最終話 Finishing
第十二話
サトルはぼんやりと窓の外を見渡す。
ここはオキシデリボ社専属研究島ヘヴン。オキシデリボ社が研究のために造り上げた現代技術の結晶ともいえる島である。
彼がいるのはそんな島内にある病院の一室。腹部には包帯が幾重にも巻かれ、腕には点滴の針が刺さっていた。
隣にはユリが椅子に座って本を読んでいた。彼女は毎日のようにサトルの元へと見舞いに来ているのである。
全てに対し決着をつけたあの夜、サトルは瀕死の重傷を受けていた。
胸部の傷からは止めどなく血が溢れ出し、止まることを知らなかった。
ヒメとヒロキも駆け付け、どうにか傷の処置をしたが、可能な限り早くある程度施設の整った病院で処置を受けなければ危険な状態にあった。
「ヒメ! あんた医師免許持ってんだからどうにかしなさいよ!」
「麻酔もない、手術道具もない、衛生的にも問題。この状況では大した処置はできない」
「何よ何よ何よ! こんなときだからこそ必要なんでしょ!」
激高するリンに対し、ヒメは申し訳なさそうな表情を浮かべて顔を背ける。彼女がどうにかできなければ、この場に誰がいたってどうしようもないことだと、リンも理解してはいたものの、認めることができなかった。
「無理を言うな……リン」
「だってだって! アンタが死んじゃうかもしれないのよ!」
「俺はユリを取り戻した。それだけで満足だ」
「その後はどうするのよ! これじゃあユリだって満足しないでしょ!」
その言葉は波紋のように消えていく。ユリは表情を落として肩を震わせる。
「サトルさん……助けに来てくれたのは凄く嬉しかったです。でも、こんなのって……あんまりです!」
ぽたりぽたりと涙が落ちる。涙は雪を溶かし、そして冷やされ固まっていく。
「ん……? 何の音っすか?」
そのとき、強い風が吹きつける。雪を混じったその強風は上空からやってくる。
強い光が一同を包む。それは一機のヘリコプターだった。
「大丈夫か!」
次々と降りてくる数人の青年達。突然の事態にサトル達はぼんやりと見つめる。
「ああああの、だだ大丈夫ですか?」
桃色のかかった金髪の少女が現れる。彼女はゆっくりとサトルに駆け寄ると、傷の様子を窺う。
「これは……酷いですね……。レンさん、ウィルさん! 担架を用意してください!」
「わかったよ」
「りょうかいっ」
二人の青年が担架を下す。サトルは担架へと乗せられ、ヘリコプターの方へと運ばれていく。
「な、何……?」
「いよ、お嬢ちゃん」
そこに立っていたのはアランだった。何がなんだかわからないという様子でリンはアランに尋ねる。
「一体どうして?」
「お前さんたちが頼んだんだろ? 逃亡先を用意してくれって」
その言葉で、リンは数日前のやりとりを思い出す。ヒメがアランに頼み込んでいたこと……作戦が成功した後の逃亡先を用意してほしいと頼んだときのことを。
「ウチの会長……そこにいる桜木ユイ会長と協議した結果、ウチで匿うことになった。その代わり、ちょーっと仕事を頼むことになるかもしれないがな」
「ウチで……って……?」
「株式会社オキシデリボ専属研究島ヘヴン。そこでしばらくは生活するといいぜ。お前さん達も仕事が必要だろ? ウチがそういうのを斡旋する代わりに、こっちは生活場所を提供する。つまりギブアンドテイクってヤツだ」
アランはにっこりと笑って親指を立てる。リンは茫然としたままそんな彼の様子を見つめていた。
「サトルさん……」
「どうした、ユリ」
読んでいた本をぱたりと閉じて、彼女は本を膝の上に置いた。
「私達、もう離れ離れになりませんよね?」
ユリがとても不安そうにそう尋ねる。
「そうだな」
「サトルさんが戦うというのなら……私はサトルさんと一緒に戦います。いつまでも一緒にいたいんです。だから……」
「いいのか? お前は……誰も傷付けたくないと……」
「私は人も物も殺したり、壊したりしたくありません。でも……サトルさんが進むというのなら……他を犠牲にする道を歩む覚悟はあります」
そう言い放ったユリの表情は力強かった。サトルはその表情を見て安心する。
「そうか」
彼はそう一言だけ呟くと、体を起こしてユリの方へと手を伸ばす。
「ここから先……恐らく厳しい戦いが待ち受けているに違いない。だが、ユリは耐えられるか?」
「はい。耐えます」
ユリはサトルの手を取ると、両手で優しく包み込んだ。
「……ありがとう。ユリがそう言ってくれて、とても心強い」
そのとき、自動ドアの部屋の入り口がスライドする。
「隊長、見舞いに来たっすよ」
「やっぱりユリいたかぁ……」
「……」
三人はそれぞれの見舞い品を持ってベッドサイドまでやってくる。
「あら、リンさん。遅いご到着で」
「そういうユリはお早い到着で」
二人の間に力場のようなものが創造される。早くもヒロキは巻き沿いを食わぬようにと一歩下がる。
「サトル。これ」
争っている二人を後目にヒメは小さな袋を差し出す。
「お腹空いたときに食べて」
サトルはその紙袋を開き、中の品物を改める。
「クッキーか」
「手作り」
「美味そうだ。今食べてもいいか?」
ヒメはこくこくと頷いた。サトルは紙袋から綺麗にラッピングされたクッキーの袋を取り出し、中に入っている一つを取り出して食べてみる。
「む……。どうして俺の味の好みがわかったんだ?」
「秘密」
そう言うと、さりげなくベッドに腰かけて、サトルのクッキーを一つ摘まんで食べる。
「え、ヒメ!? あ、あんたそんなもん準備してたの!?」
「あ、甘いものが苦手なサトルさんにクッキーを食べさせるだなんて……」
「ダークホースしゅつげ……ふごぁッ!?」
何かを言いかけたヒロキをリンのハイキック(三回転半捻りつき)が襲いかかり、勢い余って頭から窓を突き破って外へと飛び出していく。
「うう……まさかヒメにしてやられるなんて思ってもみなかったわ!」
「……♪」
ヒメはちょっと嬉しそうな表情を浮かべてサトルに寄り添うように座り直す。
「ひ、ヒメ!?」
「平和になった。たまには色ぼけてみるのもいいかもしれない」
「な、ちょ、遊びのつもりなら遠慮しなさいよ! ヒロキがいるじゃない! あっちにくっつきなさいよ!」
「ヒロキ……興味ない」
もしも本人がいれば間違いなく落胆するようなセリフをヒメは軽々と吐いてみせた。
「うーん……まさかの強敵出現ね……」
「ここは一時手を組みますか?」
「それも辞さないわねぇ……」
そのとき、入り口の方からやけに元気なヒロキが登場する。
「り、リン隊長! ツッコミで殺さないでほしいっす! 死ぬかと思ったっす!」
「あら、無事だったのね」
「無事だったのねじゃないっす! 工事中で足場が組まれてあったから命拾いしたっすけど、もしそうじゃなかったら一階まで急転直下っすよ!?」
「足場があったんでしょ? ならいいじゃない」
わずか二言でヒロキの文句を一蹴すると、リンはユリと作戦会議を始める。
「た、たいちょぉ~……。そんな女の子はべらしてないで助けてほしいっすよ……」
「だから鍛錬が足りないと言っている。しっかり鍛錬していれば10階から飛び降りても骨折で……」
「済まないっすよ! てかそれじゃあ大問題じゃないっすか!」
「骨折など一週間で治るだろう」
「痛いっすよ……」
「だから鍛錬が足りない」
「ヒメちゃんは黙っててほしいっす!!」
きゃ、と言ってヒメはサトルに引っ付く。
「サトル……怖い」
「こーなったら戦争よ!」
「はい!」
こうして病室の一室で大戦争が始まった。
とある人が言った。戦争と恋愛においてはいかなる手段が許される、と。どちらも手加減無用という点では同じだが、けれども戦争はある一定のルールに基づいている。恋愛は時として卑劣な手段に出ることがあるだろう。
そう考えると、戦争よりも恋愛の方が大変な戦いかもしれない。
人の恋愛、それと国の顛末……一個人から見れば、そのどちらも重要度は同じだろう。
たとえ国が天下を取ろうとも、その人の一生が惨澹たるものならば意味はない。だが、国が傾こうとも二人が幸せならば、それはそれでいいのかもしれない。
今、日本という国から大きな力が失われた。それはこの先戦局を左右する強力な兵器だったのかもしれない。だが、それはある人にとっては大事な想い人なのである。
戦争と恋愛。果たしてどちらが正しいことなのか。
そのお話の顛末は神のみぞ知る、ということなのかもしれないが、ともかくサトル達の戦争はサトルの勝利で決着がついたのだ。
結果として日本も仕事も財産も捨てて想い人と生きる道を選んだわけだが、果たして彼らは幸せになることができるのだろうか。これも神のみが知っていることだろう。
To be continue...?
部品としての俺 『I as parts』 series 2nd story.はいかがだったでしょうか?
長いようで短かったですね・・・。
初回掲載日からおよそ三ヶ月・・・。あっという間の連載でした。
ですが、『I as parts』シリーズこと、部品シリーズはまだ終わりません。
続いてこのシリーズの〆であり、そしてついにロベミライアへとお話の焦点が当てられる第三部、部品としての私 『I as parts』 series 3rdstory.が始まります。
第三部の主人公はロベミライアで生活するとある少女です。
彼女はロベミライアの中でも比較的高い地位についており、日々国から下される命令に従って戦闘をこなしています。
そんな彼女が人とかかわり、そしてどう変わっていくか。
それを描くのが次回作となっております。
さて、ネタバレはここまでにしておいて、残りは来週の楽しみとしましょう。
では、皆さん、また来週を楽しみにしていてくださいね!