『理由』
『理由』
そこは廃工場だった。人気は全くなかった。
工場の表に星野の車が停車してあった。
工場の中では星野と井津博が対峙していた。
井津はナイフを手にしていて、ナイフの先は星野に向けられていた。
「漸く見つけた」
既に粗方、井津により解かれていた紐を星野が自ら解き、
「……私も」
「……どういう事だ?」
「お前が犯した罪を私は許さない」と星野が上着の内ポケットからナイフを取り出し、対峙する井津に向ける。
「……」
「……」
水沢が運転する車内では、無線が入り、
「容疑者の井津博は人質の車で逃走している模様。被害者の車は黒のセダン。ナンバーは……」
草野が助手席で、手帳にメモをしていく。
廃工場の中では星野と井津が対峙をしていて、井津が、
「寝ぼけた事を言うな。許されない罪を犯したのはお前の方だ」
「……」
永島総合病院の尊が入院する病室では、尊がベッドの上で携帯用ゲームをしていて、
「……」
尊の傍らには心陽がいる。
「面白い?」
「……」と心陽を見て。
「看護師さんに聞いたら、一日中ゲームしてるらしいじゃない? いい加減にしないとって、さっき怒られたよ」
「……」と尊がゲームを止めて。
「……ちょっとやらせてくれる?」
「……」と尊がゲームを心陽に渡し、
「どうやってやんの?」と尊に聞いていく。
廃工場の中では星野と井津が対峙をしていて、井津が、
「お前と香央里は……力の弱い、抵抗すらままならない……」
「……」
「あの子に……尊に虐待をした」
「……」
「弱い者虐めか? ……それともただの憂さ晴らしか?」
「……」
「あの子は俺が救い出さなければ……もうボロボロだった」
「……」
「だから、俺は香央里を殺した」
「……」
「血も繋がってない赤の他人を私に押し付けてって」
「……ちょっと待て」
「……」
「虐待をしたのは……」
「……」
「……お前じゃないのか?」
「何を言ってる? 虐待したのはお前と香央里の方だろう?」
「違う。私は知らない」
「白を切るな。虐待したのは香央里と、香央里の愛人のお前だ」
「違う。俺は愛人なんかじゃない」
「……」
「確かに俺はあの家に行った事はあるが、愛人なんかではない」
回想。
井津家。
星野が少し辺りを警戒しながら、家の中に入っていく。
その様子を少し離れた場所から、井津が見ている。
「……」
永島総合病院の尊が入院する病室では、心陽が携帯用ゲームをしていて、
「……」
その心陽の様子を尊が嬉しそうに見ていて、
「やばっ……やられちゃう……どうすんの?
どうすればいい?」と尊を見る。
尊は嬉しさを心陽に悟られないようにして。
回想。
井津家。
居間では、香央里がタバコを吸いながら、
「……」と星野が家の中を見回して。
「いきなり訪ねて来て、ジロジロ見ないで貰えます?」
「すみません」
「で、何の用?」
「あの子は?」
「……あっち」と香央里が襖の向こうを指差す。
「保育園とかには……」
「それは……今、風邪引いてるから」
「ちょっと会わせて……」と星野が立ち上がる。
香央里が慌てて、星野を制するように、
「いきなり来て、何だよ。警察、呼ぶよ」
星野が香央里の制止を振り切り、襖を開ける。
「……」
尊が布団の中で、うつ伏せに寝ている。
「見て、分かんない? 大事を取って、寝てんの」
「……」
「女一人だからって、ナメんなよ」
「……」
「お前は何様だよ」
「……すみませんでした」と星野が部屋を後にしようとする。
「とっとと帰ってくんない?」
「……!」
星野が踵を返し、尊が寝ていた掛け布団を捲り、
「何すんだよ」と香央里が星野の行動を止めようとする。
星野が香央里の制止を振り切り、尊が着ていた上着を捲り、
「……」
「……」
露になる尊の背中。
無数の痣。
「……これは……」
「この子が滑って、転んでさ……角にぶつけて……」と香央里が必死に言い訳をしていく。
廃工場の中では星野と井津が対峙をしていて、井津が、
「……どうして、お前が?」
「私も……」
井津が何かを思い出したように、
「……お前」
「……」
「……名前は?」
「星野だ……星野俊道」
「……ホシノ……星野! ……」
「お前が犯した罪を私は許さない」と星野がナイフを手に一歩踏み出す。
井津が思わず後退りして、
「……お前は……」
「断じて許さない」と星野がまた一歩踏み出す。
「……」
「……」
星野がナイフを手に、井津目掛けて走り出す。
永島総合病院の尊が入院する病室では、心陽が携帯用ゲームをしていて、興奮のあまり、近くにあったグラスに肘が当たり、グラスが床に落ちて、割れてしまう。
「あっ!」
廃工場の中では草野と水沢が入ってきて、
「止まるんだ」と草野と水沢が、星野と井津それぞれに拳銃を向ける。
星野が井津の少し手前で立ち止まる。
草野が井津に向かい、
「井津、ナイフを捨てるんだ」
「……」と井津がナイフを捨てる。
草野が星野に向かい、
「あなたも」
「……」と星野もナイフを捨てる。
草野が拳銃を下ろし、二人に近づいていく。
翌日。
駅。
朝の通勤ラッシュ。
黙々とただ黙々と人々が駅に吸い込まれていく。
売店では井津博の逮捕を伝える新聞の見出し。
街はそんな事は関係もなく動いている。
人はそんな事には気には留めず、動き続けていく。
今回の井津の逮捕に際して、星野のナイフ所持、銃刀法違反に関しては、人質にされた、そして、正当防衛っていう観点から不問に付されたのであった。