兄妹の絆
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!」
野太い声、これは雄叫び。一体だれの?
『にぃにうるさいー。ここ一応貴族の屋敷だよー?もっとお上品にさー』
「そういうお前だって腹掻きながらぐーたらしてるじゃねぇか!あのメイドさんの顔を見てみろ、育ちが良すぎて見てて恥ずかしくなってるぞ」
「見ないでぇ!」
『こっちのセリフ……』
そう、あの雄叫びの正体は何を隠そう俺であった。何故あんな声をあげていたのかというと、話は少し遡る……―――。
◇回想◇
リーン嬢についてカイゼラフ公爵家に到着した俺たちは、暖かい歓迎を受けていた。
「いやはや私の愛娘を救ってくれただけでなく、ガンの町で起きたスタンピードにも多大なる貢献をしてくれたそうじゃないか。一人の父としても、この地の領主としても、この恩はしっかり返さねばならないね。本でもなんでも見て行ってくれ」
そう話すのはリーン嬢の父、グリス=カイゼラフ公爵である。
この公爵邸にはあとリーン嬢の母もいるのだが、おっとりのんびりした方で全然話さない。リーン嬢の家族構成では双子の兄二人がいるらしいのだが、ちょうど今学園都市の高等部らしく入れ違いになったらしい。会うとしたら学園都市でということになる。
2人の兄がもう学園都市に向かっているように、実はリーン嬢にも時間はない。夏休みの終わりは近づき、あと家にいられるのは精々2日というところ。それでだってぎりぎりだ。
なのでイリスはミラとルプスを連れ書庫に籠り、俺と天渡はぐーたらしているというわけだ。
『にぃに、なんでイリスは私たちを連れて行かなかったんだろうね?アホの子だと思われてる?』
「ばっかお前そんなん決まってんだろ。イリスの腕は2本、掴める腕も2本だったって訳だ。たまたまだよたまたま」
俺と天渡はそんな会話をしつつ、どこかイリスを見返してやりたい気持ちに芽生え、結果グリス公爵の執務室へと飛び込んだ。
「『たのもーーー!』」
因みにこの後から俺たちの側にメイドがつくようになった。
それはそれとしてグリス公爵は突然押し掛けた俺たちを追い出すことはなく、紅茶まで用意して話を聞いてくれた。流石にこの状況で出された紅茶をいらないとは言えず、俺と天渡は久しぶりの茶の味を楽しみつつグリス公爵に話を切り出した。
「学園都市の闘技大会について聞きたい?はは、興味あるかね。まあそうだろう、あれは参加する側も観戦する側も夢をみることのできる行事だ。私も毎年公爵家当主として観戦しているよ。話せることは、多いだろう」
リーンぱぱはまだ30代という若さに見えるが、何故だろう。300年以上生きてる俺たちよりずっと大人に見える。これが日頃の行いか?1日という時間をどう過ごすかでこうも成長に差がでるというのか。
俺はゆっくりと足を組み、紅茶のカップに手を添える。そして一口飲んでから、一言。
「これはいい茶葉だね」(イケボ)
『っ!?にぃに!それは――!!』
皆まで言うな、天渡よ。俺はそっと彼女の唇に人差し指を当て、それから流れるように頭を撫でる。そして――
「すまない、話の途中だったな。聞かせてくれ、あなたから見た闘技大会というものを」(イケボましまし)
『にぃに……うん、わかった。もう私なにも言わない。ただ……大人に、なったね……』
すまない天渡。お前を置いて俺は大人の階段を昇る。だが忘れるな、俺たちは兄妹。すぐにお前のことも引っ張り上げてやるぜ……。
そしてまた紅茶を一口。しかし今度は何も言わない。これの意味するところは、聞く姿勢が整ったってことだ!(ドヤッ)
「では何から話そうか。まずは、そうだね……君たちにはきっとリーンについて学園に編入するなりしてもらうことになるだろうが――」
うん?
「――学園は貴族も通う学び舎だ。公爵である私が身元を保証しても、素顔を鎧で隠したままではまず入らせてくれないだろう」
おん?
「だからシノブくんには鎧を脱ぐか別の仕事をしてもらうかになるわけだけど、そこで問題になってくるのが闘技大会のルールだ」
あん?
「闘技大会ではなりすましを防ぐため登録や入場の際などに素顔の確認が求められる。だがそれを一切受け入れないとなると、参加する方法もちょっと困ったものになる」
ぬん?……これはちょっと無理あるか……。
「その困った方法というのが犯罪者枠でのエントリーだ。闘技大会無差別級は文字通りどんな輩でも参加可能。優勝すれば犯罪者だって罪を消してもらえる、もちろん条件はつくがね」
これはちょっと雲行きが怪しいぞぉ?
「もちろん私としては実力あるシノブくんにそんな悪の道を進んでほしくない。しかしその鎧を脱げないとなると学園も闘技大会も入口で足止めを喰らうことになる、ということだけは先に話しておこうかな」
つまり、つまりだ……
『うわっ!にぃに役立たずじゃん!いらない子!?』
「おぉぉぉぉぉぉん、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん……!!」
天渡の心無い一言で撃沈した俺は、紅茶のカップを涙で満たした。
「はは、君たちはまだ子供だ。人生を諦めるには早いよ?自分にできることを、一つ一つやっていきなさい」
「おぉぉぉぉっ、うぐっ、えっぐっ、おぉぉぉぉぉん……!!」
グリス公爵の無自覚による更なる一撃で俺の心は破壊され、その足は客室へと戻っていった……。
そして冒頭へと戻る。
◇回想終了◇
「もう俺が学園都市でやることは悪の組織ごっこしかないんじゃないか?」
『にぃに素顔晒さないのー?妹目線でも普通にかっこいいと思うけどなー』
「そりゃお前『自由の白星』のイメージカラーにそぐわないだろ。そして想像してみろ、白に染まった俺の素顔を……」
『……なんかチャラそう。髪色って大事なんだねー』
そう、俺は黒髪が似合う男。もともと髪はオールバックに纏めてるけどそこに白という色を加えたら、ていうか全替えしたらそりゃもうチャラい。鎧で全部覆って初めて白が通る男なのだ俺は。
『でも悪の組織ごっこってなにするのー?そこのメイドであんなことやそんなことしちゃうー?』
「こないでぇっ!」
「いや行かねぇよ……そうだなぁ、この鎧は目立つから着替えて、一人冒険でもするか……?」
でもそれって別に悪の組織要素ないよな。いやどうしてもいれたい要素なわけじゃないんだけど。
これでも一応Bランク冒険者だし一人で依頼受けて時間潰すくらい別になんとも……いやちょっと寂しいな。
どうするかみんなとも相談したいがきっと出発まで書庫に籠りっきりだろう。俺から会いにいくでもいいんだけど折角の情報収集の場を邪魔したくないしなぁ……。
ていうかさっきから天渡の言葉にどこか投げやりな印象を受けるんだが、もしかして機嫌悪いか?今もソファに横になって腹掻きながらムスッと中空を眺めてるし、これはあれだな。怒ってるわけじゃないけど思い通りにならなくて行き場のない不満が頭の中で溜まり続けてるときの天渡だ。
さて、どうするか。このまま放っておくのは論外、かといって「何を拗ねてんだ?」と聞こうものなら不満は怒りにシフトする。
長い付き合いだ。こっちの世界に来てからのほうが長いのはそうなんだが、地球にいたころは多分、そう、1日の密度が違った。無限にある今の人生よりも、あの頃は1日1日を大切にしてた。そんな時期から一緒にいた妹のことなら、わかってやるのがお兄ちゃんってもんだ。
(考えろ考えろ、天渡は何に不満を抱いてる?)
天渡がこんな調子になったのは部屋に帰って来てから。でもその兆候はあの話の段階であったような気がする。
あのとき話してた話題で、天渡のやりたいこと、過去の言葉……。
考えてみたら結構簡単にわかる答えだった。きっと天渡は――
(闘技場で俺と戦い、勝って、チャンピオンになりたいんだな)
それがそもそも参加できないと聞いて、天渡は不満なのだ。それでも俺の素顔を晒したくないという意思を汲んで、怒ることもできないのだろう。
なるほどなるほど我が妹は相変わらずめちゃくちゃいい子に育ったなぁ……と、感慨に耽っている場合ではないな。俺の可愛い妹がこんな悲しんでんだ、それも俺が原因で。
(なんとかせねばなるまい。いや、なんとかする)
俺の可愛い妹にこんな顔させる悪い奴はもっと自覚を持ってほしい。はい、俺です。ということで。
俺は不貞腐れる妹の頭に手を乗せ、笑いながらはっきりとこう言った。
「安心しろ天渡。闘技大会でぎちょんぎちょんにしてやるからな!」
俺に勝てると思うな、我が妹よ。妹が兄に勝つなど百年早いわっ!
『………!!は、はーーーっ!?調子乗んなし!最初の頃みたくボコボコにしてやるから!覚悟しててよねにぃに!』
「ははは俺はタイマンで負けたことなど一度もないぞ!そもそも傷をつけられたことさえなかったような……?」
『妄想乙!精々今のうちから負けた時の言い訳考えておくんだねっ!勝ったらなんでも言うこと聞いてもらうから!それと…………あんがとね、にぃに…………』
はんっ!
「え?今なんつった?聞こえなかったもう一回――」
『ふんっ!』
「ぐあっはぁっ!?」
いい一撃だ……これは大敵になりそうだな……。
俺と天渡はそんな馬鹿をやりあって笑い合い、兄妹の絆を確かめた。
そうだ、俺は天渡のためならなんだってする。たとえそれが悪役であっても―――。




