3-1 新たなる身体、揺らぐ自己
「とんだお嬢様だな。お転婆なんていう表現では物足りんよ」
博士が困ったように言った。その正面でお茶を飲みながら、リリアは一応反省したような態度で答えた。
「博士も悪いのよ。説明が少なすぎる。私を利用しようとしていたとか、普通考えるじゃない?」
「私はそこまで計算高い男じゃないよ」
「博士なのに?」
「計算高くないから、博士なんていうものをやっているのだよ。お嬢様には想像つかんかもしれんがな」
「なんかすっきりしない言い方ね。いいわ、私も悪かったと思っているから、ちゃんとはじめから説明して。私のこの身体は何なの?」
「コグジェムのかたまりだ」
え? と、リリアは紅茶のカップを落としそうになった。身体全体がコグジェム? どういうこと?
「正確に言えば、君が元々いた身体に埋め込まれていたコグジェムを、コグジェムで作られた人形に移植した。君の精神を復元するのには、この方法が最適だったのだ」
「そんなことって……」
「もちろん、こんな真似ができるのは私だけだし、社会的に許されるかどうかも難しいところだろう。コグジェムは持ち主の認知や思考を拡大するが、使っているうちに持ち主の精神の一部となる。それを取り出せば元の持ち主の精神を再現できるというのは、君自身が自己認識を持っていることで証明されているだろう」
「死んで灰になった私と、コグジェムだけ移植された私と、どっちが本物なの?」
「どちらも本物だというのが、私の考えた。君がどう考えるかは、君自身がこれから考えればいい。コアになるケイト・アルジャーノのコアと、それを支える全身のコグジェムの力があれば、思考するも悩むこともできる。不満かね?」
「私はてっきり、脳みそまるごと移したのかと思ったのよ」
「そちらのほうが、難しい。そんなことができるのは、新聞の娯楽小説の中だけだな」
この博士は天才なのか、狂っているのか、よく分からなくなってきた。リリアとしては、最低限、変態ではなさそうなことが安心材料ではある。まあ、変態であってもリリアには関係ないのだが。
「さっきから気になっているんだけど、この身体はなんで動いているの? 心臓の音も聞こえるけど」
「君の身体が動いていた時の記憶があるなら、おそらくそれは夢だ。身体を動かすのに必要なエネルギー源は、食事を分解して得ている。普通の人間ほどではないが、定期的な食事は必須だよ」
「食事……確かに、人形といいつつもさっき食事はできたわね。え、でも、それってつまり……! ?」
「生理現象も普通にある。頻度は少ないがな」
「便利なのか不便なのか、判断しづらい身体ね」
「美食の楽しみを残しておいた私の判断は、賞賛してもらいたいものだね」
「それは、まあ、ね」
「他に質問はあるかな?」
「博士の目的は? どうして私を助けてくれたの? そこの肝心なところを聞いていないわ」
エドリック博士はテーブルの上の濃く淹れたコーヒーと甘くて舌が溶けそうになるクッキーを手に取った。エネルギー補給というやつだ。
「君と、君の兄君を襲った連中のことを、私は多少ではあるが知っている」
「なんですって! ?」
「とある人物の依頼で、その連中のことを調べていたのだよ。そうしたら、調査の中で君と兄君がひっかかった。私が君たちを見つけたのは偶然ではないのだ」
「だったら、殺される前に助けてくれればいいのに」
「私は武闘派ではないものでね。アンドリューとイヌクロは別の用事で離れていたしな」
「じゃあ犯人は分かっているのね」
「いいや、分からない。組織の存在は分かっているものの、誰が構成員で誰が首謀者なのか、具体的はことはまったく分からないのだ。にも関わらず、組織としては明らかに少なからぬ人数が関与して、無視できない影響を社会に与えている。まるで幽霊みたいな存在だな」
「その組織の名前は何ていうの?」
「『結社・蜘蛛の糸』という。見えそうで見えない。しかし常に餌を待ち構えている。引っかかったら、奴等の餌食だ」
そんな集団を相手にしなければならないのかと、リリアは嘆息する。しかし、復讐すると決めたのだから、復讐するのだ。このコグジェムの身体は、どうやら色々と使い勝手がよさそうでもある。その時、ドアのノックの音とともに、アンドリューとイヌクロが入ってきた。
博士が言った。
「あらためて紹介しよう。執事のアンドリュー・ジェンキンスとイヌクロだ。アンドリューは、人形の身体にコグジェムをいれてあるが、君と異なるのは身体全体はコグジェムではないということだ。普通の機械人形だよ。エネルギーも燃料という形で補給してやらんといかん。そのかわり、人間離れした機動性と運動性能、攻撃力を持っている。おとなしいように見えるが、ボディガードとして作ってあるから、君のことを護ってもらうことにする。イヌクロは、普通の大型犬にコグジェムを埋め込んでいる。ただ、脳の位置を移動させて、普通の犬よりも大きな空間に格納してあり、コグジェムの力と相まって、人間の成人程度の知能は持っている」
「ええ、さっきコグジェムで会話したわ」
「参謀役として、活躍してくれることを期待して君につける」
アンドリューとイヌクロは、改めて深々と頭を下げた。
「私は何をすればいいの? 蜘蛛の糸については、博士のほうが詳しいみたいだし」
「学舎に通って欲しい。普通の女子生徒としてだ」
「学舎? この身体だから……初等部?」
「そういうことだ」
「どうして? 初等部の児童が、探偵を殺したりはしないでしょうに」
「親の方だな。君の記憶がどの程度はっきりしているか分からないが、伯爵の息子がそこの学舎に通っている。今、蜘蛛の糸につながるのは、そこだけだ」
「その息子と仲良くなって情報を探ればいいのね?」
「そういうことだ。それにやはり君の年齢だと、学舎に通っていないのは不自然だからな。身を隠す時の基本は目立たないことだ」
リリアはうなずいた。虎穴に入らずんば虎児を得ずというのは、異国の言葉だっただろうか。中に飛び込んでみないと分からないことは沢山ある。探偵助手の本領発揮とさせてもらおうじゃないか。