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9、

その調査結果によると彼は植物や薬草学の研究を主としており、独自にいくつかの論文を書き上げ学会に発表しているが、どれもあまりに独創的過ぎるため、受け入れられず、爪弾きにされているという。

そもそも学会と言うのは、人々の生活や医療など役立つ情報などに対して、古今東西の学者が意見交換を行う場と言うのが本来の役割だそうだ。

その中でシドニー・コールマンは延々と新しい植物を発見しては、その毒性など興味の本人が興味がある部分だけをクローズアップし、緻密に調べ上げているが、じゃあ、それが何の役にたつのかと言われると、答えるのが難しいだろう。

全てが無駄だとは言わない。その中でも一割くらいは他の研究に役立つものもあるらしい。

本人は研究者として、それが面白くてやっているのだろうけれど。

私はその彼が書いた論文を事前知識として読み込んでいた。


「最近、発表された”コノハキマイ”に関する論文を読ませていただきました。とても興味深いと」

シドニー・コールマンはぱあっと表情を明るくする。

ちなみにコノハキマイと言うのは、小さな生物のことである。

一見の虫の様に見えるが、心臓があり全身に血液を送り出す器官を持っている。

「ええ。やつらはその辺りのごみだめに落ちている様な枯れ葉ばかりを養分にしている。生息するエリアで一番おいしい植物がグレゴンであるのだが、絶対にやつらはグレゴンを食べない。なぜ食べないのか。不思議に思って、実際に、コノハキマイにグレゴンを与えてみたんだが、体に合わないのか死んでしまった」

なるほどと言う表情を作り、相槌を打つ。

グレゴンと言うのは薄皮に包まれた甘い果実のことだ。グレゴンは温暖な地域にしかなく非常に希少な果実である。

「グレゴンはあの地域に生息する動物、昆虫たちも含め、大切な栄養源である。グレゴンを求めて生存競争が行われているくらいのに、コノハキマイは全くそれを必要としないので、それを横目に見ながら堅実に生息しているとも言えるな」

「その……グレゴンはこちらに?」

「ええ。実は温室で栽培に成功いたしまして。もしご興味がおありでしたら、いくらでもお見せ致します」

ぜひにと立ち上がる。

シドニー・コールマンの案内で、温室に二人は向かった。

温室は彼の研究室も兼ねていると言う。

「私が当主となるからには、この研究室の更なる拡大を考えております。残念ながら兄は私が行っている研究や知識の重要性をわからない人だったので」

そう言った時のシドニー・コールマンの表情は憤怒の如く。はっと、存在を思いだした様に、「貴方は違う様ですが」色目を使った。

私はシドニー・コールマンを見て曖昧に微笑むと、不自然にならないように視線を反らした。

内心、この様なやり取りには辟易する。

爵位を継承することでパトリシアと対等な立場になれたと思っているのだろうか。

それとも女だからと馬鹿にしているのか。

どちらにしろ気分はよくない。

しかし、これも友人のためと沸々と湧き上がる感情に蓋をした。

ガラス張りの温室に入ると、ムッとした生温い風と異臭で生きた心地がしない。

「こちらです」

そう案内された先にはガラス張りのケース。その中には思わず、悲鳴を上げてしまいそうに成程、ブヨブヨとしたものが無数に存在し、蠢いている。

悲鳴をあげず、こらえたことを褒めて欲しいくらいだ。

「これは?」

「これが、コノハキマイです。可愛らしい。今日も元気そうだ」

そう言ったシドニー・コールマンとは一生分かり合えないだろうと心の中で思う。

「グレゴンは?」

「あれです」

示したのはつる性の植物であった。

「もし、宜しければこちらのサンプルをいただくことはできませんか?」

「サンプルですか?」

シドニー・コールマンは大きく目を見開いた。

「ええ、我が領地の亜熱帯の地域で新しい特産品を考えておりましたの。もしグレゴンの栽培に成功できれば、面白いのではないのかと。それで……もし、お礼がと言うことであれば、お金はおしみません」

まさか、殺人の捜査に必要なのでとは言えない。

しかし、私からの申し出もむなしくシドニー・コールマンは考えこむ仕草を見せた。

事前調査で、シドニー・コールマンはお金に困っており、交渉事にはお金を提示すれば上手く行くと、セバスチャンは分析してくれていた。

まさか難色を示されると思っていなかったので、どうしようかと内心どうしたものかと思っていた。

もちろんそれをおくびにもださなかったけれど。

「そうですね……ですが、対価は金銭のみですか?」

「え?」

思わず、素の感情を声にのせてそう言ってしまった。こほんと咳払いをする。

「他の……貴金属などが宜しいのでしょうか?」

平静を保って、そう聞き返えしたが、シドニー・コールマンはあまり納得できない様な表情だった。

「いえ、そうではなく」

シドニー・コールマンは真直ぐに私を見て、肩に零れ落ちた髪の毛をすくって撫でる。

ぞくりとした。

動けなかった。

まともに顔を見ることが出来ず、ただ真直ぐにどこか遠くを見た。

このシドニー・コールマンはパトリシアに正統な婚約者がいると知りながらこの様な振る舞いをしているのだろうか。

それとも私の噂を聞いて、どうせ捨てられ傷物になるのだろうからと思って手を伸ばして来たのだろうか。

この後、何をされるのか自分自身の身に何が起こるのかは考えてみればわかることだった。

今、これは受け入れなければならないのだろうか。

断ってもいいものか。

るぐると思考を巡らせる。

しかし、今、サンプルを手に入れなければシドニー・コールマンが伯爵の死に関わっていると立証させることが出来ず、友人を救うことも出来ない。

いっそ家の権力を振りかざそうか。

しかし、父は今回の一切を私に任せてくれた。父の顔の泥を塗る結果だけは避けたい。

シドニー・コールマンがの手が頬に、首に、肩のラインへと流れる。

もう何も感じなかった。

心が死んでしまった様に感じられた。

シドニー・コールマンがいきなり、はっとして手をはなし思いっきり振り返る。

「シドニー・コールマン」

聞いたことも無いようなどすの効いた声で温室に入って来たのは、オルティス――その人だった。

頭が真っ白になる。

なぜ、この人がここにいるのか。

まさか、さっきの場面を見られていたのか。

オルティスは二人の間に割って入り込む。

「コールマン伯爵の殺人容疑で捕縛する」

令状を見せると、そう言い放った。

引き連れて来た騎士達がわらわら入って来ると、シドニー・コールマンが言い訳する暇もなく、捕縛し引き連れられていった。

この人数の手練れの騎士相手に一人では流石に無理だと思ったのだろう。シドニー・コールマンは大人しかった。

その場に居た私もなにか事情聴取でも受けるのだろうかと思って、そこに残っていたのだが、ほとんどの騎士が引き上げて行った中、オルティスだけがそこにいて、温室で二人きりになる。

「あの男に気があったのか?」

なぜか、オルティスには不思議そうな顔でそう聞かれる始末。

「いえ。全く。そんなはずありません……ただ、そうしなければならないのか色々天秤にかけて考えていただけです」

それが本心だった。

オルティスはひどく難しい表情を見せながらも、そうかと頷いた。

「ですが、ありがとうございます。来ていただけなければ今ごろどうなっていたか。それから友人のことも」

丁寧に頭を下げる。

「君は……いや、……いい。ブラック公爵より情報があったので。ブラック嬢がコールマン伯爵の死について疑問をいだいていると」

「お父様から?」

今になってほっとしたのか体から緊張の糸がとけていく。

なんだかんだ、お父様は全てを見据えていらっしゃるとのだと今度こそ頭があがらなくなった。

オルティスは何か言いかけたが口をつぐみ、そのまま温室を出て行った。

その様子を私は首を傾げ見送っていたが、オルティスが引き連れていた、レイトン家の騎士団が証拠押収などの捜査のため出入りをしていつまでもここにいる訳にも行かないのと思い温室を出た。

ようやく新鮮な空気をすってほっとしていた所に、馬車で待たせていた侍女のモワノが駆け寄ってくる。

「お嬢様、外で待っておりましたら騎士の方々が乗り込んできて……大丈夫でしたか?」

モワノの言葉がストンと胸にしみこんで、やっと笑えた。

「大丈夫。オルティス様が来てくださったから」

「やっぱり、あの方はオルティス卿だったのですね」

モワノはぴょこんと兔の耳が立つようにひょっこりとした表情を見せ、「素敵ですね」と呟いた。

「そうね」

相槌を返したが、モワノはすぐに言葉を否定して、ただ憧れている推しですと、照れ隠しの様にそう言った。

そんなに、否定しなくてもと思っいながらもここまで慌てるモワノも珍しいので微笑ましくなってしまう。

前世の私はオルティスに対して並々ならぬ感情を抱いていた。

――でも今の私は?

前世で感じていた感情はすっと流れていくだけ。

「帰りましょう」

もやもやとした感情を振り切る様に歩みを進めた。



週明け学園に登校すると、シエンナが嬉しそうな笑みを浮かべてパトリシアめがけて駆けてくる。

「ありがとうございます。パトリシア様、本当になんとお礼を言ってい良いか」

「おはようございます。復学できたのね。良かったわ」

「あら私ったら……おはようございます。これも全てパトリシア様のおかげだと聞いています」

シエンナはそう言って満面の笑みを浮かべる。

「聞いている? どなたから?」

「その……オルティス様より」

シエンナはちょうど、パトリシアの後ろを通る王太子に付き添うオルティスに目配せをした。

振り返った時にちょうど目があったので小さく会釈をした。

ラリー殿下は私には見向きもしないのでほっとする。

「私はちっとも。結局全てをしてくれたのはあの方で、シエンナが今ここにいられるのは全てあの方のおかげよ。屋敷や爵位は戻ってきたの?」

「ええ。全て戻って来ました。ただ、叔父がすでに使ってしまったものはもう戻りませんが。

そう言って落胆し肩を落とす。

どうせ自分のモノになるのだからと、既に売り払ったものや使った金額があるのだろかもしれないと察した。

「そうだったの……ごめんなさい、そこまでは気が付かなくって」

「パトリシア様のせいではありません。あの男は非常に……なんと言いますか、父を異常に嫌っていましたので、父に関連する品物については真っ先に売り払ったものがあったそうで。取り返せるものは取り返したいと思っています。ここからは私共の問題ですので、パトリシア様もそんなに哀しそうな顔しないでください」

そう言われて自分の表情に気がついた。口角を上げ、得意の笑みをつくる。

「何か、困ったことがあったら言ってちょうだい。私は、ブラック家はいつでも力になるわ」

「ありがとうございます。あと、父が――コールマン伯爵が亡くなった原因を突き止めてくださったと。何から何まで本当に」

「いいえ、シエンナが最後に食事をした時に違和感を感じたと言っていたから。それと、シドニー・コールマンが書いた研究論文をつき合わせてみたら、気が付いたの」

「まさか、グレゴンが原因だったなんて」

シエンナはそう言って肩を落とす。

コールマン伯爵が亡くなったのはグレゴンと言うフルーツが原因だった。

このグレゴンは健康な人が食べた場合は全く問題ないが、特定の疾患・特定の薬を服用している場合(特に血圧に関わる薬)を服用している場合は、心筋梗塞を誘発。死に至らしめる作用があるとわかった。

コノハキマイという小さな生物にも同じ原理が働くために食べると死んでしまう。だから、グレゴンを食さない。食せないのだ。

「まだ、市場には広く出回るフルーツではなかったから、伯爵様もわからずにそのまま食べてしまった」

「でも、あの男はそれをわかった上であえてグレゴンを」

シエンナはそう言ってわなわなと体を震わせる。

彼女の叔父である、シドニー・コールマンが悪意を持っていたのは明らかだった。

「研究の第一人者でありますものね」

言い逃れはできないだろう。

でも、私が出来るのはここまでだ。私が彼を裁くなど、そんなことは出来ない。

「少しだけ、聞きたいのだけど、叔父様はブレーク男爵と故意にしていたという話は聞いたことない?」

「ブレーク男爵?」

急に出て来た聞きなれない人名に一瞬顔をしかめてすぐに首を横に振って、なぜですかと聞く。

「グレゴンの話をした時にブレーク男爵の名前を口にしていたから……」

それから、私が秘密裏にアリスの死に関して、調べていることを言葉にはしないものの、含める様な素振りを見せた。

シエンナは私の言葉になんの疑いもなく、真直ぐな瞳をこちらに向け、頷く。

「うーん……私が知る限りは存知あげません。ですが、研究室として使用していた、部屋に資料がまだ残っていて、もしかしたら騎士団の方が捜査のために押収されてしまったものもあるかもしれませんが、私の方でもそういった証拠になりそうなものがあるかどうか探して見ます。パトリシア様のお役に立てそうなことがあればお伝えさせていいただきますね」

シエンナの好意に礼を言って、授業がはじまる鐘が鳴った。

彼女は深々と頭を下げ、小走りに教室へ向かっていく。

まだ、コールマン伯爵家の一員としてやらなければならないことはまだまだあるのだろうけれど、あの様子なら大丈夫だろうと思った。

それよりも大丈夫ではないのはパトリシアの方である。

結局、シドニー・コールマンの一件から、ヒロインの死に纏わるなにかを得る事は出来なかった。王太子と約束を交わしてから、二週間以上が過ぎてしまっている。

今の所、犯人の全く手掛かりは見つけられない。

ブラック家の力を借りて、男爵家について調査をしているところではあるが、全く手掛かりと思われる事項は見つけられない。ため息をつきながら、パトリシアも教室に向かおうとした所、

――騎士団で持って行った書類もある。

その言葉を思い出して、オルティスに直接聞いてみたら良いのだろうかとも思ったが、オルティスに言った言葉はラリー殿下に直接伝わるのではないかと思うと気が引ける。

しかし、あの時、彼が来てくれなかったと思うと……。お礼だけでも言いいたいと思った。


色々考えて後日。

ブラック家から御礼状と特産物の詰め合わせせっとを送るにとどめた。



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