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11、

連れられた来たのは演奏会のホールの観客席。ただの席ではなく、ボックス席である。

席から舞台と観客席が見える。まだ観客を入れていないらしくがらんとしていた。

レイチェルが入り、私が入る。最後にマクテルがボックス席に入るとぴしゃりと扉を閉めた。

仮面を外したマクテルはこちらを見ると、見たこともないほど、いかめしい顔つきをしている。

「一体、なんだってこんな所にいるんだ? 僕は絶対に来るなと言ったはずだけど」

「……っ」

レイチェルはうなっただけで言葉が出てこない。

いつもとは異なるマクテルの姿に、戸惑っている様にも見える。

マクテルは次にその視線を私に向ける。

言葉にはしないが、『なぜ、君がいながらこんな事になったのか』そう怒られている様で居た堪れない。

「申し訳ございません」

自ら頭を下げた。

「パトリシアは悪くないの。私が、一緒について来てと言ったから」

レイチェルはそう言って庇う様に私の前に立つ。

マクテルは大きな溜息を吐いた。私はレイチェルの後ろで更に大きなため息を吐く。

正直、レイチェルがそう言ってくれて助かった。マクテルは、なんだかんだレイチェルには甘い。しかし、私にはそうも行かないだろうと言うことが予想されていたからだ。

「ともかく君たち二人は何があってもここから出歩かない様に。むやみにふらふらされると危険だ。いいね?」

「じゃあ、マクテルはなんで?」

レイチェルは自分自身を取り戻して来たのか、そう言い返してみせる。

「色々と事情がある。ともかく僕はもう行かなければいけない。何度も言うけれど、ここから出ない様に。あまりにも危険だ」

マクテルはレイチェルに念を押す様にそう言い聞かせて、ぎろりと私を見る。その視線にごくりと唾をのみ頷くしか出来なかった。マクテルはボックス席から出て行き、扉を閉めたと思うと、ガチャガチャと金属音がして、そこから足音は遠ざかって行った。

残された二人は顔を見合わせる。

レイチェルが扉のノブを引いて、押してみたがびくともしない。

「鍵がかかっているみたい」

マクテルに物理的に閉じ込められた様だ。

二人が閉じ込めらた個室の観覧席は長細い造りをしており、奥に観客席のゆったりとしたソファーが、観覧席とボックス席に入る扉の間はパーティションがあり大きなソファーと、洗面(簡単なバスルームも)が設けられている。

つまり、ちょっとした逢引の部屋としての機能も果たすと言うことだ。

枢機卿は私設でこの様な造りの劇場を有しているのだ。そして招いく客が先ほどの――通りすがりにみた面々を思い出してぞっとする。

確かに、朧気に覚えている前世の記憶では、枢機卿は裏で若い芸術家にパトロンを紹介すると言うようなことをしていた。つまりそう言うことなのだ。

「こちら側から鍵は開けられないみたい。一体どうなっているのかしら」

まだ一人で扉と戦っているレイチェルの声が聞こえて少しほっとした。

「ともかく無理なものは無理なのでしょう。ねえ、こっちの観覧席へ来て。観客が入って来たわ」

パトリシアの言葉に素直に応じたレイチェルは隣のソファーに音を立てて座った。

二人は無言で観客席に流れ込む人々を眺める。

枢機卿はどこにいるのだろうかとキョロキョロと見渡して、主催者が早々に観客席に出てこないだろうと思って顔を引っ込めた。

数名がこちらをちらりと見てくる。顔を引っ込めたのは嫌な視線を感じたからでもある。

中には見た覚えのある顔もある。確か以前、枢機卿が行う祭典で見かけたことがあったと。

現ブラック家当主、パトリシアの父はそれほど信心深くはないが、それでも慣習的に。また周囲の目を気にして儀礼的にそういった祭典にも出席しているのだ。

「ごめんね」

隣のレイチェルが視線を合わせずにそのまま言葉を続ける。

「マクテルがあんなに怒っているのを初めて見たわ。私、彼とはずいぶん長い付き合いだけど。いつも、どこかつかみどころがなくて、何を言っても曖昧な返事しかしてくれないのに……あんなはっきりとした怒りは初めて感じた。私……嫌われたらどうしよう」

レイチェルは必死に涙をこらえ、肩を震わせる。ぽんと肩に手を置いた。

「大丈夫よ。それに……」

あの様子のマクテルはレイチェルの事が心配なのだ。嫌いになる訳がない。そんな事はあり得ない。

私も迂闊だった。

来客の顔ぶれを見て、今回の演奏会は若い令嬢が気軽に来れる様なものではないと肌で感じていた。その時点で引き返せばよかったのかもしれない。

レイチェルに慰めの言葉をかけようとした所で、ノック音がした。

二人は一斉に扉の方に視線が向く。

こちらからは開けることが出来ないので、様子を見ていることしかできない。

「マクテル?」

レイチェルは首を傾げているが、パトリシアはそうは思わなかった。マクテルならすぐに鍵を開けて入ってきそうなものだから。

じゃあ、一体……誰?

少しして、再度ノック音がして、今度はドアノブをがちゃがちゃとこねくり回す様子。

ドアは頑丈で、防音対策もされているのか、扉の向こう側に誰がいて、何を言っているのか、何をしているのか。その様子まではこのボックス席の中からはわからない。

二人はそのまま様子を見守っていると、その音もなくなった。

多分、諦めて去って行ったのだろう。

レイチェルに気付かれない様にほっと息を吐いた。

その後、ぞろぞろと人が着席していく観客席を眺めていると、ちょうどきた貴族の二人が、こちらを指さして、周囲の人を巻き込み何やら話をはじめたため、反射的に顔を引っ込める。

「ひっそりとしていた方がいいみたい」

レイチェルは苦笑いを浮かべる。

今になって、マクテルがあそこまで怒り心頭していた意味を身にしみて感じている様だった。

ともかく、他者からの視線を避けながら、二人は会場の様子を伺う。

演目が始まれば、自分たちへの興味もそがれるだろう。

会場が満たされ、少しずつ暗転したところで、急いで駆け込んで来た二人の男性の姿があった。

上等な身なりから、それなりに高位の人物であることが伺えたのと、気品のある雰囲気が他の観客とは違った。普段はこんな所に来る人達ではないのかもしれない。

二人のうち一人はオルティスと同じ髪の毛の色をしている。

彼がここに来るはずもないのに。そう思いながらもなぜだか彼に見えてしかたなかった。

会場が暗転し舞台に照明が集められ、マクテルが舞台に現れると、綺麗に一礼をする。

ピアノの演奏が始まった。

レイチェルは見たこともないほど柔らかい眼差しでマクテルを見ている。

何度か彼の演奏は聞いたことがあるはずだったが、改めてその音色に感嘆すると同時に、演奏するその姿に既視感を感じた、どこかで見たことのある風景だと――はっとした。

この光景はカラーの画像で見たことがある。前世のキオク。

そして、気が付く。この後に起こる事件について。

なぜ気が付かなかったのか。

思い出せなかったのか。

仮面をつけた人々のワンシーンの前後に膨大なストーリーがあったことを。

ピアノは美しい旋律を奏で、皆がその音に耳を傾け、会場中が静まっている。

演奏が終わった所でマクテルは立ち上がり、美しい礼を見せた。

そこに花束を持った一人の青年が舞台に駆け上がる。

マクテルやパトリシア立ち寄り少し年上の。

恐らく枢機卿がパトロンをしている芸術家の卵の一人だろう。

美しい薔薇の花束をマクテルに差し出す。

ぞくりとした。

マクテルはそれを笑顔で受け取ると青年は拍手をして舞台から駆け下りた。

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