータの自己再生能力などの用途の方が有望だろうな」

「う……撃っても撃っても再生するオートマータとか勘弁っす……」

「まあ、そう簡単にはいかないだろうな。自己再生といってもそこまで高速で再生できるわけではあるまい。現状でせいぜい一般的な動物の再生能力程度。即軍用に使えるような技術でもあるまい」

サトルは本を段ボール箱へと移しながら答える。

もし、ヒロキの言うように高速で再生するオートマータが完成すればそれは連合国側にとって脅威となることは違いない。この研究はロベミライアがそのようなオートマータを作って使用した場合の対策を立てるための研究でもあるのだ。

「もっとも、有機物で鋼鉄に並ぶほどの物質を作れるかどうかは甚だ疑問だがな」

サトルは手元の本のページをぺらぺらとめくってみる。そこには体細胞分裂に関する細かい記述が丁寧に書き込まれていた。

「体細胞分裂はDNAに書き込まれた塩基配列に従ってアミノ酸を精製し、それを結合させてタンパク質を合成するそうだ。つまり、どんなにあがいてもタンパク質によって作られたモノしか体細胞分裂の原理では作れないらしい」

「タンパク質って、熱せられると性質が変化するんすよね?」

「そうだ。卵焼きの原理だな」

卵は通常の状態だと液状の物質だが、熱せられるとタンパク質が固まり、固形化する。その温度は60℃前後だと言われている。つまり、60度以上に熱せられると性質が変化してしまうため、耐熱装甲などには用いることができないということだ。

「タンパク質を戦車の装甲に使って、焼痍弾でもぶち込まれてみろ」

「……焼き肉戦車っすね……」

ヒロキは敵兵にむしゃむしゃと食べられていく戦車を想像する。そのあまりのおかしさに思わず大きな声で笑ってしまう。

「リンならもっと大笑いしただろうな」

「リン隊長は笑いの沸点低いっすからね」



「っくしゅ!」

「……風邪?」

「違うわ。そこまで軟じゃないわよ」

リンたちも別の書庫で本を運び出す作業を行っていた。この研究所は本が分野別に分けられて別室に置かれている。

彼女らが作業を行っている部屋は生体部品の用途などについて記述されている部屋だった。

「それにしても、ホントこんな本ばっかりよく読むわよね……」

「……」

ヒメは片付けもせずに黙って本のページを進める。タイトルは『部品としての命』。部品交換技術について書かれた学術書である。

「ヒ~メぇ~、本ばっかり読んでないで手伝ってよ~」

「……」

ヒメは黙ってページをめくり続ける。その様子に呆れて、リンはヒメが読んでいる本を覗きこんだ。

「そんなに面白い?」

「ここ」

彼女は本の一部を指さす。リンはそこの部分を読んでみた。

「なになに……? オキシデリボ社ではクローンを利用した部品交換技術が研究されていた。クローンのドナーを用いることによって、高い成功率を誇る脳移植を可能としていたのだ。だが、21XX年7月、5人のドナーが脱走を図り、この研究が世間に露見し、非人道的な研究を行っていたとして、絶対的だった社会的地位が大きく低下した……これがどうかしたの?」

「その後」

ヒメは更に読み進めるようにリンへと促す。その続きは、誰かが書き足したような殴り書きの文字だった。

「このように人の命を弄ぶような研究は断固行うべきではない。だが、我々はF部隊のような研究を行っている。これは彼らと同類の研究ではないだろうか……って、F部隊!?」

「ユリの部隊もF部隊」

リンは腕を組んで考え始める。

「人の命を弄ぶような研究……?」

「部品交換技術、クローン、DNA操作、他にもいくらでも思いつく」

「どんな研究が行われていたかまでは書いてないわよね……」

リンはヒメから本を奪い取ってページをめくる。ところどころ殴り書きのメモは残されていたものの、F部隊に関する記述をほかに見つけることはできなかった。

「他の本も同じ」

別の本を手に取ろうとしたリンにそう言葉をかける。少なくとも、今までヒメが確認した本の中にはF部隊に関する記述はなかったということである。

「ちっ!」

リンは舌打ちを打つ。

ヒメは落ち着いて次の本を手にとる。

「リンは片付けを。植物の本とか、関係のないものから」

「何かわかったら教えなさいよ」

そう言って、リンは植物図鑑の整理を始めた。



一方ユリは、後援部隊の二人の隊員とともに片付けの作業を行っていた。

「これで給料もらえるんだから楽だわ」

一人の女性隊員……高山ノブヨがそう言いながら段ボールに本を詰める。

「図書館司書みたいなものだよね」

もう一人の女性隊員……清水ユウコは本棚から本を引っ張り出していた。ユリもその作業を手伝う。

「ところで、ユリちゃんはどうして突然こんな時期にジュニアに来たの?」

突然話題を振られてユリは口篭る。

「あ、言いたくないなら言わなくていいわよ。どうせ皆訳有りなんだからさ。人に言えないような秘密もいっぱい持ってるわよ」

「そうだね。ま、私は普通に言っちゃうけどな~」

そう言って、彼女は話し始める。

「私の両親、私が5歳のときに死んじゃったの。オートマータの襲撃に巻き込まれてね。私一人が家で留守番してたから助かったけど、それを聞いたときはショックだったな~」

少女の齢は16か17くらいだろうか。となると、十年以上も前の出来事である。

「私のと似てるわね。私は小学校行ってる間だったわ。パパとママは研究員やってたんだけど、やっぱりオートマータの襲撃に巻き込まれたわ。それで、身寄りがなかった私を国が引き取って養ってくれたのよ」

二人はそうやって自分の過去を話して聞かせる。

今こそ気丈に振舞う二人だが、当時はどうだったのかと想像してみる。

もし、自分が何もわからないような子供だったら……と、そこまで考えて自分に子供だったころの記憶がないことを思い出す。

ユリはそのことを悲しく思う。他人の身になって考えることすらできないのだ。

「私……実は記憶がないんです」

そこで、ユリは口を開いた。相手だけに喋らせて自分が喋らないのはアンフェアである。

「一週間くらいから前の記憶が少しも……ないんです」

二人はその言葉を聞いて絶句する。

「それで……一週間前にジュニアチームの皆さんが襲撃された研究所を捜索しているとき、私がそこにいたのが発見されたんです」

「……ごめんね。私たち、そんなつもりじゃ……」

「ユリちゃんは最近来た子だから、普通の生活をしてたのかと思って……その話を聞きたかったの」

口々に謝罪の言葉を口にする二人に、ユリは首を振る。

「いいんですよ。記憶がなくても、今を楽しめるんですからね。こうやって、お二人と話をするのも楽しいですし!」

そう言って、ユリは次々に本を運ぶ。二人も今まで止めていた手を動かし始める。

「それに私、料理が得意だってわかったんです。サトルさんのために料理を作って、美味しいって言ってもらえるのが嬉しいです」

「……サトル隊長“の”ために……?」

二人はそこの言葉に食らいつく。そして、ニヤニヤとした笑いを浮かべる。

そこで、ユリは自ら地雷を踏んでしまったことに気付いた。

「サトル隊長とどんな関係なの!?」

「どこまで進んでるの!?」

「料理ってことはまさか同棲ー!?」

「それじゃああんなことやそんなことや……」

きゃあきゃあとあることないことを騒ぎながらわめき始める二人。ユリはもう、自分の力では収めることができないことをそのとき知った。

「ほら、答えなさいよー!」

「ほれほれ、吐いた方がお主の身のためでっせ?」

もはや口調までが怪しくなってきてる二人。ユリは全てを覚悟して、ゆっくり話し始める。

「えっと……その……一応……一緒に住んでます。でもそれは……」

「きゃー同棲だわ!」

「凄い! まさかユリちゃんがそんな大胆な子だなんて……」

もはや理由を説明する間も与えずに騒ぎ立てる二人。ユリの表情が徐々に青くなっていく。

「その理由があって……」

「で、どこまでやっちゃったの? キス? それともベッド!?」

「きゃあー! そんなの私のユリちゃんのイメージじゃないわっ!」

妄想が加速していく二人。もはや理由を聞く気もない二人をユリには止める術はなく、ただなされるがままとなっていった。



任務を無事に終えた彼らは、行き付けの居酒屋へとやってきた。

成年となる年齢を引き下げるよう法律に変更があったため、この国では20歳を迎えずに酒を飲むことができるようになったのだった。

「で……なんでこいつらがついてきてるんだ?」

いつものメンバーの後ろについて来たのは、普段はたまに会話を交わす程度の仲のノブヨとユウコの姿があった。

「あはは、たまにはいいじゃないですか~、隊長!」

「ユリちゃんとすっかり仲良しになっちゃったんだよねー」

「え、ええ、まあ……」

二人はにこやかに笑ってユリを囲むように立つ。だが、間に挟まれた彼女の表情はやや引きつっていた。

そんなユリの様子には構わず、それどころか女性メンバーが増えて上機嫌なヒロキはやや興奮した様子で口を動かす。

「それどころかべっぴんさんが増えて歓迎っすよ!」

「さすがヒロキ副隊長! 話がわかってるね~」

「心が広くないとモテませんよ、たいちょ!」

やがてビールのジョッキがテーブルへと運ばれてくる。どれも白い泡を山盛りにしてぱちぱちと弾けさせている。

いの一番にヒロキがジョッキに飛びつき、高く掲げた。

「ではー、この不肖ながら私、近藤ヒロキが乾杯の音頭を取らせていただきます!」

7人は自分にあてがわれたジョッキを手にとる。威勢よく掲げる者、一応掲げてやっている者など、その様子は様々であるが、ともかく全員がジョッキを手に持っていた。

「かんぱーい!」

「「かんぱーい!」」

「乾杯」

「乾杯です」

「……」

ヒロキが元気よくジョッキを掲げる。それにリンやノブヨ、ユウコはジョッキを砕きかねない勢いでジョッキを叩きつける。サトルやヒメは静かにちょこっとだけジョッキを掲げ、ユリは遠慮がちにサトル達のジョッキに自分のジョッキをぶつけた。

まず一番にジョッキを傾けたのはヒロキだ。急性アルコール中毒などどこ吹く風で一気にジョッキの中身を飲み干した。

「かーっ! やっぱりビールは最高っす!」

「きゃー! さすが副隊長!」

「む、負けられないわね!」

それに負けじとリンは杯を傾ける。黄金色のそれは瞬く間に喉を流れ落ち、次の瞬間にはジョッキは空となっていた。

「リン隊長も凄いわ!」

「リン隊長もなかなかやるっすね……」

「じゃあ、次私行きまーす!」

そういって、ユウコがビールを煽る。二人と同じように一気に飲み干し、満面の笑みを浮かべてジョッキを置いた。

「ユウコ、そんなお酒強かったっけ……?」

「らいじょうぶー!」

ノブヨが心配そうに声をかけるが、ユウコはやや怪しげな口調で答える。それを見て、苦笑を浮かべるユリ。

「ユリちゃんはどうなのよっ」

「そうだ! ユリちゃんお酒強いのー?」

ノブヨとユウコに迫られ、ユリは苦笑いを浮かべる。

「わ、わかりません……お酒、記憶があるうちは飲んだことないですから……」

ジョッキの中身は未だわずかも減ってはいない。少なくとも、臭いを嗅いだ程度で赤くなるほど弱くはないようだ。

「乗る必要はないぞ」

いつの間にかジョッキの半分を空にしたサトルが言う。それに対して反論するようにノブヨ達は言った。

「折角なんですから盛り上がりましょうよー!」

「ほら、ユリちゃん!」

最初は戸惑っていたユリだったが、やがて意を決したのか、ビールのジョッキを抱え上げた。

「そ、その調子!」

そして、他の面々がしたように一気に傾ける。

「おお! いい飲みっぷり!」

「ユリちゃん頑張れー!」

そして、彼女はそのままジョッキの中身を飲み干した。

「ふぁ……目が……まはる……」

ユリはそのまま、口の端に泡を付けたままぶっ倒れてしまった。

「あちゃー……あんまり強くなかったかー……」

「こりゃ失敗だわ……」

目をくるくると回して倒れたユリを見かねて、サトルは残っていたビールを一気に傾けた。

「おい、大丈夫か?」

「あぅー……頭が……」

どうやら意識はあるようだ。サトルは特大のため息を付くと、ユリに肩を貸した。

「外の風に当たりに行くぞ」

「はぅー……すびばぜん……」

ユリの肩を担ぎ上げるサトルはノブヨ達は囃し立てた。

「さすが隊長! アフターケアも欠かしませんね!」

「カッコイイ! よっ色男!」

言葉の使い方を間違っていることに呆れながら、サトルはユリの肩を担いで店外へと足を進める。

「兄ちゃん、お酒初めての子に一気飲みなんてやらせちゃダメだよ」

店主が笑いながらサトルに言う。それにイライラしたような様子でサトルは答える。

「勝手に飲んだだけだ。それに、俺はやめろと言った」

店内に笑い声が渦巻く。

口々に若いってのはいいねえ、だとか若いうちは何でもできる、だとかそういった声が聞こえてくる。

そんな笑いの渦を背にしながら、店の裏へと出た。



「あぅー……目が回ります……」

ぐったりとした様子のユリを、椅子に座らせて休ませる。この店の裏手には、悪酔いしたときに休憩するためのスペースが設けられている。もっとも、現代人は比較的酒に強くなったのか、それとも店の利用客がたまたま強いのか、そこを利用する者は少なかった。

「だから乗るなと言ったのに……」

「すみません……」

真っ青な顔をうつむかせて、ユリはサトルに謝り続ける。

サトルはそんな様子には構わず、ただユリの隣に座って胸元のポケットからタバコを取り出した。

「サトルさん、吸うんですか……?」

「たまにな。嫌いか?」

ユリは首をふるふると横に振る。サトルは黙ってタバコを口にくわえると、電気ライターで火を付けた。最近は電池の小型化が進み、電気で火を付けるのが主流となっている。オイルライターに比べて遥かに寿命が長く、また小型化することができたのだ。

「……」

サトルは紫煙を揺らす。それは夜風に吹かれて散っていき、寒空の彼方へと消えていった。

「サトルさん」

ふと、ユリがサトルに声をかける。

「サトルさんって……どんな人なんですか?」

唐突に、唐突な質問をぶつけられて、サトルはそのまま目を細める。

「私……気付いたらサトルさんのこと、何も知りません」

サトルはふうと紫煙を吐き出す。そして不機嫌そうにタバコをくわえると、小さく口を動かした。

「知る必要があるのか?」

「知りたい……です」

再び紫煙が虚空へと消えていく。冷たい風が煙を巻き上げて、どこまでも誘うように吹き上げていく。

「自分のこともわからない私ですけど……せめて他人のことぐらいは知りたいと思ったんです……。昔のこととか……聞いてもいいですか?」

「……つまらない話になるぞ?」

サトルはタバコを地面に落とすと、靴のかかとで踏んで火を消す。

ユリはゆっくりとその言葉に頷いた。

最後に彼はため息をつくと、静かな口調で語り始めた。



幼い時、彼はどこにでもいるような普通の子供だった。

普通の両親に囲まれ、普通の家庭に育ち、普通の幸せと普通の日常を享受する毎日を過ごしていた。

両親はとても優しかった。もう一人まだ赤子の弟がいたが、それでも両親は彼に精一杯の愛情を注ぎ込んでいた。

彼にとって、毎日が楽しかった。まだ幼稚園に通っている年の頃である。友達もたくさんいたし、遊ぶ場所はそれこそいくらでもあった。

戦時中であっても、日本は決して戦争の表舞台に立つような国ではなかった。第九条こそ改正されていたが、軍事力は敵を殺すためのものではなく、味方を守るためにものとして振るわれていたのだ。

この頃の子供は大いに騒いで大いに喚く。それが普通なのである。

もちろん彼もそんな普通の子供の一人だった。いや、普通よりも騒ぎすぎるくらだった。

ともかく触れるもの全てが目新しくて、どんなことに対しても喜びを見い出すことができたのだった。

だが、それが変化したのはデパートに買い物に出かけた日だった。

休日ということもあって、デパートにはたくさんの人々が訪れていた。まだこの頃は戦争も始まったばかりで、民衆の心にはまさか日本が攻撃対象になるなんてことはないだろう、という認識があった。まだ無差別攻撃も始まっておらず、今回の戦争もアメリカが全て片を付けてくれるだろうと人々は信じていた。

もちろん、彼の両親もそう考えていた。


「パパ、きょうはなにをかうの?」

父と母に連れられた幼い男の子はわくわくとした気持ちを落ち着かせることもできずに、はしゃぎながら父に尋ねる。デパートに連れてきてもらった日は、必ずレストランでお子様ランチを食べる決まりになっていた。

「今日はお前の服を買うんだよ。もうすぐ小学校だろう?」

男の子は近々私立の小学校に進学することになっていた。その学校にはきちんと定められた制服があり、今日はその制服を仕立てに来たのである。

「おわったあとは、おこさまランチだよね?」

「そうよ。楽しみにしてらっしゃい」

「はーい!」

赤子をベビーカーに乗せて押す母親が答える。男の子は嬉しそうに返事をした。

男の子は服屋に連れてこられると、色々な体の部位のサイズを測ってもらった。彼はお子様ランチがその後に待っていることを考えながら、おとなしく我慢していた。

「いいお子さんですね」

店員はその様子を見て男の子のことを褒める。父親は誇らしそうに自慢の息子ですから、と答えた。

男の子の我慢の限界に達しようとしたそのとき、ちょうど寸法を測り終える。

「この頃のお子さんははしゃぎまわって大変なんですよ。でも、お宅のお子さんはホントに楽でした」

「この子はご褒美があるとなんでもやるんです。だから、きちんと待つこともできるんですよ」

「ほう、ではこれから何か買ってあげるんですか?」

「これからね、レストランにいくの!」

威勢よく男の子は店員の質問に答える。

「それでね、おこさまランチをたべるの!」

「それはよかったじゃないか! お父さんとお母さんにありがとうって言うんだぞ?」

店員はにこにことした表情を浮かべながら男の子の頭を撫でる。男の子はくすぐったそうに、けれども満面の笑みで頷いた。

いよいよ測量が終わり、彼らはレストラン街へと向かっていた。

レストランといっても、ちょっとしたファミレスである。特別美味しいものが出るわけではないし、何か凄い飾り付けのものがでるわけではない。

でも、男の子にとってはその食事は、なによりも素晴らしい幸福なのであって、今日も至福の表情を浮かべながら店に飛び込んだ。その後を笑いながら両親が付いて歩く。

どこにでもあるような家族の光景だった。

男の子は席に座ると一番にお子様ランチと大きな声で注文する。

そんな様子に店員も笑いながら注文を受けていた。男の子の両親もすでに決めていたのか、店員に注文する。

「まだこないのー?」

「今ね、お子様ランチの野菜スープに入ってるレタスの種を植えているのよ?」

「でもって、鳥の唐揚げの鶏さんの卵を温めてるんだよ?」

「えー! そんなにまつのー!」

談笑の声が昼のレストランに響く。そんな愉快で和やかな空気にレストランは包まれていた。

もちろん、レタスの種を植えたわけではないし、卵を温めるところから始める訳もなく、すぐにお子様ランチが運ばれてきた。

「わーい! きょうはにっぽんだー!」

星型に盛られたチキンライスの頂上に日の丸の旗が輝く。

男の子はそれを手にとって、大事そうにポケットにしまいこんだ。

もちろん、そんなものは三日も経てばなくしてしまう。けれども、それはとても大切な三日だけの宝物だった。

「もうたべていい?」

男の子がわくわくしながら両親に尋ねる。両親は優しく笑って頷いた。

男の子は置かれていた小さなスプーンを手に取る。

「いただきまーす!」

けれども……そのスプーンはチキンライスに突き刺さることはなくて……代わりに金属の足がチキンライスに突き刺さっていた。

男の子の頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ前にそれは起こった。

金属の人型人形は大きく腕を振り払う。その瞬間、恐怖に歪んだ母親の顔が吹き飛んだ。

父親が立ち上がり、なんとか男の子は守ろうと覆い被さる。けれども、金属の人形がもう一度腕を振るったとき、決意に満ちた父親の背中が二つに割れた。

男の子はその衝撃で吹き飛ばされる。

次々とガラス窓が砕け散り、悲鳴と怒号が場を支配する。

男の子は何が起こったのかもわからず、ただただぽかんとしたままチキンライスを頭から被って座っていた。

金属の人型人形は、無味無臭の殺意を持って全てを破壊し尽くす。

コショウの入った瓶は割れ、キャベツが山と盛られたまな板は砕け散る。

必死に包丁を持って立ち向かおうとするコックもいたが、彼はやがて機械人形に頭を掴まれると、十階の窓を突き破って外に放り出された。

まさに地獄絵図という表現が正しかった。

肉が刻まれ骨は砕け、血液は舞い命が引き裂かれる。

もはやためらいを知らない破壊と殺戮。人間の業では成し得ない惨状がそこでは繰り広げられていた。

男の子はまったくもって何が起こっているかを理解できなかったが、ともかくお子様ランチが食べられないことだけはわかった。そう考えると、男の子の胸の中に悲しみが湧き上がっていく。

「う……ひっく……」

そして、それは一気に飛散した。

「うわあああああぁぁぁぁぁぁん! ひっく……ぐすっ……えぐっ……」

その慟哭に、機械人形を首をもたげる。

金属のレンズが男の子のことを捉える。ゆっくりと男の子の方へと歩み寄り、ワイヤーで組まれた腕を揺らす。

「……えぐ……うう……?」

男の子が見上げると、その目前にオートマータが立っていた。何本ものワイヤーが編み重なって組まれたその腕は、徐々に姿を変えていく。その悲しみを断ち切る一本の白刃へと変化する。

「……」

機械人形は何も声を出さず、音も出さずに刃を振り上げる。

そして、振り……下すことができなかった。

その瞬間、ワイヤーが何かに切断される。

そこに立っていたのは一人の壮年の女性。その右手には真っ白な刃が輝き、左手には巨大な銃が握られていた。

表情は怒りに満ち、無言で人形たちをにらみつける。

女性の姿が……消える。

一瞬にして一体の機械人形の胴体が吹き飛ぶ。爆発を起こしながら壊れ飛ぶ機械人形はそのまま機能を止めて崩れ落ちた。

「……お前たちは許さない」

彼女がそう呟いた瞬間、右手の刃が翻る。それと同時に機械人形の頭が飛ぶ。

「罪のない人々の命を奪い……」

左手の巨銃が爆ぜる。それと同時に機械人形の胴体が爆散する。

「これからも続くはずだった命を終わらせた」

両手が揺れる。その瞬間、二体のオートマータが同時に吹き飛んだ。

「お前たちに……」

両手の武器を腰のホルダーにスライドさせる。その時、多方向から同時にオートマータが襲いかかる。

「そんな権利はない!」

見事なまでの回転蹴りが繰り出され、オートマータは次々に蹴り貫かれていく。

壮年とは思えない動きで次々と徒手空拳で機械人形の軍勢を叩き伏せていく。彼女には本来武器は必要ないのだろう。その動きはまさに洗練されていて、わずかたりとも無駄のない、それでいて最大限の威力を発揮した。

多数その場に召喚されたオートマータは徐々に数を減らしていく。

「はっ!」

一際大きな掛け声とともに、最後のオートマータの胴体を拳が貫く。機械の人形は狂ったような叫び声を上げて、がくりと崩れ落ちた。

腕を振るってオートマータから腕を引き抜く。今まで破壊の限りを尽くしていた異形の化け物は、確かにその時終焉を迎えた。

壮年の女性は悲しそうな表情を浮かべて腰に下げられた通信機を手に取る。

「こちら十階レストラン街。全ての目標をせん滅した」

『了解。生存者は何名だ?』

「生存者はゼロめ……」

そう言いかけて、小さなすすり泣きの声を耳にする。

彼女がその声の元へと向かうと、小さな男の子がちんまりと座って泣いていた。

「大丈夫? どこか痛いところはないかな?」

「えぐっ……ぐすっ……おこさまランチが……」

男の子は泣きながらもそう呟く。それを見て、女性はにっこりと笑った。

「生存者一名。小さな男の子よ。外傷はない模様」

『了解。生存者を至急保護されたし』

「了解」

女性は通信機を腰に収めると、男の子に手を差し伸べた。

「立てる?」

「……うん」

男の子はその女性の手を取って立ち上がる。頭からチキンライスを被っていたので、酷い格好だった。

「おこさまランチ……」

「それはおばさ……お姉さんが今度食べさせてあげるから、一緒に行こう。ね?」

「本当……?」

男の子は泣きながら女性に尋ねた。女性はにっこりと笑って頷いた。

「特別に大盛りにしてあげちゃうわよ」

「やったぁ!」

男の子は嬉しそうに飛び跳ねる。そんな様子に女性は微笑んだ。

「さ、行きましょう」

「でも……パパとママは?」

女性はしばらくの間黙っていたが、やがてゆっくりと絞りだすように呟いた。

「パパとママは……ちょっと遠いところに行っちゃったのよ」

「とおいところ……?」

女性の目頭が濡れる。頬を一筋の涙が流れ落ちる。

「だから……お姉さんと一緒に行きましょう」

「すぐかえってくる?」

彼女はしばらくの間、その言葉に答えることができなかった。

「また……きっといつか会えるわ」

「わかった。行くー!」

男の子は彼女の手をしっかりと握った。

彼女にはその様子がくすぐったくて……けれども懐かしくて、また目から一筋の涙を流して、そして一緒に歩いた。



しばらくの間、ユリは言葉を話すこともできずにぽかんとしていた。

「そのとき助けてくれたのが師匠だ。その師匠達に養ってもらって、今の俺が在るんだ」

サトルは新しいタバコを取り出し、口にくわえて火をつけた。

やがて、ユリはゆっくりと口を開いた。

「……ごめんなさい」

「謝る必要はない。ここにいる者は皆似たような過去を持っている」

ユリは目頭を押さえる。

「でも……あんまりです……」

「今はそう珍しくない。ロベミライアの攻撃が激化してきて、世界中各地で文人軍人関係無しに無差別殺戮が起こっている」

「そんな……酷過ぎます……」

ユリは肩を小刻みに振るわせる。

「だから言っただろう、つまらない話になると」

「全然つまります」

ユリは意味のわからないことを言いながらごしごしと目許を拭う。

「愉快だって言うのか?」

「そういう意味じゃありません!」

少し前まで酒でふらついていたことも忘れて、腰に手を当てて立ち上がる。

「悲しい話だけど……知らないといけない話だって思いました!」

「ふむ、何故だ?」

ユリは両手を胸に当てて語り始める。

「私は記憶がありません。だから、この世界が今どんな状態にあるかを知らないといけないんです。じゃないと……人の話を聞いても、共感することができないんです」

「別に共感してもらおうと思って話したわけじゃない」

「でも! 私は人の気持ちが知りたいんです!」

「知ってどうする?」

「知って……少しでもその人のためになりたいんです……」

サトルはユリの言葉を聞いて黙りこむ。

ユリもそれ以上言葉を発することもなく、椅子に座り込んだ。

冷たい風が吹きぬける。頭上には半分に欠けた月が二人を明るく照らしていた。

「私は……どうすればいいんでしょうか……」

ユリが小さな声でぼそりと呟く。

しばらくの間、サトルは黙りこくっていたが、やがて口を開いた。

「……知ってくれればいい。それだけで……俺には十分だ」

紫煙が揺れる。

月まで届くことはないけれども、その煙はどこまでも、どこまでもゆっくりと月を目指して昇っていった。


今日はいつもの次回予告とは違いますよ。

最近、部品シリーズの書き溜め分を全て書き終わり、長かった部品シリーズを完結させたのですが、これから何を書こうかという疑問が生まれました。

そこで、皆さんにお尋ねしたいことがあります。

ニーズとしては、バトルアクションモノとほのぼの系の小説、どちらの方が読みたいでしょうか?

今、二作品分の構想が浮かんでいるのですが、どっちを書こうか悩んでいます。

読者の皆さんとしてはどっちの作品の方が読みたいでしょうか?

某氏に習ってアンケートツクレールでアンケートを作成しました。

http://enq-maker.com/4S6brTj

皆様のご投票、お待ちしています。

では、次回予告です。


なんでもない休日のとある日、ユリはどうしても行ってみたい場所があった。

「今日……その、お暇ですか?」

ユリは遠慮しがちにサトルに尋ねる。

「あの……行ってみたいところがあるんですけど……付き合ってもらってもいいですか?」

いつもは動かないサトルが珍しく首を縦に振る。

「その……皆さんは無しで行きたいんですけど……」

その提案を盗み聞きしていたリンは激しく激昂する。

「ヒメ、バイクを出すわよ」

「……」

ヒメも、どうせリンが二人を妨害するようなことをすると言い出すだろうと見越して、今日の予定を次回の休日に繰り超す算段をしていた。

次話、第五話 Going

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