表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第3話:炎旋風の山賊


 *****




 森の中、串に刺した肉を焚火で炙る。

 いい感じに焼けてきた肉を頬張ると、うま味が口の中に広がった。

 串の肉を次々に腹へ入れていくジュルターを、アウリウは微笑んで見ている。


「一人で食っていてすまないな」

「気にしないでよ、あたしはもう食事終わってるんだし」


 狩りで捕まえた獣を血抜きする必要はなかった。彼女の食事になるからだ。

 生き血を吸われ干からびて死んでいく獣の様は

 慣れるまでに随分と掛かったものだ。

 死血が毒となる吸血鬼は肉や魚を口にする事がない。

 そのためどうしても、野宿の際は食事が別々になる。

 アウリウは甘い菓子や果物を好むが、

 味を楽しむだけの嗜好品で食べる意味はないらしい。

 一緒に食事をしたいという理由で菓子を食べる事も多いのだとか。

 旅の野宿では腐りかけの保存食か雑草しかないので

 食べる意味がないと言っていた。


 加えて、今は一切の食事をとらなくてもいいイェシルもいる。

 二人とも人間ではないので仕方ないと分かっているが、

 少女二人に何も食べさせず独り占めをしているようで気が引ける。


 そんな時、ふと違和感を感じて串を火の前に戻す。

 イェシルの籠を手元に引き寄せておく。

 アウリウも気が付いたようでわずかに姿勢を変える。

 すぐに立ち上がれるように。


「お代わりいる?」

「遠慮しておく」


 近場にいる気配の主に聞こえているかは分からないが、二人とも小声で言う。

 獣ではない、という認識の確認をとった。


 気配は大人数ではなく、恐らく一人。

 可能な限り音を出さないように動いているが

 這いずるような音が隠せていない。

 気配を消す事の重要性を知ってはいるが、不得手な者という印象。

 得物に手を掛け、アウリウと頷き合う。

 肉を焼くのに使った木串を一本、気配の方へと放り投げた。


「そこにいるのは分かっている、さっさと出てこい」

「出てこないなら敵と見なすよ」


 わずかな時間の静寂。

 すぐに草木が揺れ、一人の男が立ち上がり、手を上げて歩いてくる。

 粗野な皮鎧、使い込まれた戦斧と小型の鉈、古傷だらけの顔に髭面。

 山賊と聞いて想像する姿そのものと言ってもいい男が現れた。


「勘弁してくれ。

 間違いなく怪しい者ではあるんだが、あんたたちと敵対する気はねえ」

「じゃあ得物を置いてよ」

「そりゃ無理だ、斬りかかって来られたら使わなきゃならねえからな」


 悪びれもせずに豪気な笑みを浮かべる男。

 武装解除をする気もない時点で敵と認定してもいいのだが、一応聞いてみる。


「それで、俺たちに何の用だ?」

「一日何も食ってないんでな、その肉を半分奪いに来た」

「言い方が山賊にしか聞こえないんだけど!?」

「そりゃそうだ、山賊だからな」


 そう言って平然と笑う男に、

 指摘したアウリウは呆れて口をぽかんと開けている。

 ジュルターも呆れ半分で頭を抱えてしまった。

 狩ったのは小型の獣とはいえ肉は十分にある。

 分けてくれと頼まれれば譲ったのだが。

 一つため息を吐いて、まだ残っている獣肉の塊を指し示す。


「せっかく狩ったというのに、あれを奪われたら困るな」

「話が分かるじゃねえか、気に入ったぜ」


 白々しいジュルターの言葉に、山賊は満面の笑顔を見せる。

 そして肉の塊を鷲掴みにし、短剣で薄く削いで焼き、食らう。

 側にはすでに焼けた肉が串に刺さっているのだが、それには目もくれない。

 自分が奪った物だけを食う。男の生き様を感じた。


「そいつは食えないのか?」


 あらかた肉を食べ終わってから、イェシルを指差して聞いてくる男。

 人間にそっくりな植物を食べようとするなと思いながら返答する。


「こいつは依頼の品で、西まで運んでいるんだ。

 奪おうとするなら穏便にはできないぞ」

「分かった分かった、そいつには手を出さねえよ。

 んじゃ、腹が膨れたからオレは眠らせてもらうぜ。見張りはよろしくな」


 こちらが返事をする暇もなく、男は地面に横たわり寝息を立て始める。

 そんな男の姿に、アウリウは心底からの呆れ顔だ。


「あたしたちが殺そうと思えばできるんだけど、普通この状況で平然と寝る?」

「まったく、豪快な男だ」


 ジュルターも命知らずを自負しているが、ここまでではないと思う。

 少なくともジュルターはこの状況で寝る事などできそうもない。

 この山賊が寝たふりをしていて、

 見張りが一人になった所を襲う算段かもしれない。

 襲わなくともイェシルを狙っているのかもしれない。

 色々な可能性を考えれば、二人で起きていなくてはいけないだろう。

 こちらは徹夜が決定したというのに、

 ぐっすり眠っている男に少しだけ怒りが湧いた。


 深呼吸をして怒りを収め、イェシルを撫でてやる。

 ジュルターとアウリウ以外の者がいる時は、可能な限り声を出さない。

 それが抜け穴を出る前に決めた約束事だった。

 ちゃんとそれを守っているので、声は掛けられないが褒めたつもりだ。

 イェシルは誇らしげに喜んでいるように見える。


「それで、どうする? やっちゃう?」

「寝かせておいてやれ、疲れていたんだろう。

 何かあったなら放っていくけどな」

「お人好しなんだから」


 木串を振り回すアウリウを苦笑しながら止める。

 男が山賊なのだとしても、

 こちらに危害を加えようとしない限り手を出す気はなかった。

 男の言動に誇りを見たからだ。

 たとえそれが明確な悪であろうと、生き様を貫き通す誇りを。




 空が明るくなり、朝の木漏れ日が草木を照らし始める。

 欠伸をしながら干し肉のスープを作っていると、男がのそりと起きてきた。

 一晩のあいだ注視はしていたが、

 ずっと動かなかったので本当に熟睡していたらしい。


「美味そうじゃねえか」

「どうする?」

「半分いただくぜ」


 やはり昨日と同じだと思いつつ、半分を器に注いで飲む。

 男はにやりと笑い自前の器を取り出して、旅用の小さな鍋からすくって飲んだ。

 

「二人分あるんだから普通に頼めばいいんじゃないの?」

「オレは山賊で物乞いじゃねえからな」

「物乞いの方が人を襲わない分ましでしょ」

「ははは、全くその通りだぜ嬢ちゃん。山賊なんぞろくでなしのクズ共さ」


 アウリウの悪態を、豪快な笑いで吹き飛ばしてしまう男。

 アウリウはジュルターの方をちらりと見て、小さく何回も頷いた。

 どこか似ていると言いたいのだろう。

 ここまで傍若無人に振舞った事はないと思いたいが。

 男は熱さも気にせずスープを飲み干し、その場に座り込む。


「槍の旦那、そして嬢ちゃん。頼みがある。

 オレと一緒に、この近くにある村まで足を運んでくれねえか」

「山賊稼業する気はないんだけど」

「今回は村から奪おうって訳じゃねえよ。

 まあ略奪した事は一度や二度じゃねえんだが」


 笑いながら言う事ではないと思うが、男は平然と笑っている。

 男と村に行く理由が全く分からない。


「贖罪として何かするつもり?」

「おいおい、オレがそんな殊勝な男に見えるのかい。

 山賊が奪った事を謝る訳ねえだろ」

「じゃあ何しに行くの。あたしたちまで山賊と思われたら嫌なんだけど」


 額を指で押さえて首を振るアウリウ。

 男から軽薄と豪快を足したような笑みが消え、真剣な表情だけが残る。


「性質の悪い山賊に襲われるかもしれねえから警告にな。

 縄張り争いってやつに負けちまってよ。

 不意を突かれて、オレ以外は全員殺されちまったんだ。

 連中は悪党の中でも最低の部類でな、流石に見過ごせねえのよ」


 不思議と、男が適当や嘘を言っていないと信じられた。


「飯とか物とか散々世話になったからな、最後に伝える位はしてやらねえと」

「世話っていうか奪ったんでしょ」

「おうよ!」

「威張る所じゃないからね?」


 一々指摘するのも疲れたようで、アウリウはジュルターの肩をぽんぽんと叩く。

 後はお前に任せる、と言いたいらしい。

 男を真似てにやりとした笑みを向けると、

 泣きそうな顔になったので慌てて謝った。


 イェシルの事があるので可能な限り町や村に入るのは避けていたが、

 どうしても限界というものはある。

 保存食や細かな物の買い足しをそろそろ行わなければいけなかったので、

 丁度いいかもしれない。

 山賊の仲間としていきなり攻撃されなければの話だが。


「分かった。村まで案内してくれ」

「有難い! それじゃ早速行こうぜ」

「ちょっとちょっと、自己紹介もしてないんだけど!

 あなた、名前なんていうの? その間に片付けるから少しだけ待ってよ」


 こちらの準備もまだだというのに即座に歩き出す男を、アウリウが止める。

 男は笑いながら自分の名を告げた。


「山賊のゲルメズだ。よろしくな、槍の旦那と嬢ちゃん」

「あたしはアウリウ。そっちがジュルター。よろしくね」


 ゲルメズの方をちらりと見て、

 てきぱきと片付けを済ませながら自己紹介するアウリウ。

 ゲルメズはジュルターを下から上までじっくり見て、

 何かに気付いたように頷いた。

 一応外套は裏返してあるが、裏地が黄色なのはよく見れば分かる。

 偽物と思ってくれたのか、本物だと気付かれたのか。

 異名というものは面倒なだけだな、と苦笑した。




 ***




 森の木々に切り株が目立つようになり、

 高く昇った日が地面を照らすようになった頃。

 森と村を隔てる木の壁が見えてきた。


「こっちだぜ」


 ゲルメズに案内されたのは村の正門。

 正門から堂々と入る山賊というのもおかしな話だ。

 質素な田舎村の門という感じだが、違和感を感じた。


「見張りがいない」

「遅かったかもしれねえな」


 険しい顔のゲルメズと共に門をくぐると、すぐ目に付いたのは破壊の跡。

 木箱や樽が壊されており、少し前に何者かが暴れたであろう痕跡が残っている。

 周囲の家々には人が隠れている気配があったが、

 ジュルターたちの姿が見えたのだろう、人が外に出てきた。

 アウリウはゲルメズの後ろに隠れ、彼を盾にする気らしい。

 山賊に襲われたであろう直後にまた山賊。

 即座に矢が飛んできてもおかしくはない。

 しかし現れた村人たちは、ゲルメズを見て喜んでいた。


「親分! 生きてたんだね!」

「てっきり死んじゃったかと……」


 口々にゲルメズを心配する言葉が飛び交う。

 この村は山賊の住処で、自分たちは罠に引っかかったのだろうかと思うほどだ。

 アウリウが恐る恐るゲルメズの横に出てきて、村人たちに話しかける。


「この村、山賊に襲われたんだよね? しかも割と最近」

「ああ、半日ほど前にな」

「この人って山賊だよね? 何でそんな友好的なの?」

「ゲルメズ親分の山賊団は、村にとってありがたい存在だからだよ」


 村人の話を簡潔に要約すると、

 ゲルメズの山賊団は防衛戦力のような役割をしていたらしい。

 間違いなく山賊で村に略奪しには来るのだが、

 必要以上には奪わないし村人に危害も加えない。

 この周辺を自分たちの縄張りとし、他の野盗や山賊から村を守ってくれる。

 自分たちが戦って血を流す事を考えれば、

 多少の金品や食料で戦いを担ってくれる存在は確かにありがたい。

 しかし、それはもう失われてしまった。


「ところで親分、あいつらが言ってた事は……」

「何を言ってたかは知らねえが、子分たちは全員殺された。

 生き残りはオレだけだ。

 住処も奪われちまって、こいつらから飯を奪って何とかここまで来た」


 ゲルメズの言葉に、村人たちは一様に黙り込んでしまう。

 それと共に期待するような目をジュルターたちに向けてくる。

 ジュルターもアウリウも武器を持っており、ゲルメズと共に村に来た者たち。

 村を襲った山賊を何とかしてくれるのではという期待だろう。


「あたしとこの人は荷物を運ぶ依頼を受けてるの。

 冷たいと思うかもしれないけど、手を貸す気はないからね」


 淡々としたアウリウの否定に怯む村人たち。

 何か言おうとした村人の一人を手で制止し、ゲルメズが口を開く。


「止めろ。旦那たちは急ぎの旅なんだから仕方ねえだろ。

 そもそもオレたちと連中の縄張り争いなんだ、他の奴を巻き込めるかよ。

 オレが連中を叩き出してやる、子分たちの敵討ちでもあるんだからな」

「でも、いくら親分とはいえ一人じゃ……」

「不意を突かれただけだ、真っ向からやれば一人で十分なんだよ」


 昨夜と同じように豪快に笑うゲルメズ。

 しかしすぐにそれは消え、雰囲気が冷たい拒絶をまとった物に変わる。


「連中を始末したらオレは他の所へ行く。ここに戻る気も居座る気もねえ。

 自力で何とかしなきゃいけねえ時が来たって事だ、達者で暮らせよ」

「そ、そんな! 親分、村に残ってくれないのか!?」


 村人の懇願に対し、ゲルメズは戦斧を手に取って地面に叩きつけた。

 村人たちは小さく悲鳴を上げる。


「何を期待してんだ、オレは山賊だって散々言ってただろ。

 オレは縄張りを守ってただけで、お前らを守ってた訳じゃねえ。

 これからは自分たちで何とかしろ。それじゃあな」


 何も言えなくなっている村人たちに背を向け、門を出て行こうとするゲルメズ。

 ジュルターとすれ違う一瞬足を止め、こちらにしか聞こえない小声で言う。


「旦那、嬢ちゃん。旅支度が済んだら門の外に来てくれねえか」


 それだけを言うと、ゲルメズは門の外に出て行ってしまった。

 不安からかざわめく村人たち。

 新しい山賊がどれほどの略奪をしたのかは知らないが、

 破壊の跡から見て相当手酷いものだったのだろう。

 ゲルメズが当てにできなくなったため、

 村人たちは再度ジュルターたちに懇願の視線を向けてくる。

 その様子に苛立ちを感じた。


 確かにアウリウが手を貸す気はないと宣言している。

 それでも自分たちを助けてほしいというのなら、

 なぜそれを口に出して言わないのか。

 ジュルターが自発的に助けてくれるのを待っているからだ。

 そうすれば報酬の支払いも抑える事ができる。

 山賊に殺されたとしても自分たちの所為ではないと思える。

 ジュルターもアウリウも命を切り売りする傭兵だ。

 そんな思惑に誰が乗るものか。


「略奪を受けたらしいが、売り物の保存食は残っているか?

 あるのなら十日分ほど売ってくれ。できる限り早く出発したいんだ」

 

 ジュルターにも拒絶され、恨みがましい目を向けてくる者もいた。

 そういう目で見られるのには慣れている、知った事ではない。

 村も村人たちもどうでもいいが、ゲルメズの事だけが気になった。


 ゲルメズの所に行けば確実に厄介事を持ちかけられるだろう。

 それでもあの男の話は聞いてみたいと思った。




 売り物の保存食は七日分しかないと言われ、買えたのはそれだけだった。

 買い物の間、恨み節だか同情引きだか分からない話を延々と聞かされた。

 それによると村を襲った山賊は五人。

 金品は根こそぎ、食料もかなりの量が奪われてしまったという。

 次は若い女を用意しておけと言われたそうだ。

 長話の間アウリウは頭巾を深々と被り、会話自体を拒絶していた。

 ジュルターも相槌さえ一切打たなかった。


 買い物を終えて村を出る。

 村人は口々に小声で何かしら言っていたようだが、恐らく罵倒だろう。

 武器を持った旅人に大声で喧嘩を売らなかった点は

 褒めてもいいかもしれない。


 門を出てしばらく真っ直ぐに進むと、ゲルメズが木に寄りかかって立っていた。

 ジュルターたちの姿を見つけると、嬉しそうに笑顔を見せる。


「旦那、嬢ちゃん、呼び出して悪いな」

「用件は何だ?」

「子分たちの仇を討ちてえ。力を貸してはくれねえか、黄色槍の旦那」


 やはり気付かれていた。

 黄色の外套を着ている酔狂者などそうはいないのだから当然か。

 そうだとすると疑問が一つ。


「知っていたのなら、どうして村人の前で黄色槍の事を言わなかった?」

「言って欲しくなかったんだろ? オレに傭兵だって名乗らなかったからな」


 そこで言葉が区切られ、ゲルメズの笑顔が消える。

 二呼吸ほどの間があってから、山賊は再度口を開いた。


「旦那が名の知れた傭兵だと知ったら、村の連中は自分で立とうとしねえ。

 前から言ってたんだがな、山賊なんぞを当てにするなって」


 困った顔で村の方を見つめるゲルメズ。村人たちは甘えていたのだろう。

 山賊を名乗り山賊らしく振舞っている割には、律儀で非道を行わない男に。

 いざとなれば彼が何とかしてくれる。もしくは他の誰かが何とかしてくれると。


「それじゃ駄目なんだ。誰も助けてくれねえ時に自分たちだけで戦えねえ。

 オレが連中の勇気も意志も奪っちまった所為みたいだ」


 あえて奪ってしまったという表現を使う所に、ゲルメズの悲哀を感じた。

 自分には奪う以外の事ができないのだと言っているようで。

 ゲルメズは軽く首を振ると、表情を元に戻して続ける。


「もちろん傭兵をただ働きはさせねえよ。

 連中に奪われた住処には金品や武具がある。

 そいつを好きなだけ持っていってくれ」

「それ、そいつらが村の人たちから奪った物も入ってるよね!?」

「奪った物はもうオレの物だ。山賊の流儀だぜ」


 笑うゲルメズ。アウリウはジュルターの方をしかめっ面で見つめてくる。

 付き合いも長いので、

 これからジュルターがどう返事するかをよく分かっている。


「分かった、引き受けよう」

「有難い、旦那と嬢ちゃんが力を貸してくれるなら百人力だ」

「あたしまだ返事してないんだけど」

「旦那が乗るなら嬢ちゃんも乗る、そういう感じだろ?」


 からかうようなゲルメズの言い方に、

 アウリウは頭巾を深く被って顔を隠してしまう。

 豪快さが斧を担いで歩いているような男に

 図星を突かれたのが悔しかったのだろうか。

 アウリウが特に否定しなかったので、ゲルメズは手招きしながら歩き始める。


「ついて来てくれ。案内するぜ、オレが奪い返すべき住処へ」




 ***




 森の中をしばらく歩き、日も沈んできた頃。


「そろそろ近いんでな、音には注意してくれ。そんな籠を担いでる旦那は特に」

「分かってる、できるだけ音は出さないように動いているよ」


 流石に身一つの時よりは大きく音が出ているだろうが、

 アウリウへ視線を送ると頷いてくれた。十分に気配は消せているらしい。

 イェシルは動く事もなくじっとしてくれているので、音は最小限で済んでいる。


 ゲルメズの案内に従って森を移動する。

 今までは直進だったが、警告の後からは回り込むように進んでいる。

 それと同時に緩い傾斜を登っている感覚。

 木々で分からないが、高台に進んでいるらしい。

 日が沈む直前まで歩き続けると、ゲルメズは屈んで手招きをする。

 同じようにゲルメズの近くに屈むと、そこに金属の蓋のような物がある。


「秘密の抜け道さ。暑い日に風を通すための穴だけどな。

 間抜けな獣を穴に落っことして捕まえてもいたからよ、

 籠を背負ってても入れるぜ」

「この下はどうなっている?」

「一本道の一番奥だ。長物を振るう位の広さはある。

 中は暗いから火を付けて明るくしておくぜ」


 ゲルメズは腰のランタンに火を灯す。

 槍を手に取る。ここから降りれば退路はないという事だ。

 前に進み続けて敵を倒すかやり過ごし、洞窟の入口に抜けるしかない。


「オレが先に降りて突っ込む。旦那たちはその後で降りてきてくれ。

 強行突破して連中をぶっ殺しながら入口に抜ける」

「分かった」

「……オレが言うのも何だが、少しは罠を疑わねえのかい?」


 呆れ顔のゲルメズ。

 もしゲルメズと洞窟内の山賊が仲間だったなら、

 ジュルターたちは罠の中に飛び込む事になる。

 考えはした。したが、それはないだろうと思った。


「そういう器用な事ができる人間には見えなくてな、俺と同じで」

「嬢ちゃんは大変そうだな」

「それが面白いから一緒にいるんだし、それほどでも」


 肩をすくめるアウリウ。ゲルメズは声を出さずに笑った。

 そして金属の蓋に手を掛け、一気に持ち上げる。

 蓋を地面に放り投げるのと、ゲルメズが飛び降りるのはほぼ同時だった。




 ゲルメズが飛び降りてから、一呼吸置いて飛び降りる。

 洞窟の中は聞いた通りに広く、余程大きく振らなければ槍も十全に使える。

 穴からわずかに日が差しているが、奥は暗く何も見えない。

 そう思ったのは一瞬の間。洞窟内を火が覆った。

 見ればぼろ布や毛皮、木の箱などが燃えている。

 ゲルメズだ。ランタンを油ごとぶちまけ、可燃物を燃やして明かりとしたのだ。


「豪快にも程があるでしょ、自分の家なのに」


 外套のフードを外しながら飛び降りてきて、呆れ声で呟くアウリウ。

 このまま一番奥にいては焼け死んでしまう。


「おらおら、道を開けなぁっ!」


 前の方ではゲルメズが声を上げ、山賊と交戦している。

 戦斧を右に、逆に持った小鉈を左に。まるで旋風のように振るわれる二刃。

 炎に照らされた斧の刃が山賊の一人を深々と斬り裂く。

 一切後ろに引かず、ひたすらに前へ前へと踏み込んでいくゲルメズ。

 燃える洞窟を突き進む男の姿は、彼の生き様を示しているようだ。

 

「じゃあ、行こうよ。籠が燃えないうちに」

「そうだな、一気に駆け抜けるぞ」


 洞窟を走り抜ける。

 山賊たちは突っ込んでくるゲルメズと火を恐れ、

 我先にと洞窟を出ようと逃げている。

 村を襲った山賊は五人と聞いていたが、明らかに数が多い。

 ゲルメズが二人を斬り伏せ、

 ジュルターは一人を貫いて仕留めたが、まだ三人いる。

 足を止めて死ぬ気で受け止められたら不利になるのはジュルターたちなのだが、

 山賊たちは気付かないのか、そんな覚悟を持てないのか。両方だろう。


「後どの位で出口!?」

「もう見えてきたぜ!」


 アウリウに大声で答えるゲルメズ。

 外は暗くなっているので判別は難しいが

 ゲルメズが言うなら間違いはないだろう。

 一気に走り抜け、洞窟から出る直前の一瞬。

 ゲルメズが鉈を投げると同時に叫んだ。


「外だ!」


 鉈は逃げる山賊の背を捉え、背を裂かれた山賊は大きく姿勢を崩す。

 よろめきながら外に出ようとした山賊の顔面を棍棒が殴りつけた。

 出口の岩陰に隠れ、襲撃者を不意討ちしようとしたらしい。

 ゲルメズはそれを読み切っていた。


 洞窟を抜け様に棍棒を持った山賊を貫き、外に出る。

 外では逃げ延びた者を含め、四人の山賊がこちらを睨みつけている。


「てめえら……村の連中の差し金か!?」


 親玉らしい男が凄む。

 優男風で、山賊らしさでいえばゲルメズの方が間違いなく山賊だ。

 細身の曲剣を苛立ちに任せて振っている様からは品性を感じない。

 そんな親玉の言葉を、鉈を拾いながら笑い飛ばすゲルメズ。


「見て分からねえのか、オレは山賊だ。

 子分たちがお前らに随分世話になったからな、返礼くらいしてやらねえとよ」

「はっ、あのクズどもの敵討ちってか?」

「それもまあ、当然あるんだが……」


 親玉の挑発を気にも留めずゲルメズは笑う。

 獰猛さと残忍さをこれでもかと見せつける、山賊の笑みで。


「お前らも山賊なら分かってんだろうが、

 オレたちは奪う以外の事なんぞできねえクソ野郎だぜ。

 奪いに来たんだよ、お前らの物を根こそぎ全部なぁ!」


 ゲルメズの大声に怯む山賊たち。その隙を見逃さず突っ込む。

 山賊の一人を槍で貫き、力任せに横薙ぎで肉を抉りつつ槍を引き抜き、

 横のもう一人の脇腹を斬り裂く。

 その間にアウリウが一人の心臓を刺し貫き、ゲルメズは親玉と打ち合う。

 加勢しようとしたアウリウを手で制す。

 少し驚いた彼女は肩をすくめ、細剣を振って血を払う。


 旋風のようだと感じたゲルメズの技は、よく見れば巧みだ。

 小鉈を攻撃に防御にと器用に扱い、相手の動きを制限していく。

 恐らく利き腕は戦斧を持つ右ではなく左。つまり本命は鉈の方だ。

 親玉は戦斧の方にばかり注意を向け、小刻みに鉈で身を削られている。

 傷と出血、焦りがただでさえ鈍い親玉の動きを更に鈍らせていく。

 勝敗は決した。


「ま、待て! 降参だ、こうさ……」


 手を前に出して必死に命乞いをしようとする親玉。

 その手を戦斧が容赦なく斬り裂き、がら空きになった喉を鉈が引き裂いた。

 勢いのまま体をぶつけ、親玉を突き飛ばすゲルメズ。

 呼吸にならない湿った息をする親玉の腹を踏みつけ、にやりと笑う。


「無駄な事は止めな。命乞いなんか聞き入れた事なかっただろ?

 もちろんオレもだ!」


 戦斧が振り上げられ、親玉に叩きつけられる。

 残酷に見えるが慈悲だ。苦しんで死ぬだけの者に対する介錯。


 洞窟の中で燃える炎に照らされ、ゲルメズがこちらを振り向く。

 その顔に表情はなく、静寂がジュルターたちを包む。


「旦那、嬢ちゃん。この辺りにこいつらの仲間がいると思うか?」

「気配はしないし、見える所にはいないね。この有様を見たら逃げちゃうでしょ」

「それもそうだな」


 アウリウの返答を聞くとゲルメズは頷き、戦斧の刃をジュルターに向ける。

 戦斧からは敵意ではなく、挑戦の意思だけを感じた。


「旦那、その植物が欲しくなっちまってよ。奪う事にしたぜ。

 それに頭巾で分からなかったが嬢ちゃんも美人さんだ、奪っていくぜ」

「昨夜言ったはずだな、穏便にはできないと。

 どうしてもやるのか?」

「欲しくなったんだから仕方ねえ」


 近くに寄ってきたアウリウに背の籠を預ける。

 アウリウは寂しそうな、心配そうな表情でジュルターに頷き、

 離れた位置に移動する。


 こうなるのではないかと確信があった。だからアウリウに加勢をさせなかった。

 自分の住処に火を放ち、敵がいようがお構いなしにひたすら前へと進む山賊。

 男がやろうとしている事が理解できるからこそ、ここで殺し合う。


 外套を一度脱ぎ、裏返して着直す。黄色が露わになる。

 ある程度の間合いがあるとはいえ絶好の機会だったはずだが、

 ゲルメズは動かない。

 そうだろうと思っていた。万全のジュルターから奪おうとするだろうと。

 ジュルターが槍を構えてから、ゲルメズも戦斧と鉈を構えた。


「じゃあやろうぜ、黄色槍の旦那!」


 やはり先に踏み込んできたのはゲルメズ。

 得物の関係上、ゲルメズにとって間合いは近ければ近いほどいい。


 大振りの斧を一歩下がり躱す。

 斧を槍で受けてはいけない。その隙に鉈を差し込まれる。

 鉈による細かな牽制を柄で受け流し、ゲルメズの左側面へ回り込むように動く。

 ゲルメズは一回転しながら斧を横薙ぎしてくるが、後ろに跳んで躱した。


 間合いを離したいが、ただひたすらに前へと出てくるゲルメズ相手には難しい。

 先ほどは旋風のようだと評した技だが、刃に映る色を足さねばなるまい。

 息つく暇なく攻め立ててくる、赤く色づいた斧と鉈。炎の旋風。

 ならばこちらは氷のように冷徹に、それでいて鋭く。


 もう一歩横へ。鉈の小刻みな斬撃を受け流し、再度跳ぶように下がる。

 着地の瞬間を狙い、斧を振り上げるゲルメズ。

 普通は更にもう一歩下がるのだろうが、あえて踏み込んだ。

 速度が乗る前に斧の柄を槍先で抑える。逆から迫る鉈は柄で受けた。

 一瞬だけゲルメズの動きが止まる。

 その隙を見逃さず、腹を蹴り飛ばして間合いを離す。

 斧と鉈では届かない間合い。しかし槍にとっては最適な間合いに。


 槍を引き戻し、全力で突き出す。

 鉈に弾かれても止まらず、槍はゲルメズの腹を深く抉った。


 即座に槍を引き抜き、間合いを保つ。

 ゲルメズは苦痛に顔を歪めながらも、どこか清々しい笑みを浮かべた。

 斧と鉈が地面に落ち、音を立ててゲルメズの体が地面に倒れる。


 アウリウが足早に近づいてきて、籠を地面に置いた。

 苦しそうに息をしながらも、ゲルメズは困ったような苦笑を向けてくる。


「……致命傷を避けやがったな」

「処置をすれば助かるようにはしたつもりだ」

「生殺与奪を負けたオレに選ばせてくれるってか、有難いな」


 確かにそうしたつもりだが、男の選択は分かりきっていた。

 一縷の望みに賭けてみたのだが、ゲルメズの選択は予想通りのものだった。


「このままじゃ苦しいからよ、きっちり止めを刺してくれ」

「分かった」


 ゲルメズの側に立ち、槍を振り上げる。

 心臓を一突きで終わらせる。それがせめてもの敬意だ。

 最後に声を掛けようとした瞬間、

 舌足らずな声がジュルターより先に発せられた。


「どうして?」


 イェシルが、ゲルメズに話しかけていた。

 それを聞いたゲルメズは大きな声で笑う。


「お前、言葉が喋れたのか。オレの目利きも鈍っちゃいなかったな、ははは!」

「どうして、こんな事をしたの? 生きたく、なかったの?」


 イェシルは何故自分を欲しがったのかとは聞いていない。

 何故そうしたのか。行動の本質を知りたくて聞いているような気がした。

 質問を聞いたゲルメズは、再度笑った。


「死んでも構わないとは思ってたが、生きたくてやったに決まってるだろ。

 このままじゃオレは、

 惰性で山賊をやるしかないクソ野郎になっただろうからな。

 物心ついた時から山賊やってきたんだ、最期まで胸張ってそう在りたいのさ。

 死んでないだけの惰性で生きていたくはねえ。全力で山賊として生きてこそだ」


 山賊以外の生き方を知らない男は言う。

 生まれながらに決められた人生の中、

 自分がこの人生を選んだのだと笑いながら。


 ただの山賊として惰性を生き続ける事を拒んだ。

 だから奪おうとしたのだ。胸を張って山賊で在り続けるために。

 ジュルターとアウリウを倒し、イェシルを奪い、

 山賊としての人生をもう一度謳歌しようとした。

 その結果で命を落とすとしても、

 最期まで選んだ人生を精一杯生きたと笑うために。

 自分勝手で豪快なゲルメズらしい。


「それと、蕾の嬢ちゃんには難しいかもしれねえが……」


 ゲルメズは一度大きく息を吐き、笑いながら言った。


「山賊なんぞいない方がいいに決まってんだろ。

 人様の物を奪って惰性を生きる山賊なんぞ、今すぐ死ぬべきだ」

 

 思い返してみれば、

 ゲルメズは山賊を自称する割に、山賊を卑下する発言が多かった。

 山賊として生を全うしたいとその道を選んだ者が、山賊を不要な悪と断ずる。

 二律背反。


 それを解消する方法は、これしかなかったのだろう。

 ジュルターに殺されるために戦ったわけではないはずだ。

 ただ、そうなってもいいと思っていただけ。

 山賊としての生き様を貫き、山賊という悪として討たれ死ぬ。そのために。

 命知らずな行動は全てその考えが基となっていたのだろう。

 だからいつだって笑っていた。それが最後かもしれないから。


 イェシルは既にそれを理解しているのか、寂しそうに微笑み頷く。

 ゲルメズはイェシルに笑いかけ、親指で自分を指す。


「嬢ちゃん、オレみたいなのには絶対になるんじゃねえぞ」


 頷くのを躊躇うイェシルから視線を外し、改めて槍を構え直す。


「墓標には何を置けばいい? その斧と鉈か?」

「その辺でくたばってる連中の武器を三本くらい刺してくれ、戦利品だ。

 鉈は旦那にやるよ。

 刃こぼれしないだけの下らねえ魔道具だがな、路銀にでも変えてくれ」


 奪った品をこそ墓標とする。一途に生き様を貫く姿には尊敬を覚えた。

 黄色の外套を着て死ぬ時、ジュルターはここまでできるだろうか。

 ゲルメズと視線が合う。誰よりも山賊であった男は、やはり笑顔だった。


「……手間かけてすまねえな、黄色槍の旦那」


 その言葉に頷きだけを返し、槍を振り下ろした。




 ゲルメズの遺体は土に埋め、他の死体は洞窟に放り込んだ。

 炎が全て焼いてくれるだろう。

 墓には遺言通り転がっていた武器を三本刺しておいた。

 ゲルメズが愛用していた戦斧は刺さず、墓の側に置いておく。

 誰かが持っていくかもしれない。

 錆び付き風化して朽ちていくだけかもしれない。

 それならそれでいい、と豪快な山賊が笑う気がしたから。


「金品を好きなだけって言ってたけど、あの中に飛び込んで探してみる?」

「アウリウじゃあるまいし、入れる訳ないだろう」

「あたしでも燃え尽きて灰になっちゃうよ」


 鉈を拾って手渡してくれるアウリウ。

 長い間使い込まれた小さめの鉈は、軽く振ってみるとすんなりと手に馴染んだ。


「ごめんなさい、言いつけを破って」


 申し訳なさそうに謝ってくるイェシル。

 咎める気は最初からない。死者はもう何も話す事はないからだ。

 それよりも、ゲルメズはイェシルにとって

 大切な事を教えてくれたのではないかという気がしている。


「聞きたい事は聞けたか?」

「うん」

「ならいい。気にするな」


 そっと蕾を撫でてやると、イェシルは嬉しそうに身を揺らした。

 アウリウも一緒になって撫でている。

 二人でそうしていると、イェシルが思いついたように言った。


「ジュルター、アウリウ。

 あの穴から火が出て、森が燃えちゃうんじゃないのかな」


 洞窟の入口付近はきちんと草も刈られ、可燃物となる木も伐採されている。

 一瞬その心配はないように感じてしまったが、イェシルの言った穴という単語。

 はっと思い出した。自分たちが入ってきた場所を。


「あの空気穴か!?」

「も、森が火事になっちゃう! 蓋を閉めないと!」


 慌てて籠を背負い駆け出す。かなりの回り道になるので休む暇もない。


「本当にもう! しんみりする暇もないじゃないっ!」


 走りながら頬を膨らませて怒るアウリウ。

 ジュルターは怒りではなく苦笑しか出てこなかった。


 自分の思うがままに山賊として生きた男。

 その男が、豪快な笑いと共に言っている気がしたからだ。

 こっちの方がオレの性に合った別れだ、と。




 その後、木々が燃える前に何とか蓋は閉められた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ