第十四話 Struggling
第十四話
数日が経過した。
未だ戦場は膠着状態で、際限無く湧き上がるオートマータを倒し、そして湧き上がるオートマータに押されの繰り返しだった。
サトル達も戦闘に参加し、サンタモニカの兵達と共に戦い続けていた。
『サトル、12時23分43度、11時33分52度、5時15分32度』
同時に三方向から繰り出される攻撃に、サトルは大きくバックステップで下がり、両の銃を抜く。
巨獣が咆える。食らいついた弾丸はオートマータの腹部を食い破り、激しく食い散らかす。
『ヒロキ、23時44分16度射撃』
『了解っす!』
精霊から放たれた一撃は、まさにリンを背後から襲おうとしたオートマータの頭部を叩き割る。
「ほらほらほらぁッ!」
リンは銀狼を両手に携え、次々にオートマータの武装を剥がしていった。
四人の怒涛の攻撃に、サンタモニカ兵達は思わず息を飲む。
「凄い……これが日本のジュニアチームの力……」
そのエリアを荒らしているオートマータを一通り排除したところで、全員は一旦サンタモニカへと引き上げる。
「ふう……」
自陣に戻ってきて、サトルは大きく息を吐いて煙草に火をつける。
「どこもオートマータは一緒なのね」
「作ってる国は同じっすからね」
リンとヒロキも渡されたスポーツドリンクで喉を潤していた。
「……すー……すー……」
超能力を激しく使ったヒメは休憩のために睡眠をとっていた。
「こうやって寝てると、可愛らしいですね」
「まあ、君の可愛さには適わないけどね」
ウィルとアリスは兵士達にタオルを手渡しながらそう言った。
「戦績はどんなもんだい?」
「オートマータを百体は片付けた。ここは本当にキリがないな」
アランはサトルの感想を聞きながら、コンピュータにテキストを打ち込む。
一行は各自の方法で休息を取りながら、それぞれの思いに耽る。
サトルは、翌日に控えるユリとの戦いのことを考えていた。
数日前のレンの言葉。それ以来、彼は特に何かを言ってくることはない。
仲間との絆を信じて戦えという彼の言葉は、サトルの中で一つの思いを形作っていた。
サトルは腰に下がっている二丁の銃を見た。
それは、事前にヒロキが調整をした銃。彼の思いはそこに全て込められているのだろう。
「サトル」
リンがサトルの名を呼ぶ。サトルは立ち上がると、リンの元へと歩み寄る。
「どうした?」
「これ、持っていなさい」
リンが差し出したのは一本のナイフ。彼女が常に何本も持ち歩いている、銀狼の中の一本だった。
「アンタ、いつも銃と格闘ばかりでしょ? 少しはスマートに戦いなさいよ」
「悪いな」
リンは狼の群れの中の一匹をサトルへと託す。
「もう、明日でしょ?」
「ああ」
ユリが戦いに参加するのは明日の晩である。彼女を捕えるとしたら、そのときを除いて他はない。
たった一度だけのチャンス。サトルはそれを掴まなければならない。
リンの銀狼を強く握りしめる。それを腰に差していた自分のナイフと取り換えると、サトルはリンの隣に座った。
「リン……俺達はユリを止められるのだろうか……」
「アンタが何言ってるのよ。アンタが止めるんでしょ」
「ああ、わかっている。だが……」
「何のためにあたしのナイフを渡したと思ってるのよ。アンタが勝てるようにでしょ」
リンはスポーツドリンクを一気に飲み干す。そして、ボトルを思い切り叩きつけた。
「サトルが勝たなきゃ、あたしは怒るわよ」
「そう……だな」
「さ、今日はもう寝ましょう。ゆっくり休んで、明日に備えるのよ」
そうリンは言うと、立ち上がって自分にあてがわれた寝床へと向かう。
「……俺は本当に勝てるのだろうか」
サトルは最後にそう、自分に問いかけるように呟いた。
だが、彼のその言葉に返事をする者はなかった。
月が高く上る。
汚い雲を透かすように、汚れた大地を照らすように、汚された水を映すように月光は降り注ぐ。
サトルは、気付くとテントの外に立っていた。
ヘドロが溜まった水たまりを蹴り上げながら、サトルは乾いた鉄骨に腰を下した。
「月……か……」
自然と、日本でリンと共に見た月が思い出される。
一カ月が経過していた。月は満ち欠けを繰り返し、そして再び真円へと姿を戻す。
まばゆい月の周りには、身を潜めるように星々が輝いていた。
サトルは懐から煙草を取り出すと、ライターで火を点す。
うっすらと紫煙が上がっていく。まるで月を目指すように、星々の大海へ飛び込むように。
「サトル」
ふと、幼さがいくらか残った青年の声が響く。
サトルは振り向くこともなく、ただ煙草を吸い続ける。
「やっぱり、起きていたんだね」
「ああ」
レンはサトルの元まで歩み寄ると、サトルの隣に腰を下した。
「眠れない?」
「ああ」
サトルは短く答える。
月はあんなにも静かで、それでいて朧々と輝いているのに、彼の精神は激しく熱く昂ぶっていた。
「確か日本ではチームのリーダーをしていたんだよね?」
「ああ。だが、こんなにも落ち着かないのは初めてだ」
「そうだろうね」
明日の晩、全てが決まる。
それは彼のこれまでの人生を変える、大きな転機。
そして、これからの人生を変えるターニングポイントでもある。
サトルはリンのように、銀狼を指先で弄びながら呟く。
「俺は……ユリを助けることができるのだろうか」
「僕にも、未だその答えは視えない」
「本当に不便な能力だな」
サトルは腰へナイフを戻すと、煙草を手にとって煙を吐いた。
「あはは、まあね」
レンは笑いながら困ったような表情を浮かべる。
「サトル。僕にはね、君のことが他人事とは思えないんだよ」
レンは立ち上がると、足の爪先で地面をほじくり返しながら喋る。
「大事な人のために立ち向かう。そして、大事な人のために戦う。数年前の事件、あの時僕はそうだった。そして、今の君も大事な人のために立ち向かい、大事な人のために戦う。僕と君は……似ているんだ」
「そうかもしれないな」
「僕は数日間の間、君のことを見てきた。本当ならば戦う必要のないオートマータとの戦いにも手を貸してくれたし、仲間を気遣って仲間には負担をかけないように立ち回る。そして、仲間にとても信頼されている」
「そう……かもしれないな」
サトルはすっかりフィルターへと火が付いてしまった煙草をヘドロ溜まりに放りこむと、二本目の煙草を取り出した。
「当時の僕も、面倒なことを押し付けられたアランに付いていったり、リサに使いっ走りにされたり……僕の場合はちょっと違うかな。でも、仲間からの信頼は得ていたと思う。僕は……君に僕を重ねて見ているのかもしれない」
「……」
「だから、君には死んでほしくないんだ」
「そうか」
サトルは煙草に火を付けると、大きく吸い込んだ。
「できれば、行ってほしくない。せっかくこうして友達になれたんだ。できることなら……ずっと友達でありたい」
「それは……俺が死ぬと思ってそう言っているのか」
「……」
レンはこくこくと頷いた。
「この前は応援してる、だなんて言った。でも、僕には君が死んでしまう未来しか視えない! 無事に助けだす未来が……視えない……」
「そう……か……」
サトルは汚い水たまりに映った月を見下ろした。
それはゆらゆらと揺れながら、不安げに輝いていた。
「君が誰に殺されてしまうかはわからない。でも、何度も何度も君が死んでしまう未来ばかりが視える。そんな未来しか……視えないんだ」
「まだ……俺には何かが足りないのか?」
「君の体に血が広がって……そのまま倒れ伏す未来が視えたんだ」
「それは……俺がユリに殺されるということか?」
「わからない。でも……その光景だけが視えた」
サトルは黙ったまま、月が映る水たまりを足でつつく。
ゆらゆらと不安定に揺れる月は、たちまちかき消え散っていく。
「嫌な予感がする。とてつもなく、嫌な予感が……」
「それでも……俺は行かなければならない」
サトルはそう呟くと、煙草を踏み消した。
「寝る。これ以上は明日に響く」
「……わかった。おやすみ、サトル」
「……おやすみ」
サトルは小さくそう呟くと、テントへと戻る。
レンはサトルが捨てた煙草の吸い殻を指で摘まみあげながら、不安げな表情を浮かべて、どこともしれない虚空を見つめていた。
ついに運命の日が訪れる。
彼らに待っているのは死か、あるいは未来か。
それは誰にもわからない。
「いよいよね……」
「ああ……」
サトルとリンはヒメが予想した、ユリの予想最終到着地点へと移動する。
天気は雪の混じった雨となり、しとしと、と地面を濡らしていった。
次話、第十五話 Deciding