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第十一話 Traveling

第十一話


サンタバーバラ。

そこは美しいビーチと小綺麗な街並み、緑豊かな公園のある街として短期休暇に様々な人々が訪れる憩いの街だった。だがそれは昔のこと、今では戦争の余波を受けてほとんどの住民が避難してしまい、荒れ放題となってしまっている。

住民が消えてから数年が経過したこの街は、今では旅行者も訪れることのない寂れた街となってしまった。それでも、生まれ育った地で死にたいと思うわずかな住人も残っている。

「ここがサンタバーバラ……」

「綺麗な場所っすけど……静かな街なんすね」

「もとはもっと栄えた街だった。ロサンゼルスで戦いが起こってからは住民は減る一方だけどな」

車道をしばらくの間走り続けるが、なかなか開いているホテルを見つけることができなかった。

長いこと走り、ようやく開いているホテルを見つけると、そこの駐車場に車を付ける。

「そういえば、お前さん達金はあるのか?」

「いちおう1万ドルほど用意してある」

どこから取り出したのか、ヒメが札束を取り出してみせる。それを見て目を丸くするアランとサトル達。

「ヒメちゃん……いつの間に……」

「……日本で事前に換金した」

そう短く告げると、車から降りてすたすたと歩いていく。四人は後を追って車を降りる。

「今回、私以外お金は持ってない」

「……失念していた」

「ないっす」

「ないわね……」

「……借り一つ」

にやりと笑ってヒメはフロントの方へ歩いていくと、チェックインを済ませる。

「……まったく、俺達は何も考えてなかったな」

「まったくよ。冷静なサトルでさえ忘れるんだもの。私達が持ってるわけないわ」

「隊長はきっとユリちゃんのことしか考えてなくて頭が回ってなかっ……ちょ、隊長! レールガンをしまってほしいっす!」

サトルはレールガンの銃口だけをヒロキに向ける。

「そんなもの振り回して追い出されないようにね。うふふ、サトルの弱点一個発見ね」

リンはそう嬉しそうに笑いながらヒメの元へと駆け寄る。

「ツインを二つ」

「わかってるわよ。四人部屋とかはいくらお金が限られているとはいってもゴメンだわ。サトルと一緒になるのはいいけど、ヒロキと一緒じゃうるさくてたまらないわ」

「同感」

そうヒメは言うと、ぽんと部屋のキーをサトルの方へ放り投げる。サトルはそれを空中でキャッチした。

「また後でね。ずっと車の中だったから肩凝っちゃったわ」

そうリンは言うと、ヒメとともに歩いていく。

サトルはキーの部屋番号を確かめると、ぼんやりとしていたヒロキの尻に蹴りを入れてやってから歩き始める。

「行くぞ」

「隊長、何も蹴らなくてもいいじゃないっすか……」

サトルは黙って、ヒロキはぐずぐずと愚痴をこぼしながら自分たちの部屋へと向かった。



サトルは荷物を部屋に置くと、一息ついた。

どっかりとソファに座り込み、懐からタバコを取り出す。

「ふー……」

火を付けて大きく息を吸い込む。肺にしっかりと煙を吸い込んでから、一気に吹き出す。

紫煙がゆらゆらと揺れながら部屋の片隅へと消えていく。

古ぼけたホテルの一室は、かつて観光地だったというだけあって、かなり綺麗に造られていた。

壁には一枚の絵がかかり、窓からは海を一望することができる。

「サーフィンでも行けたらいいんすけどね……」

「そんな余裕はない。明日の朝一で出発するとアランが言っていた。明日に影響を及ぼすかもしれんが、行きたければ一人で今すぐ行け」

「冗談っすよ。こんな寒い冬に海に入りたくないっす。そこまでしてサーフィンがしたいわけじゃないっすよ」

ヒロキは窓から海を見ながらぼそぼそと呟くように言った。

サトルは再び息を大きく吸い込むと、タバコの煙で輪を作り出す。

二人の間に沈黙が流れる。

やがてヒロキは手持ち無沙汰になったのか、カバンから銃器の類を取り出して整備を始める。

彼が取り出した銃器は、彼が丁寧にメンテナンスをしている一丁のライフル銃と、何丁かの拳銃である。

ライフル銃とはもちろん精霊で、高い狙撃能力を誇る彼の愛銃である。彼は今回どのようなカスタマイズをしてきたのだろうか。

他の拳銃はいわば護身用の銃器である。ライフル銃が苦手とする近接戦闘において使用する拳銃だ。普段は使わないが、万一に備えてこれらのメンテナンスを済ませておく。

「隊長」

ふと、ヒロキはライフル銃を弄りながらサトルを呼ぶ。

サトルは返事の代わりに煙の輪を吐き出す。

「本当にユリちゃんとは……戦わないといけないんすか?」

「必要があれば戦わなければならない」

サトルは毅然として言い切った。ヒロキはそのことを少し悲しく思う。

「お互い好き同士なのに、戦わないといけないなんて辛いっすよ」

「俺は感情を捨てて辛いと感じることから逃げてきた。今こそ、それに立ち向かうべきときだ」

「それは……でも、隊長の場合仕方ないっすよ。目の前で両親が殺されるなんて、十分辛いことじゃないっすか」

「だが、今はそれ以上の苦しみを感じている人間はたくさんいる。ユリも……苦しいはずだ。俺だけが苦しみから逃れるだなんて不公平だ」

「だから、わざわざ茨の道を歩むんすか?」

「……茨の道を歩んででも掴みたい未来がある」

サトルはそう言い捨てるように言うと、タバコをもみ消した。

「少し外の空気を吸ってこよう。ここは少し埃っぽすぎる」

そう言って、彼は部屋を後にする。

一人残されたヒロキは銃を放り出すと、ソファに身を沈めた。

「隊長は……やっぱりハンパないっす」

自分との格の違いを感じたヒロキは少し惨めな気持ちになるとともに、諦めるような気持ちにもなった。



「んー! リゾート地っていいわねー!」

リンは少しマットレスの固くなったベッドに飛び込んだ。それでも布団は寮に備え付けのものよりも柔らかい。

「ずっと戦いばっかの毎日だったから、お金があっても旅行する暇がなかったしね」

「戦争中の今、行く場所がない」

「まあそりゃそうだけど、モルティブとか行ってみたいじゃない。あーハワイもいいわね~。対ロベミライアにおいて軍事的な意味の少ないそういう絶海の孤島なら大丈夫じゃない?」

リンは楽しげにルームサービスの一覧を見ながらはしゃぐ。その様子を見ながら、ヒメは落ち着いて荷物の整理を始める。

「リン、先に今回の作戦の説明をしておく」

「作戦の話? 皆がいるときにすればいいじゃない」

「これはリンだけに話したい」

厳かな様子でヒメは言った。その様子に違和感を覚えたリンは向き直ってベッドに座り、ソファに座るヒメの方へ視線を向ける。

「あたしだけ?」

「もし……もし、サトルが戦えなくなったとき、リンが激励してほしい」

「あのサトルが? まさかそんなことあるわけないじゃない」

「相手はユリ。データを持っているとはいえ、実力は未知数。サトルが一瞬でもためらえば、殺される可能性がある」

「サトルは大丈夫よ。あのサトルに限ってそんなことないわ」

ヒメは首をふるふると横に振る。そして、真剣な様子でヒメを見る。

「もしものとき、サトルに一番声が届くのはリン、あなた」

「うー、わかったわよ。サトルがためらったらあたしが尻蹴り上げればいいのね」

ヒメは笑って首を縦に振る。

「そう」

「任せなさいっ! あ、ねえねえヒメぇー! ルームサービスって頼んでいい? 私この赤ワイン飲みたいわ!」

「高いからダメ」

「えー」

リンは口をとがらせて文句を言う。そんなリンを見つめるヒメの様子に、先ほどの厳しい雰囲気は感じられなかった。

リンはそのことに安堵する。これから先、どれだけ厳しいことが待ち受けているかわからない。ならば、今を楽しむしかないだろう。

彼女はそう決めると、戦いまでのわずかな時間を思い切りヒメと楽しもうと思った。



紫煙がゆっくりと揺れている。

空の彼方へと上っていくその煙は、薄い月の浮かぶ空へと吸い込まれていく。

煙草の先が灯っては消える。サトルはどこか遠くを見つめながら一人何かを考えていた。

「よっ。隣いいか?」

アランが煙草をくわえながら、コートを片手に現れた。

サトルは隣を半分譲ると、再び煙草をくわえてゆっくり息を吸い込んだ。

「若い頃から煙草か。最近のガキはませてるな」

そう言いながらも、アランもしっかり煙草に火をつけ、煙を揺らす。

「そういうアンタも煙草吸ってるだろう」

「いいんだよ。俺は大人だからな」

アランも大きく息を吸い込み、丸い輪っかを作り出す。

海からの風がゆっくりと煙を散らしていった。

「俺も若いときは無茶したよ」

「まだ十分若いだろ」

「いや、もう歳を食いすぎた。あまりにも荒々しい仕事場だったんで、心をすり減らしてるんだよ。寿命も10年は縮まってるな」

「俺も似たようなものだ」

サトルは煙草を壁面にこすりつけて消すと、放り投げて足で踏みつぶす。

「ま、戦場に出てるって話なら俺も君も同じだろうな」

「アンタは前線まで出てはいないだろう?」

「俺はなんでもかんでも自分の目で確かめないと気が済まない質でな。よく弾丸飛び交う空を下に、走り回ってたもんだ。今ではもう、そこまではしないがな」

アランはゆっくりと煙を吐き出しながらそう答える。

「今回も前線まで出るのか?」

「いや、今回は遠くから観察だけだ。君らの邪魔をするつもりはない。俺はあくまで情報収集が任務だからな。戦うのは他の連中に任せっきりだよ」

サトルはそうか、と頷いて空を見上げる。

「君らは何が目的だい? 技術転用が不可能な兵器、それを横合いから奪い取って、ロベミライアに逃亡する。ロベミライアは受け入れるつもりはないだろうし、かといって国連にも背を向ける。その意味は一体なんなんだ?」

「……」

サトルは黙って煙草をもう一本取り出すと、火をつけた。

「そうだな、まるで……その兵器そのものに何か思い入れがありそうだな。たとえば、その兵器と友達だとか、恋仲であるとか……」

サトルは煙草を慌てて落としそうになる。

この男は……兵器が人間であることを知っているのだろうか。

「図星だろう?」

「……」

アランはサトルの答えを待たず、一気に喋り始める。

「知ってるぞ。その兵器が人間だってことはな」

「一体どうして……」

「ウチの会長が調べたんだ。日本軍が危険かつ非人道的な兵器を開発してるってな。まさか、あの日本がそんな兵器を開発してるとは……驚きだな」

「……」

「Lily-2316。開発陣はユリだなんて愛称をつけて呼んでる。元はただの孤児だった少女にオートマータから奪った筋繊維やら兵器やらを内蔵して作った人造人間。人間ベースのオートマータ。それがLily-2316だな」

「アンタに何がわかる……ッ!」

サトルは怒りを表に表しながら、アランへと迫る。

だが、アランは涼しげな表情で煙草の煙を揺らしていた。

「ああ、俺には何にもわからないだろうな」

アランはそう言うと、煙草を靴の裏でもみ消して放り投げる。

「……数年前のオキシデリボの事件は知ってるか?」

「人間のクローンが問題になったあの事件か」

「俺はあのクローンの一人だよ」

突然の言葉にサトルは信じることができなかった。サトルは目を丸くしたままアランの顔を見つめる。

「あの事件のクローンはおよそ五十名。そのうちの一人が俺だ。仲間も何人もいる。今は俺と同じように世に出て仕事をしてるヤツらは大勢いる。俺の一番親しかったヤツも今では難民救助運動や前線に出ている兵の世話をしている。今回の俺の仕事にも一枚噛んでいて、後で合流する予定だ」

アランはそう言うと、二本目の煙草を取り出して火をつける。

「俺たちはまさに人体実験の産物だよ。実験とすら言えないな。商品として扱われたよ。俺らは最初、人間としてではなく、人間の代替品として造られた。目的こそ違うが、やってることは日本軍と同じだな」

「……」

「だから、何となく繋がりを感じちまうんだよな。お前さんみたいに感情がどうこうって話じゃない。心の奥底で共感しちまうっていうか……はは、ジャーナリストなんてやってるのにこう語彙が少ないと苦労するよ」

アランはそう言うと、月を見上げる。

「あの暴露事件を引き起こしたのは俺だ。最初に自分がクローンと知ったときは心底驚いたよ。それと同時に恐れたね。自分の命が商品を消化するように消えるって考えると、本当に怖くなったよ。あのときが人生で初めて生に対する執着を感じた時だろうな。ともかく生きたい。死にたくないってな」

「今は……違うのか?」

「ああ、今も死にたくないよ。そりゃもちろん。こんな命を危険に晒すような仕事をしてるが死にたくないね。なによりも仲間を残して死ねないってのが一番かな」

「仲間を残して死ねない……か」

サトルは自分の仲間たちの姿を思い浮かべる。ヒロキ、ヒメ、そしてリン。どれも失うわけにはいかない、大事な仲間達だった。

「あいつらを残しては逝けない……。俺もそうだな」

「仲間は大事にするもんだぜ? 誰が今回の作戦の立案者か知らんが、お前さんはしっかり仲間を守ってやれよ。ほれ」

そう言って、アランは何か四角い黒いケースを放り投げた。

「これは……?」

「おっと、間違っても今開けるなよ? そいつはパンドラの箱っていう電磁波兵器で、開けた瞬間、強力な電磁波を発生させてほとんどの電子兵器を無効化するって優れ物だ。ちなみにオートマータにも有効だ。まるでスタンガンを食らったみたいに一時的に動けなくなる。Lily-2316にも有効なはずだ。ただし、使用できるのは一度だけだ」

「これがアンタがさっき言ってた癖ありの護身武器か」

「そうだよ。まだ俺は予備がある。お前さんが使うといい。使いどころは間違えるなよ? そいつはかなり強力だから、味方の電子機器すら無効化する。使いどころを間違えると自分の武器まで使えなくなって泣くぞ」

「わかった。心して使うとしよう」

サトルは黒いケースを懐にしまう。それほど大きくはないので、戦いの邪魔にはならないだろう。

「頑張れよ。お前さんがやらなきゃユリさんが悲しむ、だろ?」

それだけ言うと、アランは煙草をくわえたままその場を立ち去った。

サトルはフィルターまで吸いかけた煙草を踏み消すと、ぼんやりと浮かぶ月を見上げながら座っていた。


リンは酒に溺れながら、自分の恋はなんだったのかとヒメに詰問する。

「ヒメ……正直あたしの恋ってなんだったのよ」

「……リンは頑張った」

そんな慰めも彼女の耳には届かない。

「頑張ったってこの様じゃあ泣けるわよ」

「リン、落ち着いて」

「どこが落ち着けるってのよぉッ!」

グラスをテーブルに思い切り叩きつけるが、勢いがよかったのもそれまでで、彼女はしゅんとなって尋ねる。

「まだ……チャンスあるかな?」

「まだ数日ある」

ヒメの言葉に再び気持ちが盛り上がるリン。

だが、そこで一気に絶頂を迎え、崩れるように眠りへと落ちる。

「お嬢ちゃんも大変だな」

バーのマスターがヒメの苦労をたたえるように言った。

ヒメはリンの眠るテーブルを離れるとマスターのいるカウンターへと向かう。

今度はヒメが愚痴を吐き出す番である。

マスターはヒメの言葉を一つ一つ受け止めていった……。


次話、第十二話 Preparing

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