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1-1 夢を追う貴族の娘

挿絵(By みてみん)


 ケイト・アルジャーノという18歳の少女は、貴族の娘であり、しかしなにかしらの物語の主人公になるからには、おとなしく規律に従順な少女ということはありえなかった。


 だいたい、昨今の世の中で高等学舎を卒業した18歳で婚約者すらいないというのは、どこか難があるのだろうと世間は考える。その予想は外れておらず、彼女は破天荒であった。


 探偵になりたかったのである。


 ケイトの異母兄であるマキシム・アルジャーノは、高等学舎を卒業後、異国を旅してまわり、三年して戻ってきたかと思ったら、街のアパルトマンを借りて私立探偵なぞを始めた。ケイトはこの兄に憧れているのだ。だから、自分も兄のような探偵になりたいと、高等学舎で知り合った友人のひとりに話した。すると、彼女はこう言った。


「だったら探偵助手になってみたら?」。


 それで今に至る。


 探偵の助手なんて、なんともわくわくするではないか!  と、まあ、そんな感じだ。


「ねえ、ケイト」


 ケイトが、アルジャーノ探偵事務所の自席に戻って、本棚の奥から巷で流行っている探偵小説を引っ張り出していると、ふいに背後から声をかけられた。振り向くと、そこには金髪碧眼の少女がいた。


「なぁに?  ソフィ」


 ソフィと呼ばれた少女は、ちょっと困ったような顔で、「あのね……」と言った。彼女は事務仕事や兄の秘書的な役割のために事務所に雇われている。ケイトより一歳年上なのだが、ケイトに気を遣ってか、やたらと腰が低かった。


「マキシム様にお願いして、探偵助手になったんだよね?」


「ええ、そうよ!」


「それなら、わたしも、その……、一緒に、お手伝いしてもいいかな?」


「もちろんいいわよ!  ぜひお願いしたいくらいよ!」


 ケイトは勢い込んで答えたが、ふと思い出したように、「でも、どうして急に?」と訊いた。


「だって……。なんだか楽しそうだなって思ったから」


「うーん、楽しいっていうか、退屈しない毎日が送れそうな気がするんだけど。それに、私としては、あんまり手伝わせちゃうのも悪いと思うんだけどさ……」


「わたしは大丈夫だよ。もともと、おうちでは家事とかやってるし」


「じゃあ、決まりね!  これからよろしくね!」


 ケイトはそう言って、ソフィの手を握った。


 こうして、ケイトとソフィの共同作戦が始まったのである。


「何の話だい?」


 いつのまにか、マキシムが事務所に戻ってきていて、薄手のコートをハンガーにかけながら聞いてきた。


「ソフィも探偵助手よ! お兄様!」


「それは構わないんだけど、秘書の仕事は誰がやるんだい? ケイトじゃ無理だろう」


「それは……」


 ケイトは言葉につまる。確かに、事務職でのソフィの能力は、兄が満足するくらいなので、相当に高いものだった。彼女もまた、小さいながらも貴族の出で高等学舎を出ていた。働いているのは、家庭の……いや、家計の事情によるものだが、ソフィの両親とすれば社会勉強をしながら婿探しもできないかという下心もあった。


「マキシム様、こちらが今日届いていた郵便と新聞の切り抜きです」


「ありがとう。助かるよ。……ほら、ケイト。こういう仕事は、君には向いていないだろう?」


「お兄様はいじわるね」


「そうかね」


「そうよ」


 マキシムは特注の大きな木製の机と椅子で作られた自席におさまり、自分個人と事務所宛の手紙を順番に読み始めた。


 ソフィは黙って紅茶の準備を始めた。いつものルーチンワークだった。


 ケイトは探偵小説に目を戻す。そこに書かれていたのは、殺人鬼が被害者を次々と殺害していくという話だ。


「またそういう話かい?」


 手紙を読み終えたらしいマキシムが言った。


「ええ、最近話題になってるみたいだから読んでみたの」


「ふむ、ここ数週間、殺人事件の新聞記事が増えているようだな。小説の模倣犯なんじゃないかという噂も流れている」


「ねえ、お兄様。本当に探偵小説を読んで、犯人の真似をしようとする人なんかいるのかしら」


「うーん、難しいね。小説と現実の区別がつかないひとというのが、ゼロではないということなんだろうね」


「でもきっと、探偵の真似をしようとする人もゼロじゃないわ」


「私がそう、なんて言うんじゃないだろうね?」


「もうっ!」


 図星だった。


 マキシムは笑いながら手紙を机の上で整えて、立ち上がった。


「出かけてくる。すぐに戻るよ」


「はい、いってらっしゃいませ」


 ソフィがコートを渡し、見送った。


 ──三十分ほどしてからだろうか。事務所に来客があった。


「マキシム殿の事務所はこちらかな」


 ソフィが応接用のスペースに客人を案内し、応対した。


「お約束は頂いていましたでしょうか?」


「いや、急な用件でな。電報を打っている時間もなかった」


「あいにくと、主のマキシムは留守にしております」


「それは困ったな。私の名前はファルム三世。伯爵だ。なんとかならんものかね。たとえばその呼び戻すとか」


「はいはーい、やってみましょう!」


 ケイトは身を乗り出した。


「君は?」


「助手です! 妹です! 有能です!」


「ほう?」


「では、失礼して」


 ケイトはコグジェムを起動した。コグジェムとは、貴族の身体の中に埋め込まれた貴石であり、人間の認知と知覚を拡大する。これを持って貴族は貴族たる優位性を手にしている。


 ケイトは体内のコグジェムを起動し、認知の触手を広げた。兄であるマキシムとの対話、接続、……接続拒否。


「兄は忙しいようですね」


「困ったな、いや実に困った。緊急の依頼なのだが」


「はい! それなら助手である私たちがお話を伺います!」


「君……たち?」


「はい、私、ケイトと、こちらのソフィが、伯爵様の困りごとをお助けします!」


 ソフィがびくっと肩をふるわせる。


「え、え? 私も?」


「そうよ、探偵助手、したいんでしょ」


「そうだけど……いきなり事件だなんて」


 ファルム伯爵が咳払いをした。


「まだ事件だとは言っていないが」


「ひっ! 失礼しました!」


「まあ、いいだろう。君たちが話を聞いてくれるというのなら、お手なみを見てみることにしよう」


 伯爵は落ち着いた様子ではあったが、嗅ぎハーブの缶を出して匂いを嗅いで呼吸を整え、神妙な顔をでしゃべり出した。


「当家の存続に関わる問題なのだ」



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