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第十三話 Feeling

第十三話


一行はいくつかの街を通り抜けてロサンゼルスへと向かう。

海を横目に、そして反対側の山々を見ながら、五人は黙って走る車の車窓から風景を眺める。

目的地が近付くにつれて、徐々に風景も険しくなっていく。

最初は山々にたくさんの緑が茂っていたというのに、いつの間にか裸同然の山がいくつも見られるようになった。

長いこと戦地となったこの地域は、いつの間にか気候が変化していた。雨は窒素酸化物に侵され、風は黒煙を含み、そして土は灰に満たされていた。

「ここも戦争に毒されているのね……」

今まで長いこと黙っていたリンがふと口を開いた。それに答えるようにアランが呟く。

「ここはまだマシな方だ。戦場の中心となったロサンゼルスにはもう、草一本生えていないぜ。それに、川は水銀に汚染され、もう生活用水としては使えない。ロサンゼルス水道をせっかく引いたっつうのに、台無しにしやがって」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてアランは唸る。

かつては観光・保養地としても栄えていた米国第三の大都市は、いつの間にか死の都へと変貌していた。

「今日の夕方には着く。つっても、隣街のサンタモニカまでだがな」

「サンタモニカといえば、観光地として有名だった街だな」

「そうだよ。サンタモニカピアの端っこじゃあ釣りなんかしてるオッサンもたくさんいたらしいし、大道芸の出店なんかも出ていた。サードストリートはロサンゼルスからも山ほど人が来る、最高の場所だったそうだ。でも、それも全部ロベミライアのオートマータ兵がぶっ壊しやがった。ふざけんじゃねえよ」

アランは力強くハンドルに拳を叩きつける。20年も前ならば戦時中とはいえ、まだ人々の往来も盛んだっただろう。だが、それも今では皆無となり、訪れるのはわずかな兵達と、それよりももっと少ないジャーナリスト、そして、それら二つを足しても足りない大量のオートマータのみであった。

「俺は……そんな風に栄えるロサンゼルスを見てみたかった。もし、この戦争が終わってまた、ロサンゼルスが楽しい街に戻ったら……俺の一年分の給料をロサンゼルスとサンタモニカにくれてやるよ」

そう、アランは笑いながら言う。それにつられて四人も笑った。

「そうだな……そんな楽しい街ができたら遊びに行かないわけにはいかないだろうな」

「そうね。ねえサトル。一緒に遊びに行きましょうよ」

「そうだな。考えておこう」

サトルは薄い笑みを浮かべながらそう言った。リンはやや不満そうに口を尖らせて言う。

「なによなによー。あたしじゃあ不満だって言うの?」

「そういうわけでもない。だが、二人っきりで遊ぶには少し惜しいだろう。お前たち全員で遊びに来たいものだ」

「賛成っす!」

ヒロキは嬉しそうに言った。だが、それでも不満そうな表情を浮かべるリン。

「ヒメはいいけど……ヒロキも? 私はイヤだな~」

「り、リン隊長!? ひ、ひどいっす……」

「……」

ヒメは笑みを浮かべながらヒロキの肩を叩く。

「ヒロキも仲間」

「ひ、ヒメちゃん……」

「でも、荷物係」

「ひどいっす……」

車内は爆笑の渦に巻き込まれる。

「あはは、ヒメ最高よ、それ! ヒロキは荷物係にしましょ!」

「そうだな。ちょうどいい体を鍛える機会になりそうだ」

「……」

「た、隊長まで……」

ヒロキは目尻に涙を浮かべて訴える。けれども、その願いは当然の如く一蹴されてしまう。

そんな様子にアランは笑みを浮かべる。

「俺にもお前さん達みたいな時代があったよ。何も考えないで遊びまくって、それで馬鹿みたいなことを言って笑って……短い時間だったけれども、俺はとても楽しかったな」

「誰しもそういう時は必要よね。私だって毎日が楽しいってときがあったもん」

「俺も……お前達と共にいるときは心が落ち着いた」

「オイラは皆と一緒にいるときが最高だったっす!」

「仲間との時間は大事。それは誰しもが感じること」

四人は改めて仲間というものの存在感を感じ、そして欠落してしまった者を助け出すための作戦を思い返す。

「……ユリ、待っていろ。必ず……助け出すからな」

サトルはもう一度決意を固め直すと、自らの想い人に対する想いをより一層強めた。

車外に広がる灰色の砂浜が流れては消えていく。一行の乗る車は、はるか海岸線を目指すように、どこまでもどこまでも走り続けた。



やがて、車はサンタモニカに到着する。

一行は外に出て、その異臭に眉をひそめた。

窒素酸化物や硫黄、アンモニアの臭いが辺りに立ちこめていた。

「オートマータの血液とも言える水銀に含まれていた諸物質の臭いだ」

「普通に戦って破壊した際はそうでもなかったが……こう集まると酷いものだ」

ところどころにオートマータの残骸のようなものが転がっていた。おそらく、わずかに派遣された米軍が討伐したものだろう。

「今まであまり疑問に思わなかったけど、オートマータって何なの?」

「……これはあんまり公にされてはいないんだが、あれは疑似的に造られた人間のようなもの、だと言われている」

アランは呟くように言った。

「はぁ!? あれのどこが人間なのよ!? 形はそりゃ人間っぽいけど、腕からブレードが飛び出すわ、手の先から弾が出るわ、指がドリルになるわ、どこらへんが人間なのよ!?」

「内部の構造的な部分だな。頭の中に心臓部となる脳のようなコンピュータが配置され、そこから体中の諸部品に伝令が送られ、それが生産する物質を血管ならぬ水銀管を通して全身に色々な物質が送られる。そして、それを受け取った部品が動くという、まるで生き物のような構造をしている」

「キモチワルイわね」

リンは本当に気分が悪そうに言った。

異臭のおかげで本当に吐き気を催しそうになっていたのは事実であった。

「これを噛み潰せ」

アランは白いタブレットを差し出した。リンはすぐにそれを受け取るとガリガリと噛んだ。

「少しはマシになったわ」

「こいつは窒素酸化物やら硫化水素やらの毒性から身を守ると同時に、嗅覚を弱らせる効果がある」

「助かるわ」

サトルたちもタブレットを服用する。

アランは全員の用意が整ったことを確認すると、歩き始めた。

「どこへ行くの?」

「俺の仲間達が先にここへ来ているハズだ。俺はそれと合流する。お前さん達も来るか?」

「そうね、失礼させてもらおうかしら」

四人はアランの後について歩く。しばらく歩くと、小さなトラックと、それとは対象的に大きなテントが見えてくる。

「遅くなって悪いな」

その声を聞いて、数人の作業着のような物を身にまとった人々が現れる。年はアランと同じか、もしくはやや幼いかというところだろう。

「アラン!」

「やっと来たの?」

二人の男女が嬉しそうな表情を浮かべて駆け寄って来る。アランは嬉しそうな表情を浮かべて男と抱擁を交わし、女の方はやれやれといった表情を浮かべながら肩をすくめる。

「まったく、僕達がどれだけ待ったと思ったの?」

「悪い悪い。ちょっと途中で拾いものをしてな」

そう言って、サトル達の方を見る。

彼の指さす方を見て、ぼさぼさの黒髪の男は疑問そうな表情を浮かべる。

「子供……? こんなところにどうして?」

コバルトブルーの瞳をその目にたたえ、金髪のおさげを下げた女も疑問そうな表情を浮かべた。

「あなた方、一体どうしてこんなところへ?」

その女性の質問に答えるように、リンは言った。

「そうね……しいて言うなら、仲間を助けに?」

「仲間……ねえ。お嬢ちゃんの仲間らしいものって言ったら、ここで戦ってる兵隊のことかしら?」

「いやいや、どうやら例のアレと知り合いらしいんだ」

「へえ……日本人の子供とアレに接点がね……。戦争反対派の日本らしくないわね」

黒髪の男はサトルに手を差し出した。

「僕はレウォン。気軽にレンって呼んでほしい。君は?」

「俺は……サトル。光間サトルだ」

「コウマサトル……コウマサトル……」

そう、名前を噛み絞めるように数回繰り返すと、レンは笑って手を握る。

「よろしく、サトル」



ここでは、派遣された少数の軍人と、数人の文民が混在して生活していた。

数人の文民とは、さっきの二人を含めた四人で、それぞれ名前をレウォン……レン、リサイア……リサ、ウィリアム……ウィル、アリシア……アリスといった。

アランによると、同じ施設の出で、同じく社から仕事で派遣された者達だという。彼の言っていた仲間というのは彼らのことで、それぞれ人当たりのいい性格をしていた。

「まったく、こんなところに派遣してどうするつもりなんだかね」

ウィルは嘆くようにアリスへとそう言う。

「そうですね……でも、会長さんのことだから、きっと考えあってのことでしょうね」

四人は全員がオキシデリボ社の社員で、それぞれ色々な戦地に派遣され、各所で救助活動などを行っているという。もっとも、基本的には極端に危険な戦地に派遣されることは稀で、そういう場合は何か特殊な任務が伴うことがほとんどだった。

今回も、戦場のすぐ隣という極めて危険な場所に派遣されたわけで、危険な任務があることは間違いないのだが、まだ彼らも知らないようだった。

「いっつも直前に連絡よこすから、やりにくいったらありゃしないわ」

「まあまあ、彼女も色々忙しいんだし、しょうがないんじゃない?」

レンはリサをなだめるように言う。それで、少し彼女は落ち着いたが、それでも不満気な表情を浮かべる。

「まあまあ。俺達も彼女に助けられたわけだし、多少の無茶は聞いてやろうぜ?」

アランはそう笑いながら言うと、ビールをあおる。

しばらく五人は自分達の仕事に関する愚痴や、久しぶりの再会を祝った後、今度はサトル達へと興味を向ける。

「元日本軍だってね。あの日本がこんな子供の兵隊を使っていたとは驚きだね」

ウィルが驚きを込めて言う。日本のイメージは、平和的で戦争というワードから遠く離れたモノだというイメージが強いようだった。

「でしょ? でも、私達、思いっきり戦わされていますー」

リサは器用にナイフでリンゴの皮を剥き、切って全員に配った。

「ナイフも使い慣れてるんですね」

「そうね。もう私の手の一部だと思っちゃうくらいナイフとは長いこと一緒に暮らしてきたのよ」

「俺も似たようなものだ。こいつを抜き、引き金を絞ることに余計な考えはいらない」

そういって、サトルは腰に下げられた銃をぽんぽんと叩く。

「私達も一応護身用に武器は持ってるけど、使い慣れてなくていざというときに抜けないわよね」

「その割に、あの時は皆自然に銃乱射してたけどね……」

あははは、と五人の間に乾いた笑いが走る。あの時、というのがなんなのか知らないサトル達は首を傾げた。

「あの時は必死でしたからね」

「そういうときは体の中で眠っている何かが目覚めるんだよ」

アリスとウィルの意見がしっかりがっちりと合う。その言葉に、リサとアランもうんうんと頷いた。ただ、レンだけはちょっと後ろめたげな表情を浮かべる。

「一歩間違えたら、人を殺しちゃってたんだよ?」

「ボク達も殺される一歩手前だったけどね」

レンの言葉にウィルはすぐさま噛みついた。

「ん、まあそれは否定しないけどさ……」

「それはそうと、あなた達は人を撃ったりしたことある?」

リサがさも普通のことを尋ねるような口調で四人に尋ねた。その言葉に、リサを除く四人はぎょっとする。

「り、リサ!? それはその、あんまり聞いちゃいけない質問だと思うよ!?」

「そう?」

リサは不思議そうな表情を浮かべる。アランはやれやれといった諦めを顔に浮かべて肩をすくめる。

「大丈夫よ。あたし達は人と戦うことが仕事じゃないわ」

「そうっすね。基本的にオートマータとの戦闘がメインっす」

「……」

三人はそう、頷く。だが、サトルだけはやや青ざめた表情を浮かべていた。

「俺は……ある」

「え……?」

「ユリを撃った。ユリに襲われたとき、俺は反射的に銃を抜いた。だが、どうしても即座に引き金を引くことができなかった。ユリを……いや、人を撃つのが怖かった」

サトルはそう、罪を告白するような口ぶりで言った。

「一瞬遅れたが、なんとか引き金を引いたもののかすっただけだった。次の瞬間には、俺はユリの攻撃を受けていた」

彼の表情はみるみる青ざめている。それほどまでに、思い出すのも恐ろしいことだったのだろう。

「悪い、ちょっと外に出て風に当たってくる」

そう言い残すと、サトルはビールのジョッキを置いて、一人外へ飛び出した。

「あれ……あれ? もしかして私のせい?」

レン達四人の視線がリサへと集中する。

ウィルなど呆れるように額を押さえていた。

「僕、ちょっと行ってくるよ」

そう言い残すと、レンもジョッキを置いて、テントの外へ走り出した。



「ふぅ……」

サトルは煙草を取り出すと、煙を大きく吸い込んだ。

「大丈夫?」

レンがテントから駆けて来る。サトルは少し視線を送ると、すぐに夜の漆黒の彼方を見つめる。

「なんでもない」

「ホントかな?」

彼は優しげな表情を浮かべてサトルの元へと歩み寄る。

レンはサトルの隣に腰かけると、煙草の紫煙を煙たがるようなことはせず、熱心に話を聞く。

「レンは荒事は苦手そうだな」

「そうだよ。僕は荒っぽいのは大分苦手だね。でも今まで荒っぽいことばっかりだったから、結構苦労したよ」

そう言う彼の表情には明らかに疲れが見える。

「レンもアランと同じなのか?」

「そうだね。僕達は同じ場所で同じ日に生まれたんだよ」

彼は遠い過去を思い返すように、どこか虚空を見つめる。

「僕達はね。誰かの部品となるために作られたんだ」

「例のクローン事件だな。それについては知っている」

「うん。けれども、僕達はそのことを事前に知ってしまい、逃げ出すことを選んだんだ」

レンは何かを思うようにゆっくりと語る。

「ともかく、なんとか逃げ伸びた。無事に島の外に脱出して、そして一人だけで大陸に降り立ったんだ」

「一人だけでか……?」

レンはこくこくと頷く。

「最初、死のうとさえ思ったよ。自分の大事な人までもを失って、そしてその人が大事だってことに気付いて……でも、後から来てくれた。ちゃんと生きたまま、こっちに来てくれた」

がっしと、レンは手を握りしめる。それは、大事なものを掴みとったことの再確認だろうか。

「だからさ……君もユリさんを助け出さないとダメだよ」

「……は?」

ユリのことを彼に喋った覚えはなかった。そのことに、サトルは疑問を感じる。

「読心……?」

「マインドリーディングじゃないよ。僕の能力はちょっと特殊なプレコグニション。ちょっと使うのに不便する能力だけど、君の未来はちゃんと視えた」

そう言うと、レンは立ち上がって、空を広がる満天の星を見上げる。

「僕が視た未来は一つ。無残にも殺され、そして仲間達も後悔と悔恨の念を抱いたまま死んでいく姿。けれども、覚えておいて。僕の能力は“イフ”の未来を視る能力。絶対に決まった未来なんてものはない。僕はこの能力で幾度となく死んでしまう僕自身の姿を視てきたけど、未だこうしてここに立って生きている。でも、もし君が今の覚悟のままで行ったら、間違いなく死んでしまう。けれども、僕がこうして忠告した。だから、君はその未来を変える努力をする時間を得ることになる」

レンは空に輝く星々を見上げながら、両手を広げる。

「君の武器は仲間との絆。それ以外に必要ない。パンドラの箱は……最後までとっておくんだよ。使うべきときはそのときじゃない」

「仲間との絆……か……」

その言葉を噛みしめるようにサトルは呟いた。

「きっと、今の君なら勝てると思うよ」

「視えないのか?」

「言ったでしょ、不便な能力だって。僕はこの能力を自由自在には使えない。視れるときと視れないときがあるんだよ」

「む……確かに不便な能力だな」

「でしょ? でも、とっても大切な力だよ」

レンは星空から視線を離すと、まっすぐにサトルのことを見つめる。

「頑張ってね、サトル。僕は君のことを応援しているよ」

最後にそう言うと、レンはテントに歩いていった。

サトルはフィルターの中ほどまで火がついた煙草を踏み消すと、彼が見た星空を見上げた。



そして、ついに彼らはユリとの戦いを前日に控える。

長い道のりを振り返り、サトルは思い返す。

ここまでやってきたのも、偏に愛する人を救うためだった。

「これ、持っていなさい」

そう言ってリンが差し出してきたのは、彼女が常に何本も携帯している銀狼の中の一本。

そこに彼女が託した想いはなんだろうか。


決戦前夜、真円に輝く月を見上げながら彼は何を思うだろうか。

「やっぱり、起きていたんだね」

そこにレンがやってくる。彼はサトルの隣に座って月を一緒に見上げる。

二人は最後の時を過ごす。彼の視た未来は変わっているのだろうか……?


次話、第十四話 Struggling


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