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14、

ラリー殿下との約束まで後、一週間にせまる。


この日、私はブラック家の自室に閉じ込められていた。

レイチェルに誘われた、枢機卿のコンサートのことが、ばれてしまい、学園だけは行ってもいいが、一週間は寮にも帰らず、ブラック家のタウンハウスに帰る様にと言われていた。

そりゃ、タウンハウスの前にレイトン侯爵家の子息オルティスを連れて帰って来れば、それなりの騒ぎになる事はわかっていた。

もちろん、私はまだ名目上、ラリー殿下の婚約者である。

その立場を忘れて、行動してはならないと。

正直、まさかあんな事件がおこるとは思ってもみなかったのは事実。

何事もなかったから良かったものの、一歩間違えばどうなるかわかったものではない。

両親を心配させてしまったことは心から反省している。

今回のことで、領地に行ったきりの兄からも慌てた手紙が届いたので、よほど心配させてしまったのだ。


しかし、枢機卿のコンサートに行ったことでの収穫もあった。

アリス・ブレークも前世のキオクを持っていと思われる事実。

確定事項ではないが、もしそうだとすると真相に近づく大きな一歩であるのではないかとわたしは感じる。

もちろん、ストーリーの中では当たり前のことなのだけど、今、この現実で”前世のキオク”は異質だ。

”前世のキオク”で語られる物語は、この世界の予知物語であるとも捉えられる。

この世界の未来を少しでも知っていたら。

普通はそれを悪用しようと考えるものがあってもおかしくない。

それから……、アリスを通して、前世のキオクを知った可能性のある人物が他にいるのではないかとも思う。

一番その可能性があるのが、前に一度あった、職を辞したと言う男爵家のメイドである。

もう一度、辞めたメイドに会って話を聞く必要があると思い、立ち上がる。

「モワノ馬車を出して」

私の急な物言いに、一瞬驚いた顔を見せ、「公爵様からは……」と言葉を濁したものの、私が必死で頼み込むと、神妙な表情を見せながらもこくりと頷き、すぐに準備を始める彼女には流石だと思う。

「行先は?」

「ローラ・ドリー」

それだけで分かったのだろう。

「かしこまりました。寄り道は致しませんからね」

「わかってる」

ほどなくして、馬車の用意が出来たようだったので私は、外出用のコートを羽織り、他の使用に見つからない様に部屋を出た。




なんと切り出せば、彼女は腹を割るだろうか。

お金?

権力?


馬車に揺られ、色々と考えながらも、良い案が浮かぶこともなく、大きくため息を吐いた。

目の前でモワノが気づかわし気な表情を見せたが、気が付かないふりをして窓の外に目をやった。



「一体、何なの? お貴族様だからって、なんでもしてもいいと思ったら大きな間違いよ」

再訪した私に向かって、ローラ・ドリーは非難の目を向けた。

「もう少しだけお話をお伺い出来たらと」

「もう話すことなんてありませんわ。第一、ブラック家の令嬢と男爵の家の令嬢になんの接点が……まさか殿下に絡んだことで?」

ローラ・ドリーは悪い顔をして、ほくそ笑む様にそう言った。

その瞳は(お前がちゃんと殿下を繋ぎとめておかないから、男爵令嬢に奪われるのだ)と言っている様に見える。

「人、一人の命が犠牲になっているのです。それに身分も何も関係ありません。私は純粋に、彼女の犯人を探し出すことに全力を尽くしております」

半分嘘で、半分本当。

それでも、パトリシア・ブラックとしての令嬢の大きな仮面をかぶって毅然とそう言えば、ローラ・ドリーも表情をなくした。

「貴女に伺いたいのはジューク卿を知っているかどうかです」

「あっ……」

ローラ・ドリーはその名前を出すと、わかりやすく視線を彷徨させ、面白いくらいにひるんだ。

「やっぱり……貴女はジューク卿にアリスさんの何か大切なモノを情報として売ったのだわ。そんな事をして流石に男爵家ですました顔で仕事をやっていけないからやめた。オカシイと思っていたの。ブレーク男爵家はそれほど裕福な家ではない。なのに村の人は羽振りがいいと言っていた。それはアリスさんに関する情報を売って得たお金なのではないでしょうか」

ブラック家であればあり得る。ブラック家のメイドには強い守秘義務や様々な契約がなされるため、その対価として高額の給金を支払っているのをパトリシアも知っている。

ローラ・ドリーは打つ手なしと思ったのか項垂れる。

「私は一体どうしたら?」

「知っている全てを話して欲しいの」

表情はかすかに逡巡の色を示していたが、強い視線で睨みつける様に彼女を見ると、諦めたのか、

「わかりました。ここではアレですから……どうぞ」

大きく家の扉を開け、招き入れるので、礼を言って、家の中に入る。

「……お茶でも?」

申し出を断った。残念ながら時間がない。両親に、公爵にバレる前に帰らなければならない。

話を促した。

「前にも言ったかもしれませんが、アリス様は変わった方でした。貴族ですが、貴族らしからぬ方で。元々、平民……ご存知ですよね? 平民の出自で男爵家の養女となった方ですからそうなのだろうと思っておりました。ですが、事あるごとに『私はヒロインなの』ですとか、『私は未来皇后になるのよ』など、少々頭のオカシイ発言が多く、これには男爵夫妻も頭を悩ませていました。もちろん私も、笑顔で話を聞いておりましたが、(それが仕事ですからね)ですが、あまり信用に足るお方ではないなと思っていたのは事実です。……その亡くなった方を悪く言うつもりは毛頭ございませんが、ありのままにと仰られましたので……」

申し訳無さそうな表情に、頷きながら話を促す。

「アリス様は流石に、自身の話がとうてい他の人には理解できるものでは無いということを悟ったようでして、ある時を境にぷっつりと話をされなくなりました。そこ頃から、一人で部屋にこもる様にもなりました。何をなさっているのだろうかと思って、アリス様が外出されている時――部屋の掃除の際にですね、たまたま一冊のノートを発見したのです。それが……」

「もしかして、それね。彼女が『大切なものをなくした』と言っていた」

以前、アリスのクラスメイトからそんな話を聞いたのを思い出してそう言う。ローラ・ドリーは頷いた。

「多分そうだと思います。引き出しの奥にしまいこんでいらっしゃいましたから。私がくすねて、売りに出した頃。無くなったのがわかると何度も私にノートの行方をたずねました。まさか、本当の事を教える訳にはいきませんから、わからないと答えておりましたが、何度もそう聞かれるのが流石におっくうになりまして、お屋敷をやめましたの」

「そのノートにはどんな事が?」

「さあ、中身はよくわかりませんでした……」

「それはどういった?」

「恐らく文字だと思うのですが、この国の言葉ではない文字で綴られていましたので」

大きく目を見開いた。

「今そのノートは?」

「さあ、売ってしまった後の事はわかりませんので」

「ジューク卿に?」

ローラ・ドリーは目を反らす。

それ以上は聞き出せる情報はないと判断し、謝礼として金貨を数枚握らせるとそこを後にした。

馬車に乗り込み、小さなハンドバックを開ける。

中には手紙が一通入っていた。

今朝、執事から受け取り、何度か目を通していた。ラリー殿下からの手紙だ。


【君の刑執行まで後、一週間に迫った】


手紙の内容はこれだけだ。

婚約破棄にならない限り、正式な婚約関係は続いている。なのに婚約者に送る手紙がこの様な脅迫じみた手紙とは、殿下はどんな神経をしているのかと思わずにはいられない。

しかし、逆に腹が決まったのも事実。


こっそりと、ブラック家の屋敷に到着すると、心配そうな表情のモワノが出迎える。

私はなんでもない風を装って早口に、

「ジューク卿にアポイントメントを取って欲しいの。出来ればブラック家の名前は出さずに」

そう指示を出した。

「お嬢様?」

モワノは素っ頓狂な声を上げる。そうなるだろうとは思っていた。

ハンプティダンプティの元に貴族令嬢が向かうなど、前代未聞である。

「私のために必要なの」

有無をいわさない、高位貴族特有の威厳にみちた言い方をして、反論を受け付けないという意志表示から目を閉じた。

しばし沈黙があったが、モワノが「わかりました。今日は難しいと思います。明日ならば……お嬢様の自宅謹慎の期間も解けると思いますので」と言ったので、心の中でごめんと呟いた。


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