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視点が変わります。
「ラリー様」
アリスが上目遣いで、慎ましくそう名前を呼べば、ラリー・アルトガンはいつでも微笑んで、アリスを振り返る。
「どうした? またあの女に陰口を叩かれたか?」
あの女と言うのは、パトリシア・ブラック公爵令嬢。
「いいえ、そんな事は……」
アリスはふと視線を反らす。
(そんな事は実際にない。いや、本当は【恋シロ】のストーリーにはそうあったはずなのに、なぜだかわからないが全くそんな気配すらもないのだ。この世界は【恋シロ】の世界のはずなのに)
アリスの内心は、もどかしさで溢れていたが、まさかこれをラリー殿下に素直に話す訳にも行かない。ラリー殿下から見ると、今のアリスの仕草は、ただ、言いたくても言えない。そんな恥じらいを見せる頼りげない令嬢に映るだろう。
「本当にそんなことはないのです」
「でも、君はとても困っている様に見える」
ラリー殿下はアリスの瞳を覗きこむ。
(本当に何もないから困っている)
まさか、そうは言えないので曖昧に笑った。
ラリー殿下の後ろに控えて立つ男からは、かつてない程の冷たい視線を浴びせられる。
彼の名はオルティス・レイトン。
レイトン公爵家の次男。
レイトン家の長兄は、家名を継ぎ、公爵家の領地の運営を一手に担っており、彼の父は現宰相の地位を賜っている。
次男のレイトンはラリー殿下と歳も近かったことから、側近候補に。
めきめきと頭角を現し、側近からいずれは、父の跡を継ぎ宰相にまでのし上げるのではと言われている。
(私はヒロインだから)
そんな気持ちでオルティスに近づいてみたが、結果はこの様。
逆に、“貴女は悪意を持ってラリー殿下にも同じように近づいているのですか”と疑われる始末。
まさか、ハッピーエンドを目指しているとは、言っても信じてもらえないだろうということぐらいは莫迦でもわかる。
前世で知っている物語のストーリー通りには事は運ばない。
良かったのは、ラリー殿下の気持ちが真直ぐにアリスに向いているということくらいか。
「……私はただ、皆さんと仲良くしたいと思っているのですが、なかなか上手くいかないものですね」
目の前でアリスの言葉を待っているラリー殿下にそう言って眉尻を下げる。
殿下はアリスの言葉を鵜呑みにして、心が美しいっとか、褒め言葉を述べるが、アリスにはその言葉が染み込まない。
視界の隅にはずっと、無表情でこちらを見るオルティスの顔がある。
それが誰かの顔に重なる。
パトリシア・ブラック。
彼女だ。
パトリシアはストーリー通りにアリスをいじめるどころか、目の端にも入れない。興味が無いと行った具合に全くアリスを視界に入れようともしない。
(私がヒロインなのに)