4、
ヒロインである、アリスが犯人を捜すために、まず最初に始めたのはヒロインの普段の様子を知ることだった。
本来はブレーク男爵の所に乗り込んでみようかと思っていたのだが、それをモワノの相談すると、流石に止められた。
「もし、お知りになりたい事項があるのならば私を含め、使用人一同でお調べさせていただきますから」
ブレーク男爵は、何度か夜会で見かけたことがあった。
悪人面をした人相の悪い男だったと記憶している。話かけられたことはないので、実際にどんな人物なのかわからないけれど。
正直、私。パトリシアとして生きてきた自分を含め、ヒロインである彼女について全く興味がなかった。
前世のキオクが戻る前。
ラリー殿下と彼女がいる所に遭遇し、苦言を呈したことはあった。
しかしそれは悪口や陰口ではなく、本当に彼女のマナーがなっていなかったため注意をしただけだ。
(例えば、食事の時に野菜と小さく切って食べるのはダメとか)
アリスのマナーが悪いと、必然的に一緒にいるラリー殿下の評判も落ちる。
ただ、それだけの理由。
殿下とアリスが二人でいることについてそれほど、感情を乱されたことはない。
ある意味、抱えた傷の痛みを感じない様にするため、感情をコントロールすることに長けていたといえばそれまでだが。
調査で、学園内でもアリスと親しかった人物は――あまりいないことが分かった。
一番親しい人物は、殿下だろう。けれど、彼にアリスの生前の様子を聞くのも憚れられる。
仕方なく、同じクラスの何人かの生徒に話を聞いてみたが、皆の回答は【殿下と仲の良かった令嬢】と言う印象しか持っていないことを知った。
一人だけ、「『大切なものをなくした』としばらく落ち込んでいらっしゃるお姿を見たことがあります」
と、証言をしてくれた女子生徒がいた。
――大切なもの。
アリス・ブレークにとっての大切なものとは一体なんだろう。
私自身が学園内で聞き込みをする傍ら、ブラック家の伝手も使って、アリス・ブレークなる人物について調べた。
ちょうど昨日、報告書がもたらされ、書かれているのは以下の内容だった。
【アリス・ブレークについての情報】
・内向的な性格だった
・部屋で一人過ごし、書き物をする姿がしばしば見られたとメイド(元)ローラ・ドリーの証言。
・メイド(元)に『彼女が大切にしていたものについて』確認したが、わからないと回答。
私はこの報告書を見て、そのメイドがなぜ辞めたのか? と、言う疑問が浮かんだ。
また、そば仕えのメイドであるにも関わらず、アリスの事をそれほどに知らないのはなにか他に理由があるのだろうか。
家にいる時間はほとんど何かしら顔を合わせることも多いだろうに。
考えても答えは出ない。
急遽、そのメイドに約束をとりつけ、私は会いに行った。――
訪れたのは、学園から一時間ほど馬車で走った所にある、鄙びた田舎町。
驚いたのは、家は最近修繕をされたのか、真新しいレンガの壁が積み上げられていることだ。家をノックするとそこから現れたのは、私より三、四歳ほど年上の女性が顔を覗かせる。
「急にすみません、パトリシア・ブラックと申しますが、ローラ・ドリーさん?」
私は、目の前の相手に敬意をこめてそう言った。
普通であれば、高位貴族である私がこんな態度を取ることは望ましくない。
しかし、前世のキオクがある私には、この様な場合はこうした方が良いのだろうということがなんとなくわかった。
ローラ・ドリーも、まさか、パトリシア・ブラックである私が、この様な態度を示すと思っていたんかったのだろう。少し驚いた様子で、その後、気が付いたように大きくお辞儀をした。
「こちらこそ、挨拶が遅れました。ローラ・ドリーです。いらっしゃることはお伺いしておりました。どうぞ中へ」
私は会釈をして家の中に入る。
生活感あふれる家の中。その中に、ブラック家にはない、こじんまりとした温かみを感じた。
「すみません。今すぐにお茶の用意を」
いそいそと、部屋を出て行こうとした様子を手で制す。
「お気遣いは非常にありがたいのですが、私もあまり時間がないものですから。単刀直入にいくつか質問をさせていただきます。――まず、貴女が以前に仕えていた、アリス・ブレークさんの死についてはご存知ですね?」
ローラ・ドリーはわかりやすく、顔を暗くして「はい」と頷いた。
「私は、彼女の死の真相を調べているのですが、ドリーさんから見て、アリスと言う令嬢はどんな方だったか教えていただけないかしら?」
「はい。……私がお話することはそれ程、多くはありません。私もブレーク家以外のお屋敷にも少しお世話になったこともありました。その経験から申し上げると、少し変わったお嬢様だと思った印象があります」
「変わった? それはどういった?」
「そうですね。失礼かもしれませんが……今のパトリシア様の様な印象です?」
「私?」
ローラ・ドリーが何を言わんとしているのかが、わからず私は首を傾げる。
「その、ご不快に思われたら申し訳ないのですが、一般的なお貴族様は……その私の意見なので不快に思われたら申し訳ないのですが、その、私の様なものとは別世界に存在される様な感じで、完全に一線を引いて私どもと接されます。ですが、パトリシア様は先程、私に寄りそう様に発言をしてくださいました。そのアリス様もそれに近い様な雰囲気がありました。……先ほども申し上げましたが、私一個人の感想なので」
「大変参考になりました。それで、貴女がブレーク家をおやめになったのは何かご理由が?」
「実は、母の急病で……」
「ごめんなさい。どちらかのお部屋にお母様が?」
「いえ、お医者に診ていただき、だいぶよくなりましたので」
「そう良かったわ。それで……不躾な質問だけれど、そのお金はブレーク男爵家から?」
前世のキオクでは、医者には身分関係なく誰もが診てもらえる環境があったらしいが、この世界ではお金がものを言うため、誰もが診てもらうというのは少々難しい。お医者様からはそれなりの金額を要求されるからだ。
それに心なしか最近家の改修工事もなされたように小ぎれいになっているので、その費用はどこから出たのだろうかと少し気になった。
「私が稼いだお金よ。問題ないでしょう」
いきなり声を荒げ、突き放した言い方をしたローラ・ドリーは、はっとなってすぐに謝罪の言葉を述べた。
「元気になったと言ってもまだ、これから母の世話があるので、そろそろよろしいでしょうか」
「ええ」
私は素直にその言葉に従い、家を出ると、ローラ・ドリーが後ろでドアをぴしゃりと閉める音が聞こえた。
パトリシアは特別な情報は得られなかったとがっかりしながらも、馬車に戻るしかなかった。
この田舎町には不似合いな程の豪奢なブラック家の馬車。
帰り道。
ちょうど畑仕事をしている村の人がいたので声をかけた。
「すみません、少しお話を伺っても」
顔を上げたのは、土で顔が汚れた、年配の男性だった。
「なんだ?」
馬車と私の様子から貴族だと気が付いたのだろう。少し不思議そうな表情を見せながらも、手を止めて、私の言葉に答えてくれた。
「お忙しいところすみません。少し伺いたいのですが、向こうの家にお住まいの、ドリーさんの事なのですが?」
「ドリー……ああ」
年配の男性は、訝し気な表情を見せる。
「ご家族の体調はいかがなのでしょうか? 私以前、ドリーさんが勤めていたお屋敷のご令嬢の友人なのですが、彼女が非常に心配をしていたので……ちょうど通りがかったので、もしやと」
色々と適当に言葉を並べ、少し感情を声にのせると、男性は信じてくれたのか表情を緩める。
「そうかい。そうだな、確かに娘さんがメイドの仕事を辞めて家族の面倒を見るために、家に帰って来たようだ。母親の具合は、わしも詳しくは知らんが、悪くはなっていないと聞いている」
「よかったです。ドリーさんのお家の前を通った時、非常に小ぎれいなお家で……大丈夫と思いましたが、しんとしている様な感じだったので」
「ああ。あそこのお母さんは普段横になっているから、うるさくできないのだろう。それに、そうだそうだ。辞める時に、たんまりお給金をもらえたと言って、はじめはそんなことあるかと思っていたが、家の改修工事をどんどん進めてね。村の教会にも大きく寄付金をしたようだ」
だいぶ金の羽振りは良いようだ。
果たしてブレーク男爵家はそれほどお金持ちだったろうかと考える。
「ありがとうございます。そのお話を聞いて安心しました」
私は礼を言うと、金貨を渡す。
男は顔を明るくし、とんでもないと恐縮していた。