第十話 Hitchhiking
第十話 Hitchhiking
「今の現在地はここ」
ヒメが広げた地図の一カ所を指さす。
そこには小さな文字で海岸山脈と書かれてあった。海岸山脈の中でもかなり南の方であるようだった。
「目的地は……?」
「ここから南に下った場所にあるロサンゼルス」
「ロサンゼルスって海の近くだよな……なぜ直行しなかったんだ?」
「空軍から逃げてるうちに大分ズレた」
ヒメはぴしりと言ってのける。地図上の距離はおよそ2センチ。だが、実際は130キロの距離である。
「サンタバーバラに出て、そこで車を拾う」
「そのサンタバーバラまで10キロはあるんだが……」
近くにある樹木によりかかりながらサトルはため息をつく。
「まずは海岸の方の道路のある場所に出る。そこでヒッチハイクして、サンタバーバラへ向かい、そこで車を手に入れてロサンゼルスへ向かう」
「ロサンゼルスか……数十年前までは大きな街だったらしいっすね」
「今ではオートマータ戦の最前線……」
四人は昔のロサンゼルスに思いを馳せる。もしその時代に生まれていればどんな生活を送れただろうか。
戦争のない、平和な時代。小規模な紛争こそあったものの、世界は概ね平和であるといえた時代が存在したのだ。
それが今では世界を覆うほどの戦争にどこの国もが苦しんでいる。これほどの大戦争を起こしたロベミライアの真意とは一体なんなのだろうか。
「俺達にロサンゼルスはもう関係ない。少しでも急ごう。ヒメ、戦闘まで何日だ」
「6日。一日20キロ移動すれば間に合う」
「一日4時間歩けばいいのか。いや、車なら一日で移動できる」
「隊長、あくまでそれは直線距離を移動した場合っすよ。この辺は山が多くて入り組んでいるから、そううまくはいかないっすよ……」
「それでも俺達はやらなければならない」
サトルはボストンバッグを担ぎ上げる。それを見て、仲間たちもそれぞれの荷物を持った。
「付いてきて」
ヒメが先頭を歩き、その後ろに三人が付いて歩く。
これより地獄への行進が始まったのだ。
「待っていろ……ユリ」
サトルは小さくそう呟くと、山中の歩きにくい中を一歩一歩と踏みしめていった。
しばらく歩くと、すぐに道路が見えてきた。もっとも、そこを走る車は一台もない。
四人は一度荷物を下し、休憩を取ることにした。
「ヒメちゃんズルいっす……」
「何が?」
ヒメは何くわぬ顔でヒロキに尋ね返すが、ヒロキは彼女の持つカバンを指さして言った。
「ホバーリフト付きのスーツケースなんて……オイラ達なんか全員手で持ってるんすよ!」
ヒメのスーツケースは空気で地上から数センチ浮かび上がるホバーリフトという機構を取った最新型のスーツケースである。
これによって手にかかる負担はほとんどゼロとなり、わずかな力で引くことができるようになっている。
「今回は長い旅路になるから、できるだけ負担の少ないものを用意しただけ」
「そんないいのがあるならなんで教えてくれなかったんすか……」
「だから鍛えておけと言ったものの……」
「そうよ。サトルに言われて鍛えていればこんな苦労はしなかったじゃない」
サトルは戒めるように、リンはなぜか偉そうにヒロキを攻める。
「リン隊長……そういうことは自分で荷物を持ってから言ってほしいっす」
「あはは、まあいいじゃん」
リンの荷物はサトルが持っていた。というのも、リンは重い荷物を運ぶのは体の筋肉の構造上、よろしくないので、代わりにサトルが持つこととなったのだった。
「俺は辛くないぞ。ほれ」
サトルはその場で荷物を持ったままスクワットをしてみせる。
「隊長は筋肉お化けだからそういうことができるっす。オイラは一般人だから、一緒にしないでほしいっす」
ヒロキはぼそりと呟くように言った。だが次の瞬間、サトルはカバンからレールガンを取り出し、セットアップし始める。
突如鳴り響く制御音。それを聞いてヒロキは真っ青になって首を振る。
「じょ、冗談っす! お願いだから、その恐ろしいお化けをしまってほしいっす!」
「……」
サトルは引き金を引くことなく、レールガンをしまい始める。それを見て、ほっと一息つくヒロキ。
「冗談でもそんなもの取り出さないでほしいっす。こっちは身がいくつあっても足りないっすよ」
「レールガンならヒロキが縦に十人ほど並んでいても、全員射抜くことができるだろうな」
「そ、そんな恐ろしいこと言わないでほしいっす……」
ヒロキは表情を青ざめたまま恐ろしそうに言う。
「あはは、面白いたとえ話ね。私としては、ヒロキは一人で十分かなぁ」
「当たり前っす! オイラが何人もいたら困るっすよ!」
「でも、サトルが何人もいたら最強の軍隊ができそうね」
リンはくすくすと笑いながら話を続ける。
「一人貰っちゃいたいかも」
「馬鹿」
ヒメが呟くようにツッコミを入れる。それを聞いて四人は大きな声で笑った。
「あ、見て!」
リンが指さす方を見ると、一台の車が走ってきた。
「チャンス」
ヒメはそう言うと、その車の方へ大きく手を振る。
「おーい!」
ヒロキも声を出して手を振った。すると車の方も気付いたのか、四人の前で車を止めた。オレンジ色の大きなワゴン車である。
「どうした?」
若い男がウィンドウを開けて顔を出す。
真っ黒に肌を焼いた、ガタイのいい男だった。
「あの……サンタバーバラまで……できればロサンゼルスまで連れて行ってほしいっす」
「私達、ちょっと野暮用でロサンゼルスまで行くんだけど、お金がなくなっちゃったの。それで、歩いてロサンゼルスまで向かってるんだけど……」
うるうると目をうるわせて頼み込むようにリンは男を見つめる。
「む、まあそれは構わないが……ロサンゼルスは今危険だぞ?」
「それはわかっている。それでも、俺達は行かなければならないんだ」
しばらくの間、男は黙って考え込んでいたが、やがて顔を上げて言った。
「わかった。俺も仕事でロサンゼルスまで行くが、車の中に色々と機材を積んでいてな。少し窮屈だが、構わないか?」
「……構わない」
ヒメが小さな声で答える。男は笑顔になって自分を指さした。
「俺の名はアラウィン。アランって気軽に呼んでくれ」
そう言って男は後ろのドアを開いた。四人は荷物を車の中へ積み込むと、後部座席に座った。
「旅は道連れ世は情け、ってな。確か日本のことわざだろ?」
「そうだな。旅はお互い助け合っていくのが良いという意味だったはずだ」
アランはしばらくサトルの体を見ていたが、やがて――
「お前さん、かなりいい体してるな。職種は兵士だろ?」
的確にサトルの前職を言い当てる。
「よくわかったな」
「これでも戦場を駆けめぐるジャーナリストをしてるもんでな。兵士と一般人の区別は付けられるんだ。もしもの場合は頼むぜ。一応身を守るための護身用の武器は持ってるが、ちょいと癖ありでな」
「わかった」
そうサトルは頷く。他の三人もうんうんと頷いた。
「お前さんたち、これからヤツらに戦争を申し込みに行くんだな」
「まあ、それに近いかな。ちょっと色々とヤバイんだけどさ」
「まあ深くは聞かねえよ。お前さん達にも機密事項とかあるんだろうしな」
四人はほっと胸をなでおろす。できるだけ作戦のことを他人に話したくはなかった。
車が少し揺れ、徐々にスピードを上げていく。どうやら目的の日までにロサンゼルスにたどり着くことができそうだった。
「俺はジャーナリストでな。何度も戦争を見てきたよ。お前さん達みたいな子供の兵士も見てきた。もちろん大人の兵士も、ロボットもオートマータも何度も会ってきたよ。会えば会うほど嫌になるな」
「どうして?」
リンが不思議そうに尋ねる。アランはやや悲しそうな口調で答える。
「皆死んじまうだろ。壊れちまうだろ。それがなんだか悲しくてな」
「戦わなければ明日はない。戦いを放棄したとき、待っているのは死のみだ」
「それはわかってるんだけどな」
アランは車を運転しながら答える。かなり車の運転は上手いようである。
ゆるやかなカーブを曲がっていく。車窓から隣を木々が飛ぶように去っていくのが見えた。
「けれども、こうやって実際に人の生き死にを見てくると、なんとも感慨深くなっちまうもんだ。俺だって仕事柄、いつ死んでもおかしくないしな」
彼はタバコを一本取り出し、火をつけた。
とたんに辺りに煙が舞い始める。
「実際死にかけたことも何度もある」
「仕事をやめようとは思わないの?」
アランは大きく息を吸い込む。そしていくつかの見事な煙の輪を作ってみせる。
「思わないね。不思議と思わないね。別に命を軽んじてるわけじゃあない。なんていうか、人の生き様を見る仕事ってやりがいがあるっていうかな。お前さん達みたいな命を張る仕事は特にな。そういうお前さん達はやめないのか?」
「俺達は……」
「ええ、やめてやったわ」
「ちょ、リン隊長!?」
リンは大きな声で威張るように言った。
「あんな場所で働くのはもううんざり。作戦で部隊が壊滅して、私達だけになって……もうあんなところで仕事をするのは御免よ」
「ははは、威勢がいいな」
小さな声でヒロキはリンの耳元で囁く。
「いいんすか? オイラ達が今兵士をしてないなんてバラして……」
「あら、何か問題でも?」
「……問題ない」
ヒメがそう断言する。ヒメが言うならと、ヒロキは元のように座り直した。
「あなたはこれから何の取材を?」
ヒメが珍しく、発言をする。その様子に三人は驚いた。
「お、俺の仕事に興味あるのか」
「……」
こくこくとヒメは頷く。それを見て、彼は嬉しそうに喋り始める。
「いやな、日本の最新兵器とやらが前線に出されるって噂をウチの社がキャッチしたんだ。その情報を確認しに俺らが出向くことになったわけだ」
「ジャーナリストってことは記事に載る?」
「ああ、情報によると、それはなんでもたった一機でオートマータの大群を殲滅できる対オートマータ用、汎用殲滅兵器らしいな」
彼の言っている兵器とは、間違いなくユリだろう。そういう扱いをされていることにサトルは憤りを感じていた。
「サトル」
ヒメはふるふると首を振る。彼女の言わんとしていることはサトルにもわかった。強く握りしめた手をゆっくりと解く。
「日本もずいぶんと物騒な兵器を作るようになったもんだ」
「……」
ヒメはこくこくと頷いた。
「他には話を聞いていない?」
「そうだな……かなり小型だって話だったな。オートマータとそれほど変わらないそうだ。これ以上はちょっと企業秘密で喋れないな」
「そうなのね。じゃあ別のことを聞く」
少しの間考え込んだ後、ヒメはすぐに喋りだす。
「あなたの今回の仕事」
「おう、どんと来い」
「あなたの今回の仕事は?」
「俺の今回の仕事か……企業秘密とかあるからあまりは話せないが……」
アランは慎重に話を選んでいるのか、しばらく黙って考えていたが、やがてゆっくりと語り始める。
「俺の今回の仕事は日本の新兵器のレポートだな。兵器の様子、写真、性能、その他もろもろを写真に収めたり、文章にしたり、そうやって情報を本社に送ることだ。ウチの社は兵器開発にも一枚噛んでいて、そういうのの参考にしようってワケだ」
「そう、ありがとう」
その話を聞いて、ヒメは何かを考えるように黙りこむ。
「ヒメ、何かいい話は聞けたか?」
「ん……」
何かを言おうとしたようだが、やはり話すのをやめて再び黙りこむ。
「ヒメ……?」
「協力しない?」
突然ヒメがそんなことを言い始めた。そのことに、三人は驚きを隠せなかった。
「私たちは日本軍の作戦を邪魔しに行く。オートマータとの戦闘は邪魔しない。それを見たいというのも私達の目的。でも、本当の目的は日本軍の兵器を横からかっさらうこと」
「そ、そりゃまた随分とデンジャラスな作戦だな」
四人にも彼の唾を飲み込む音が聞こえた。間違いなく、彼は強い衝撃を受けているのだろう。
ヒメは再び話し始める。
「私達の計画は、その実行までの手順に関してはほとんど問題がない。けれども、問題は作戦後」
「というと?」
「もし仮に、兵器を奪い取るのに成功したとしても、私達には足がない」
それを聞いて、サトル達三人は衝撃を受ける。
仮に作戦を成功させたとしても、その後日本軍から逃げ伸びなければ明日はない。すぐにユリは日本軍に捕えられ、そしてサトル達も捕まるだろう。
サトル達はそのことを考えずに作戦を推し進めていたのだ。そこまで考えが回らなかったことに、サトルは内心舌打ちを打つとともに、逃亡手段に関してしっかりと考えを練っていたヒメを改めて見直す。
「そこで、あなたに逃亡手段を手配してもらう。代わりに、私達が奪い取った兵器を好きなだけ観察する権利を与える」
「具体的には?」
「安全に国外へ逃亡できるまで。できることならばアフリカ辺りに亡命したい」
「ロベミライアか……!」
ヒメはこくこくと頷く。日本軍もロベミライアへ逃げ込んだとなれば、手を出すことはできないだろう。
危険な賭けだが、やってみる価値はありそうだった。
「君は……その兵器をどうするつもりだい?」
「見ればわかる。この兵器は確かに強力だけど、他へ転用することが容易ではない。私達はおそらく、あなた以上にあの兵器のことを知っている」
その兵器と友達だったから、とは付け加えなかった。兵器の概要まで語ってしまえば、あまりの話に彼が信じなくなる可能性もあった。だから、あえて彼女はそこまで話すことはなかった。
「考えて……おこう」
アランはそれ以後ドライブの道中一切話すことなく、黙りこんだまま何かを考えながらハンドルを握っていた。
一行はサンタバーハラに到着する。
美しいものの、不気味なほどに静かなその町に、かつての栄えた頃の様子はない。
開いているホテルを見つけると、さっそく宿泊する手はずを整える。
部屋に入って、ふとヒロキがサトルに尋ねる。
「本当にユリちゃんとは……戦わないといけないんすか?」
サトルはその言葉に頷いた。
「お互い好き同士なのに、戦わないといけないなんて辛いっすよ」
「俺は感情を捨てて辛いと感じることから逃げてきた。今こそ、それに立ち向かうべきときだ」
サトルは一人埃っぽい部屋を後にする。
後に残されたヒロキは一人ぼそりと呟く。
「隊長は……やっぱりハンパないっす」
次話、第十一話 Traveling