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5、

翌週の学園には、黒のドレスを身にまとう。

黒を見に着けるのは私だけではない。

学園の全ての生徒である。

私は寮の一室で、モワノにドレスを着付けされ、神妙な面持ちで鏡にうつる自分の姿を見ていた。

その様子にモワノが思わず、心配になったのか、「何か気に入らないことでも?」と、申し訳無さそうな表情を向けた。

「ちがうの」

そう言いながらもパトリシアはため息を吐いた。

これから行われるのは、生徒であるアリス・ブレークの死に対しての、学園からの釈明と、追悼の集会が行われる。これを計画したのはもちろん殿下だ。

それを考えると、憂鬱な気分になるのは仕方がないと思う。

「大丈夫でございますか? 顔色が……」

モワノの言葉に自分の顔を見た。もともと肌が白いと思っていたが、今日は青白く見えた。

「大丈夫。それよりお疲れ様。祭壇の手伝いをしていたのでしょう?」

追悼式はアリス嬢のために盛大に執り行うと殿下が意向を汲んで、学園側が急いで用意を行ったが、なにせ人が足りないとのことで、各家の使用人が応援にかり出された。

「いえ、私はただ指示に従ってお手伝いをしていただけなので」

モワノはそう言うが、アリス・ブレークの死に対して、ブラック家の令嬢が関わっているのではないかと黒い噂を流す貴族も少なくない。

モワノの対して直接モノを言うのは、ブラック家に対する意見とみられるので、表立って言うものはいないだろうが、それでも向けられる視線は好意的ではなかっただろう。


寮の部屋を出ると、廊下にレイチェルが片手でくるくると髪の毛で遊びながら窓の外を見ていた。

「レイチェル?」

私がそう声をかけると、はじける様に駆け寄ってくる。

「貴女、大丈夫なの?」

ラリー殿下の話があってから、学園を休んでいたのでレイチェルに会うのもあの日以来だった。

「大丈夫よ」

「殿下に呼び出されたと。それから、全く会えなかったから何があったのかと」

駆け引きは何もなく、純粋に私の事を心配してくれたのだと思うと、少しだけ緊張の糸が緩む。

「大丈夫――」

殿下から、アリスを殺害した犯人だと疑われている話は……しなかった。

もし言えば、彼女が掛け値なしで力になってくれるだろう。でも、もし、私が上手くいなかったら彼女を巻き込んでしまうことになる。

それだけは絶対避けなければ。ぐっと手に力が入る。

「レイチェルは追悼集会には出ないの?」

「うん……お父様が今日は家で急な用事があるから帰って来いと」

レイチェルは気まずい様子で視線を反らす。

「それなら仕方ないわね」

それが家の意向ならレイチェルは従うしかない。

「うん。明日からは学園に来る?」

「もちろん」

レイチェルは私の返事を聞いて、表情を明るくすると、家の馬車を待たせているからと駆けて行った。

わざわざ私が出てくるのを待っていてくれたのだろうか。

そう思って申し訳なさと、心が温かくなるのを感じる。


祭壇が設けられたのは、学園の中にある礼拝堂だ。

全校集会などをたまにこちらでとりおこなうことがあるため、生徒が入れる様、かなり大きな作りになっている。

祭壇には、死体はないと聞いてる。

空の棺が置かれていた。

「きゃっ」

と、小さな女子生徒の声がする。

「どうしたの」

人並みをかき分けて行き、悲鳴を上げた女子生徒から話を聞くと、棺の中に彼女を模しておさめられた白いドレスがあり、その中にカブトムシが見えたという。

「え?」

思わず声が出た。

私も状況を確認するために、棺の中を覗きこむ。

白いドレスと確かに……カブトムシ。本物ではない。

それに模した小さなぬいぐるみが見えた。

ここで、騒ぎを大きくしてもいけないと思い、

「何か手違いがあったのでしょう。さあ、もうすぐ始まるから席に着きましょう」

令嬢パトリシアとして威厳のある声でそう言うと、女子生徒も頷いた。

しかし、ぎょっとしていたのは私の方だ。

祭壇の隅の方に、フクロウ、カラス、ひばり、紅色の混じったスズメ、はと、トンビ、鷦鷯、つぐみ。様々な鳥の、ぬいぐるみが整列していた。なぜあんなにも鳥を揃える必要があったのか理解に苦しむも、もしかしたらアリスが好きだったのかもしれないという結論に至り落ち着いた。


追悼集会が始まり、聖職者による祈りがささげられ、殿下により哀悼の意がささげられた。

ここまでは、粛々と執り行われ、私はただ俯き加減にその様子を見守っていた。

アリスを黄泉の世界へ送り出すための鐘がなさられる。

特に何事もなく終わり、ほっとして礼拝堂の外に出ると、鐘撞の男たちが不思議そうに集まっていた。

どうしたのですかと、声をかけると、取り囲んだ男たちの真ん中には似合ない牛のぬいぐるみ。

「これは?」

「それが、全くわからないのですが。これが鐘楼室の中に落ちていまして誰かの忘れ物なら届けてあげたいと思うのですが……わざわざそんな所に忘れるでしょうか」

その話を聞いてはっとした。


マザーグースの歌だ。


 だれがこまどり殺したの?

 わたしとつぐみが言った。弓矢で射って……


恋シロの中で、詩の暗唱をする場面がある。その時に主人公が誰もしらないその詩を暗唱してみせ、クラスのみんなを驚かせる。そんな場面があった。

(後日、レイチェルにもちろんその詩を知っているかと聞いてみたが知らないと言っていた)


この世界には存在しない詩なのだ。



――犯人は私と同じ、前世のキオクを持つ人物だろうか。



そして、それは一体誰か。




葬列からの帰り道。

ふと顔を上げると、画面が凍り付く様な間隔を覚える。

黒づくめのコートにくるまり、きょろきょろと周囲を見回す仕草を見せるのは、ジューク卿。

別名、ハンプティダンプティ。

見た目は品の良い紳士を紳士を装っているが、全く良い噂を聞かない。

貴族籍は有していないが、昵懇にしている高位貴族はいると聞く。今日のその伝手で学園に立ち入ったのかもしれない。もちろん、ブラック家は特別に関わったことはない。もしかしたら、あるのかもしれないが、私は聞いたことはない。

ジューク卿が何を生業としているのか。

彼は人の弱みや秘密を握り、情報などを法外な金額をふっかけ売りさばいている。

高位貴族たちは自分がその被害の対象にならない様に、保身のために手を繋いでいるのだ。彼と仲良くなるメリットはそれ以上でも以下でもない。

「ねえ、貴女聞いた? あの、例の伯爵家に勤めていたメイドのメリー。ハンプティの所へ行ったのですって」

「ええ? 信頼の厚い方だと思っておりましたのに」

「好いた方が出来たみたいで、まとまったお金が必要になったのでしょう」

後ろで、ひそひそと噂話が聞こえ、耳をそばだてていた。

とある伯爵家に勤めるメイドが、ハンプティの所に恐らくその勤めていた伯爵家のものの情報を売りに行ったというものだろう。

「ねえ」

振り向いてそう声をかけると、二人のメイドは話を止めて、ピクリと体をこわばらせる。

「あそこにいる、ジューク卿については、ご存知?」

パトリシア・ブラックと交友関係のある令嬢に聞いたとしても、臭い物に蓋をするように”存じ上げない”の一言で終わってしまうのだろうが、メイドは従順に教育されている。

二人は顔を見合わせながらも、恐る恐る頷く。

どちらかと言うと、ジューク卿はメイド達の方が身近に感じる存在なのかもしれない・

「以前、ここにいたローラ・ドリーと言う方が、ジューク卿はの事を知っている可能性はあるかしら?」

歯に衣を着せぬもの言いでそう聞いた。

目の前の二人のメイドは困った様に視線を彷徨わせたので、二人の手に金貨を一枚ずつ、握らせた。

「あると思います」

隣のメイドに小突かれながらもそう答えた。

「黙っていても、いつかは、誰かから漏れるのだわ」

「そうだけど……。そうね」

パトリシアが口を開く。

「ここで聞いたことは、誰にも言わないわ。私の家名にかけて。それで……もし、他に知っていることがあれば教えて欲しいの。亡くなったアリス嬢のためにも」

今、葬送が行われていた教会にそっと目をやると、二人のメイドは覚悟を決めた様に頷く。

「実は、ローラはなにか情報を持っていくような事を」

「私も聞いた。家に帰らなければならなくなってしまったのだけど、どうしてもお金が必要だからと……」




眠たい目をこすりながらも、きっちりと学園の制服に身を包み、向かったのは授業で使用する様々がしまい込まれた倉庫である。

朝靄の中で、倉庫がぼんやりと明るい。

中に人がいる気配がわかってほっとする。

「おはようございます」

なるべく明るい声で、扉を開けそう声をかけると、こちらを振り向いたのは、前世のキオクで言う用務員のおじさん。

間にあってよかった。本当はちょっぴり少し遅くなってしまったのではないかと思ったのだ。

確か、用務員のおじさんの名前をモワノから聞いていた。確か、ダニーと言ったか。

七十代くらいではあるが、機敏な動きで目を丸くして、

「ああ、おはようお嬢さん。ずいぶん早いね。忘れ物か……なにか入用?」

ダニーは人のよさそうな笑みをたたえ、手を止めると、こちらに歩み寄ってくる。

「いえ、ダニーさんに少し伺いたいことがありまして」

「一体なんだい?」

「アリス嬢が亡くなった時の事なのですけれど……」

「ああ……なんとも痛ましい事件だ。未来ある若者が命を落とすなんて、本当にむごいことだ」

顔を暗くして、額に手をやる。

「それで、お嬢さんは彼女の無念を晴らしたいと……。そうだよな。それで、私に聞きたいこととは?」

こちらから何か言った訳ではないが、上手く勘違いしてくれた様で、あえてそれを訂正する必要もないと思い、なるべく憂いのありそうな表情をつくり、しなだれる様に頷く。

「弓矢のことについてだったのですが。ここに保管されている弓矢の在庫のチェックはいつもこのくらいの時間にされるのですか?」

「そうだね。夕方だと、自主練習をする生徒さんもいるので、個数のチェックをしても数が合わないことがほとんどだから。今はこの時間にと決めているよ。それでも早朝練習でという生徒さんが。今日のお嬢さんの様に来ることはあるかな」

ダニーの話に頷く。

「あの日の前後の日にちも合わせて、弓矢が紛失したと言うことは無かったのですか?」

ダニーは首を傾げている。

「騎士団の方にも色々聞かれたんだが、そう言ったことは無かった。もちろん、生徒さんが亡くなって、その時点で弓矢は現場にあるのだから、この倉庫には一つ分無いとなるのだけど。それに毎日、記録してあそこにある表に記録しているが、最近そういったことは無かったな。もしあったら、先生の方の報告をすることになっているし」

ダニーの様子をずっと見ていたが、親切心からそう答えてくれるのはわかったし、嘘をついている様にも見えなかった。

「アリス嬢が亡くなった前日に、弓矢を持ち出した人はいませんでした?」

「いや……、私もずっとここに居る訳ではないからな」

ダニー申し訳なさそうに項垂れる。

それは仕方のないことだ。

「お忙しい中、ありがとうございます」

そう言って踵を返す。

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