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1-4 破天荒なる決意

挿絵(By みてみん)

 本当に屋敷の外に連れ出された。監禁とかされるかと思ったが、ただ単に夜風の中に放り出されただけだったので、ケイトは気が抜けた。


「お兄様、どうするの? さっきのメイドのことが気になるんだけど」


「そうだね。ああ、ソフィは帰りなさい。仕事の時間はもう終わりだ」


「いえ、そうはいきません。私も最後までお供します」


「ソフィ、仕事は終わりだ。遊びじゃないんだから、仕事の範疇を抜け出してはいけないよ。それに──」


 マキシムはソフィの耳元で小さく言った。


「君に次の指示を出そう。今日のことを記録につけるんだ」


「……はい」


 ソフィは引き下がった。マキシムはコグジェムを起動しながら言った。


「車を呼ぼう。街まで乗って帰りなさい」


 ソフィを見送ったケイトとマキシムは、屋敷の玄関近くの草むらに身を隠し、待ち伏せをすることにした。マキシムの推測では、伯爵はどこかに出かけるはずだと考えたからだ。


 待つこと、しばし。ケイトは夕食のことが気になり始めた。頭を振って邪念を追い払う。


 その時、屋敷の門が開いて、馬車が出てきた。馬車は加速をつけて、勢いよく走り出す。


「馬車か! 伯爵は車嫌いと聞いて油断していた! ケイト、走れるか?」


「はい、お兄様」


 ふたりは、馬車を追って走り出した。馬車は、道をまっすぐ走っていく。


「逃げているにしては堂々としているな」


 マキシムが言った。確かにそうかもしれないとケイトも思うのだった。そして、道は一本道で、曲がることはない。このまま走り続けると、やがて街へと出てしまうのだ。


 そしてさらに走れば、おそらく伯爵の屋敷まで戻ることはできないだろう。それはマキシムにもわかっているはずだ。ならば一体……とそこまで考えて、ケイトはひらめいたことがあった。だが今は追いかけるしかないと思い直すのだった。


 やがて馬車が停まった。マキシムが立ち止まる。ケイトもそれにならうと、息を切らせながら言った。


「お兄様、お気をつけて」


「ああ、行ってくるよ」


 マキシムは、馬車から降りた人物に走り寄っていった。そして話しかけるのを草むらに隠れて盗み聞きするケイトだった。すると案の定、その人物は伯爵であったのだった。しかし、何か様子がおかしいように感じたのだ。


「……これはこれは伯爵、偶然こんなところでお会いできるとは」


 息を切らせながらで、偶然もなにもないのだが、マキシムはつとめて愛想良く言った。伯爵は、途端に難しい顔をした。


「また君か。もう日は落ちた。帰りなさい」


「お気遣いありがとうございます。帰りますので、その前に馬車の中の荷物を見せて頂けないでしょうか?」


「荷物? 何のことか知らんな」


「はい、伯爵は荷物について存じあげない。承知しております。ですから、何が出てきても、誰が出てきても、知らないということで構いませんので、見せて頂けないでしょうか」


「知らん。しつこい男だな」


 ケイトはマキシムからの合図を受け取った。コグジェムを起動、送信元の方向を気づかれないように、ファルム伯爵の知覚にノイズを送り込んだ。


「む。なんだこれは」


 伯爵は自分の頭をこんこんと叩く。


「ご病気ですか、いけませんな。──失礼」


 伯爵の気が逸れた隙をついて、マキシムが馬車に乗り込んだ。そこには、猿ぐつわを噛まされて両手両足を縛られたメイドの姿があった。マキシムはポケットから小型のナイフを取り出して、ロープを切り、メイドの拘束をといた。メイドを馬車から降ろすと、伯爵に向かって言った。


「ご協力ありがとうございます。馬車の中には何もありませんでした。伯爵は何もご存じない、それで結構です。伯爵の家からメイドがひとり失踪するかもしれませんが、それもまた伯爵のあずかり知らぬところです」


「小賢しい探偵だ……」


「光栄です。以後、改めてお見知りおきを」


 伯爵は憤慨しながら馬車に乗り、今来た道を屋敷に向かって戻っていった。


「お兄様!」


「ありがとうケイト、完璧なタイミングだったよ」


「お兄様こそ!」


 マキシムは、メイドにいくばくかの金銭を与えて解放した。これだけあれば、生まれ故郷まで戻れるだろう。


「さて我々も帰るとしようか。車を呼んでもいいが、ここからなら歩いてもたいした距離じゃあないだろ」


「たまには、お兄様とデートってのも悪くないわね」


 などと喋りながら、マキシムとケイトは歩きだした。辺りは既に薄暗かったものの、歩けないほどではない。そして、しばらく歩いてから、マキシムは急に立ち止まった。


「お兄様?」


「うん? いや何でもないよ」


 しかし、マキシムの足は動かずに、じっと前を向いているのだった。ケイトがその視線の先を追うと、そこには背の低い獣の姿があった。狼にしては大きいが、熊にしては動きの早そうな気配を発している。


「お兄様、あれ」


「ああ、わかっている。少し厄介だな」


 獣は、ふたりのいる場所まで距離を縮めた。そして、ふたりを睨みつけると、低い唸り声を発したのだった。ケイトとマキシムは目配せして頷き合うと、ゆっくりと後ずさりを始めた。


「グオオオオオオオオオ!」


 獣が吠えた。そして、口を大きく開けたと思うと、そこに光が集まりだしたのだった。マキシムとケイトは顔を見合わせると、脱兎の如く駆け出した! しかし獣もそれを見逃すわけもなく、ふたりに向かって飛びかかってきたのだ!  間一髪でふたりはそれをかわすと、走る速度を上げた。すると獣もまたスピードを上げて追いかけてくるのだった。このままでは追いつかれてしまうだろう。


「お兄様!」


「これはいけないな」


 マキシムは走りながら、コグジェムを起動し、送信元の位置情報をノイズで埋め込んだ。しかし獣はスピードを落とすことなくふたりを追いかけてくる。


「駄目だな」


 マキシムは立ち止まり、振り向いた! そして獣と対峙する! ナイフを取り出して構える。


「お兄様、私も!」


 ナイフは探偵の常備品だ。探偵助手のケイトも当然持っている。しかし彼女がライフを使った戦闘術を身につけているとは思えなかった。


 マキシムは叫ぶ。


「ケイトは逃げろ! 無理だ!」


「そんな!」


 次の瞬間、獣がマキシムに飛びかかった。マキシムはその体表にナイフを突き刺して、横に引いた。しかし、表皮の上っ面に傷をつけただけで、ダメージになっていない。


 方向転換した獣が、マキシムの肩に食らいついた。血が飛び散る。鮮血が散るのを見た獣は、興奮し、二度、三度とマキシムを噛む。食事の前の品定めを楽しんでいるみたいだ。


「お兄様! このっ! 獣っ! 離れなさい!」


 ケイトが兄に覆い被さる獣背中にナイフの刃を立てたが、傷一つつけられない。ぶるんと頭を振った獣に吹き飛ばされた。接触した瞬間、彼女はコグジェムを通じて獣の状態が異常だと気づいた。何かしらの興奮剤を使われているのかもしれない。獣の闘争本能は、人間のそれを遥かに上回っているようだった。


 獣は今度はマキシムの腕に噛みついた。鋭い牙が肉に食い込み、血が噴き出す! それでも彼は腕を放さない。


「お兄様!」


 ケイトは涙を流しながら、ナイフを構えて突進した! そして獣の首元に突き刺すと、その体を蹴って飛び退いた。しかしマキシムの腕に食い込んだ牙は外れない。


「ぐう!」


 マキシムは苦痛に顔を歪ませながら、獣を蹴り上げた。腕から牙が抜けて、血が飛び散る。そしてナイフを逆手に持ち替えると、その柄頭を獣の喉に突き刺した!


 グオオという咆哮と共に、獣はマキシムを振りほどいたかと思うと、腹部に頭突きをし、地面に倒れ伏したマキシムの腹部に噛みつき、噛みちぎった。血、内蔵、肉塊が四散した。


 マキシムが動かなくなる。


 ケイトはナイフを構えて威嚇するが、獣は動じない。それどころか、勢いをつけて跳躍し、ケイトの目前に迫る。


 ナイフを突き刺そうと上段に構えたケイトの腹部に、獣は食らいついた。兄と同じだ。同じ末路をたどるのだ。


 ケイトの手から力が抜け、ナイフを地面に落とした。どうしてこんなことになったのだろう、誰が自分たちをこんな目にあわせているのだろう……。


 消えそうな意識の中で、声を聞いた。


「生きたいかね? 生き延びたいかね?」


 ケイトは迷うことなく答えた。声で、心で、コグジェムで、自分に残っているエネルギーのすべてを使って。


「生きたい! こんなことでは、死ねない!」


 声の方向から、黒い影が飛び出したところまで認識しているが、ケイトの意識はそこで途切れた。



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