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女神が女神に返る朝  作者: そらあお
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『ヒロイン』

『ヒロイン』




 人はあの時


 こうしておけば、ああしておけばの繰り返しだ。


 何度、後悔のない人生をと思ったところで


 またどっかの場面で


 あの時


 こうしておけば、ああしておけばって思ってしまうに違いない


 やり直しは出来ない

 リセットボタンはない


 だからこそ、尊くて愛しい




 劇団・アクターズチョイスの入った雑居ビルの非常階段に心陽と黒田がいて、

「それって、思うんだけどさ……」

「……」

「心陽の帰りを待ってたんじゃね?」

「……」

「コンビニ弁当が嫌だからとかじゃなく、心陽と一緒に食いたいから、腹ペコペコなのを我慢して、帰りを待ってたんじゃね?」

「……」

「……」

「……今日さ……」

「……」

「バイトの給料日なんだ」

「……」

「ちょっと付き合ってくんない?」




 心陽の暮らすアパートの部屋の中では、尊が一人、テレビを見ている。


 玄関のチャイムが鳴り、

「……」

 尊が玄関の方に目をやる。

「……」

 ドアをノックする音もして、

「……」




 夜になった。


 駅。雑踏。家路を急ぐ人波。


 心陽が改札口辺りで、黒田に向かい、

「助かった」

「……ああ」

「ほんじゃ、バイバイ」と心陽が手を振る。

「飯ぐらい……」


 心陽が尚もにこやかに手を振り続け、

「……分かったよ」と黒田も仕方なく、ぎこちなく手を振る。


【バイバイはさよならの合図じゃない。

 また明日っていう儀式】




 心陽が暮らすアパート前の道を心陽が歩いてくる。


 アパートの方から走ってくる人影。

「……」

 心陽が思わず身構えて、

「……星野さん!?」


 星野が走ってきて、

「大変だ。尊くんが病院に運ばれた」

「えっ?」




 建物の入り口には永島総合病院と書いてあった。


 救急処置室の外では草野と水沢がいて、

 心陽が血相を変えやって来る。

「あの子は大丈夫ですか?」


 草野が、

「命に別状はないみたいです」

「何が……あったんですか?」


 水沢が、

「自分たちが家の近くに行ったら、夜なのに家の明かりが点いていないので、おかしいなと思って、訪ねてみたら……」


 草野が、

「椅子が動かしてあったので、恐らく、棚の上の高いものを取ろうとして、足を滑らせてしまったみたいです」


 星野が来て、

「……」と草野が星野を見る。


 水沢が、

「いつも帰宅はこんなに遅いんですか?」

「今日は用事があったもので……」


 水沢が心陽が持っていた紙袋に目をやり、

「買い物ですか? 暢気でいい」

「……」


 星野が心陽に向かい、

「じゃあ、そろそろ……」と帰ろうとする。

「今日はありがとうございました」

「いや……大事にならなくてよかった……それじゃ」と星野が帰っていく。


 草野が心陽に向かい、

「どなたですか?」

「ちょっとした知り合いです」

「……」


 救急処置室の中から看護師が出てきて、

「ご家族の方は?」

 心陽が手を挙げて、

「はい」

「中へどうぞ」


 心陽が草野らに向かい、

「すみません」と会釈をして、救急処置室の中に入っていく。



 救急処置室の中では、ベッドの上に尊が横になっていて、顔に擦り傷の治療の跡や手などに包帯が巻かれてある。


 医師が、

「詳しい事はまた後日、精密検査の結果を診てからになりますが、恐らく、大事はないんじゃないかと思います」

「ありがとうございます」

「お大事に」と医師や看護師などが部屋を後にする。


 心陽が尊を見て、

「……ごめんね」

「……」


 心陽が持っていた紙袋の中から、

「いつも独りぼっちにして……ゲーム、買ってきたんだ」と携帯用ゲームを取り出す。

「……」

 尊がほんの少し、微笑んだかのように。

「……」



 【君が笑顔ならなんだか嬉しい


 心がポッと火を灯すみたいに暖かくなる


 君の笑顔はなんだか心地いい


 昔、懐かしい匂いがする】



 永島総合病院の駐車場では、星野が車のドアを開け、乗り込む。

 


 少し離れた場所から、星野を見ている視線。



 星野が運転する車が走り去る。

 


 井津博が姿を現して、

「……あいつだ」

 井津、走り去る星野の車のナンバーをメモしていく。




 後日。

 

 演劇集団・ガラクタガラパゴスの会議室では五十人程の劇団員や研究生などが着席していて、その中に心陽の姿もある。

「……」


 心陽の隣の席には麻貴。


 少し離れた席に、奈緒、ヒカル、杏などもいる。


 佐久間を先頭に和地範行ワジ ノリユキも入ってきて、皆の前に着席して、佐久間が、

「次回公演の女神が女神に返る朝の配役を副社長である和地の方から発表します」


心陽が、

「……」


 奈緒が、

「……」





 その頃、欧仁大学付属病院では星野が待合室に座っていて、

「……」




 世田谷東警察署には井津香央里殺害事件の臨時の捜査本部が置かれていた。


 水沢が草野に向かい、

「これが井津尊の診断結果です」と書類を草野に渡し、

「今週中には退院出来るみたいです」


 草野が書類に目を通していく。

 水沢が、

「腹、空きましたね」


 草野が書類の中の診断結果に気になる点を見つけ、

「うん?」




 永島総合病院では尊が入院していた。部屋は大部屋だった。

 

 尊がベッドの上で携帯用のゲームをしている。




 演劇集団・ガラクタガラパゴスの会議室では和地が立ち上がり、

「本日は所用により、主宰が欠席の為、代わって私が次回公演の女神が女神に返る朝の配役を発表させて頂きます」


 心陽が、

「……」


 奈緒が、

「……」


「主役でヒロイン役のマリアは……」


 奈緒が、

「……」

 奈緒の表情は自信に満ち溢れていた。




 世田谷東警察署の臨時捜査本部では草野が水沢に向かい、

「これを……」と見ていた書類を見せる。

「今、渡した井津尊の診断結果じゃないですか!?」

「ここを見ろ」と草野の書類の中の一点を指す。

「……血液型」

「A型になってる」

「はい」

「そこの書類を……」と草野が指す。


 水沢が草野に指された書類を取り、草野に渡す。

 草野が書類を見ていき、

「……やっぱり」




 演劇集団・ガラクタガラパゴスの会議室では、室内がざわついていて、佐久間が立ち上がり、

「静粛に」


 佐久間の声で、だいぶ、室内に落ち着きが戻った。佐久間は再び、着席した。


 和地が、

「もう一度言う。ヒロイン役のマリアは劇団・アクターズチョイス所属で客演の相良心陽くん」


 心陽が、

「……」


 奈緒が愕然とし、

「……」


 心陽の隣の席にいた麻貴が、

「返事」と心陽に促す。

「……はい」と心陽が立ち上がり、

「頑張ります」と挨拶し、着席する。


 和地が、

「続いて……マイク役に五十嵐龍イガラシ リュウ

 五十嵐龍が立ち上がり、

「よろしく」と手を挙げ、着席する。


 奈緒が心陽を見て、

「……」


 和地が、

「マイクの元恋人のアリス役に品川奈緒」


 奈緒は上の空で、

「……」


 佐久間が、

「品川」


 奈緒の隣の席にいたヒカルが、

「奈緒さん」と奈緒の腕を突付き、

「……はい」と奈緒が立ち上がり、いつもの自信満々の受け答えではなく、ややもすると震えた声で、

「精一杯、頑張ります」と挨拶し、着席する。

 奈緒が、

「……」





 永島総合病院の尊の病室では、尊がベッドの上で携帯用ゲームをしている。





 世田谷東警察署の臨時捜査本部では草野が水沢に向かい、

「父親の井津博がO型で……」

「はい」

「母親の井津香央里はB型だ」

「確か……」

「通説として、O型とB型の両親からはA型の子供は生まれない」

「……父親、母親のどちらかが本当の親ではない?」

「もしくは両方とも親ではない」

「えっ?」

「……」





 欧仁大学付属病院の駐車場では、星野が停めてあった車の鍵を開ける。

「……」


 星野の背中にはナイフが突き立てられていて、

「騒ぐと殺す」と井津博が星野にナイフを突き立てている。


 井津が後部座席のドアを開け、

「後部座席に乗れ」

「お前は……」

「早くしろ」

「……」

「早く」

「……」


 星野、後部座席に乗り込む。


 井津が後部座席のドアを閉め、自分は運転席に乗り込む。


 井津が後部座席の星野に向かい、

「両手を後ろ手にして、こっちに向け」

 星野が井津の言われた通りに従い、井津が星野の両手を紐状のもので後ろ手に縛っていく。


 星野が井津に縛られながら、

「井津博……」

「……」

「……」




 世田谷東警察署の臨時捜査本部では電話が入り、草野が電話に出る。

「……はい。 ……はい。 分かりました。至急、向かいます」と電話を切る。

「欧仁大学付属病院で、井津博らしき男を見たとの目撃情報が入ったらしい。人質を一人取り、車で逃走したそうだ」

「あの野郎」

「行こう」

「はい」


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