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第十二話 Preparing

第十二話 Preparing



少し大人の雰囲気が漂う、少し薄暗い電燭。

何十本ものボトルが壁にかけられ、所狭しと並んでいる。

一人の初老の男性がカウンターに立って、ボトルの酒を傾けていた。

その店の席の一角に、二人の少女がアルコール度数の高い酒をちびちびと舐めるように飲んでいた。

「ヒメ……正直あたしの恋ってなんだったのよ」

「……リンは頑張った」

頬を赤く染めながら、リンは半ば泣いて尋ねる。

「頑張ったってこの様じゃあ泣けるわよ」

「リン、落ち着いて」

「どこが落ち着けるってのよぉッ!」

ガンと大きな音を立ててグラスを叩きつける。

「……ひっく、あたしの初恋はもう終わったのね」

「リン、まだ諦めちゃダメ」

「まだ……チャンスあるかな?」

リンはうるうると目を潤ませながら、雨に濡れた子犬のように力無く尋ねる。

「まだ数日ある」

「そうよねそうよねそうよね!」

リンはそう連呼すると、ばったりと倒れるようにテーブルへ倒れこむ。

「ふぁ~……サトル好きぃ~……」

そう、呟くように言いながら、リンは眠りについてしまう。

「……ふぅ」

ヒメは小さなため息をつくと、グラスに残っていたわずかな酒を飲み干す。

「お嬢ちゃんも大変だな」

カウンターの向こう側に立つマスターは笑いながらそう言った。

ヒメはこくこくと頷くとリンをそのまま放り出し、ボトルとグラスを持ってカウンター席へと移動する。

「お嬢ちゃんはどうしてまたアメリカなんかに来たんだい?」

今や自由の国アメリカは戦争に巻き込まれ、生と死を隣り合わせにしたような国と化している。国連の中でも比較的高い地位につく国に対する攻撃はやはり激しい。

「仲間を救うため」

「ほう、というと?」

「兵士の仲間が戦場に駆り出された。それを助け出すために私達はここにいる」

「ふむ……となると脱走の手助けでもするのかい」

「……」

ヒメはこくこくと頷く。それを見て、マスターは大きな声で笑い始める。

「はっはっは! これまた大層なお嬢ちゃんだ!」

「まだ不確定要素はある。成功するとは決まったわけじゃない」

「それだけのことを考え出すことが大層な事だ」

彼は笑って後ろのボトルケースから一本のボトルを取り出す。

「今日はお嬢ちゃんの門出を祝って乾杯といこうじゃないか」

マスターはヒメのグラスになみなみと酒を注ぎ、自分のグラスにも半分ほど注ぐ。

「それじゃあ……お嬢ちゃんの作戦成功を祈って」

「乾杯」

ヒメは軽くグラスを傾けて、半分ほどの酒を飲み干す。

「いい飲みっぷりだな」

「……」

痺れるような辛口の酒に、ヒメは少しむせそうになる。

「ちょっとキツ過ぎたか?」

「大丈夫」

もう一度グラスに口をつけ、さらにもう半分ほど飲む。

「刺激が強い。けれども美味しい」

そう言って、残りの酒も飲み干してしまう。

マスターもグラスに半分入った酒をぐーっと一気に飲み干す。

「そうだろう。なんと言っても、こいつはちょっと有名な酒だから」

もう一度二人のグラスに酒を注ぐと、マスターは大事そうにそのボトルをボトルケースへと戻す。

「この二杯は私からのおごりだ。さあ、もう少し楽しんでいってくれ」

「ありがとう」

ヒメは椅子に座り直すと、ゆっくりと酒を楽しむことにした。

もう、もしかするとこうやって楽しむこともできないかもしれないのだ。

そう思うと、まるで末期の水を飲むかのように、ヒメは酒を飲み干した。



夜が明けた。

東の山々の間から太陽が顔を覗かせる。

海はルビーを転がしたかのように赤くきらめき、何人かのサーファー達が朝早くからサーフィンを楽しんでいた。

「む……」

サトルは小さな音を立てて鳴っていた腕時計のアラームを切る。時刻は6時。どうやら時差ボケなどの影響は小さいようだった。

隣のベッドでは、未だ大きないびきを立てて眠るヒロキの姿ある。サトルはそれを横目に、拳銃を何丁か取り出し、弾丸の入っていない、火薬だけの弾を詰める。そして、サイレンサーを銃口に取り付け、安全装置を解除し、弾を装填させると引き金を思い切り引き絞る。

わずかな違和感を感じさせるような小さな音と、その音からは想像もできないような衝撃が発せられる。

しかし、ヒロキはそれでも起きなかった。

「……」

サトルは直接手を下さずに起こすのを諦め、実力行使に出ることに決めた。

窓を大きく開き、射線上に人がいないことを確認して、レールガンを取り出した。

「ヒロキ、そろそろ起きる時間だぞ」

そう優しく言いつつ、しかしその語調とは裏腹に凶悪なサウンドエフェクトが鳴り響く。

電圧が徐々に上がっていき、それは砲身を取り巻く回路上にエネルギーとして入力されていく。

そのとき、ヒロキは異変に気づいたのか、ゆっくりと目を開いた。そして、目前に存在する脅威を脳が認識すると同時に跳ね起きる。

それとほぼ同タイミングに引き金が絞られた。

電流は磁場を形成し、それが弾体に働きかける。

結果として、瞬間的にマッハ1.6にまで加速された弾体は砲身を飛び出し、一条の軌跡を残して海へと突き刺さる。

周囲の波をも無力化するほどの巨大なエネルギーが発生し、軌跡上の海水は即座に蒸発、爆炎のごとき水煙が数十メートルにまで及ぶ高さに吐き出され、周囲のサーファー達へと降りかかる。

「おお、起きたか。おはよう」

サトルは極めて爽やかに朝の挨拶をする。だが、それとは至って対象的に顔面蒼白のヒロキが大声を上げる。

「お、おはよう、じゃないっすよ! 殺す気っすか!? てか、そんなん食らったら体の破片すら残らないっすよ!」

「何を言うか。銃の発砲音で起きないお前のために、やや非効率的ではあるが確実な目覚めを……」

「下手したら永眠っす! ってか銃を発砲したんすか!?」

サトルは腰に下げられた銃を手にとると、上を向けて数発発射する。

「サイレンサー付きで気付くわけないじゃないっすか!?」

「弾を装填する音で起きろ。就寝中に襲いかかってくる敵はリロード音すら立てないぞ」

「ここはホテルっす! 夜中に襲いかかってくる敵なんて……」

「何を言うか。オートマータは昼夜場所関係無しに襲いかかってくる。そんな言い訳が通用すると思ったか?」

「う……まあ、それはそうっすけど……」

「だからお前はダメだと言っている。弾丸を装填する音で起きられないとは軍人失格だな。恥を知れ」

そう言い捨てると、ヒロキの方へ銃口を向け、弾倉に込められた模擬弾を全弾発射する。

情けない音が数発鳴り響く。既に銃へと込められた弾は模擬弾だと知っているヒロキは大きなあくびをする。

だが、情けない音の中、最後の一発だけが空気を切る鋭い音を立てる。そして、それと同時にヒロキの頬に一文字の傷が現れ、ぽたりと一筋の血液が垂れる。

「お、すまん。一発実弾が入っていたようだ」

「入っていたようだ、じゃないっすよ! 殺す気っすか!?」

共に過ごしてきて何度目になるかわからないやりとりを続けながら、二人は朝食の準備を済ませると、部屋を後にした。



ホテルのレストランには、リンとヒメがすでに準備を済ませて集まっていた。

「何やってたのよ。待たせるとはいい度胸ね」

「いや、すまん。こいつがなかなか起きなくてな」

「そ、そういうわけっす」

ヒロキは微妙な作り笑いを浮かべてそう釈明する。

「……? まあ、サトルがそう言うならそうなんでしょうね。はぁ、ヒロキらしいったらありゃしない」

その笑みに微妙な違和感を感じつつも、サトルの言うことなのだからと納得し、リンはヒロキに背を向ける。

「そんなことより朝食が楽しみだわ。きょおのごっ飯っはなっにかっしらっと♪」

何とも不可解なメロディーを奏でながら、リンは半ばスキップでレストランへと入る。

ここのレストランは料理をする直前に獲った新鮮な魚の料理を出すことで、少し有名なレストランである。これは戦争中でも、続いている伝統ある地料理で、これを目当てに未だ訪れることをやめない美食家達もいるほどである。

「コックさーん! 今日の朝ご飯は何ですかー?」

周囲の目も考えないで、リンは大きな声で厨房の方へと声をかける。

しかし、厨房の中では何やら話し合いをしており、どうやら怪しげな雰囲気になっているようだった。

「あれ……どうしたのかしら……?」

しばらくの間コック達は話し合っていたが、やがてレストランに現れた今朝一番の客に気付くと、ややすまなそうな表情を浮かべてやってきた。

「今朝海の方で大きな爆発があったんですが、その際にいけすが壊れてしまって、飼っていた魚達が全て逃げられてしまったのです。予定ではシタビラメのムニエルをお出しする予定だったのですが、魚達がいないのでは料理することもできず……申し訳ありませんが、ありあわせの別メニューとなってしまいます。何名かのお客様はこれを楽しみにして訪れている方もいらっしゃるぐらいで……我々としても非常に残念ですが、今日はどうかご勘弁を」

「あらら……それは残念ね……。でも、ないものはしょうがないわ。それにしても爆発だなんて……一体誰がやらかしたのかしら」

「そ、それはたぶ……ッ!?」

瞬間、ヒロキは象をも射殺すような視線を感じ、一瞬身構えた。だが、その気力に打ち勝つことができずにすぐさま戦意を喪失する。

(言ったら殺す)

サトルが表情で語るその言葉は、ヒロキの心を叩き折るには十分すぎるほどの威力を発揮する。

「たぶん?」

「……たぶんー……お、オートマータの転移失敗か何かしらじゃないっすか!? ほら、よく転移ズレと変質が合わさって、テロ攻撃的な爆発が起こるじゃないっすか! きっと、今回もそれっすよ! それにしても、被害が海上ってのが不幸中の幸いっす! 朝ご飯はなくなったっすけど、その代わり負傷者死傷者はゼロっすよ」

「んー……まあね。ヒロキにしては正論を言うじゃない」

「あはは、これくらい誰もがやがて至る結論っすよ!」

「……あんまり得意気にしてるとその耳切り落とすわよ?」

「ひィッ!?」

リンよりも先に正解(?)を言い当てられたことに、リンは怒りを感じたのか、それとも単に名物料理が食べられない怒りをぶつけたかっただけなのか、あるいはその両方か、ともかくリンは不機嫌そうにヒロキにそう言った。

当然のことながら、ヒロキは萎縮して、小さくなっていじける。

「……」

そのやりとりを静かに見守っていたヒメだったが、彼女だけは真実に気付いたのか、満足と不満の入り混じったような表情を浮かべる。だが、そのことを誰にも話すことはなかった。

「……まあ仕方がない。それでもきっと彼らは美味いものを出してくれるだろう。朝食を食べられるだけ、幸せだと思おうじゃないか」

「そうね、残念だけど、オートマータじゃ仕方がないわ。私生活だけでなく、こんな些細な楽しみさえ奪うオートマータって、本当に許せないわ」

そうリンは不満気に言うと、席に座ってコックに早くするようにせがんだ。

ヒメは意味ありげ視線をサトルに一度送ると、リンの隣に座った。

ヒロキはいじけながらもきちんと席に座り、やや悲しそうな表情で料理を待った。

最後にサトルが、小さく手を合わせて視線をヒメへと送ると、ようやく席に座った。


ついに一行はロサンゼルスの隣町、サンタモニカへと到着する。

オートマータと人間が戦う前線の境目、それがこの街だった。

長いこと戦地となったこの地域は、いつの間にか気候が変化していた。雨は窒素酸化物に侵され、風は黒煙を含み、そして土は灰に満たされている。

「ここも戦争に毒されているのね……」

リンは呟くように言った。

「サンタモニカピアの端っこじゃあ釣りなんかしてるオッサンもたくさんいたらしいし、大道芸の出店なんかも出ていた。サードストリートはロサンゼルスからも山ほど人が来る、最高の場所だったそうだ。でも、それも全部ロベミライアのオートマータ兵がぶっ壊しやがった。ふざけんじゃねえよ」

アランはハンドルに拳を叩きつけながら言った。

ついに彼らは決戦の地へと降り立つ。

そこで待つのは一体何か。それは“彼”だけが知っていた。


次話、第十三話 Feeling

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