『殺したい人』
『殺したい人』
長野県駒ヶ根はどんよりと曇っていた。天気予報では夜になって雪になるっていう事だった。
長野県警駒ヶ根中央警察署の刑事課では、水沢が草野と大森に向かい、
「井津博らしき男を東京で見かけたという情報が複数上がってきてます」
「やっぱり東京か……」
「……」
「一人息子の井津尊が東京にいます」
「水沢と二人、東京に行かせて下さい」
「……分かった」
対照的に東京の空は晴れ渡っていた。冬の晴れ空らしい、透き通った水色の空が広がっていた。
心陽が暮らすアパートでは心陽が、
「ケチャップにソース……そして、醤油」
尊の前には目玉焼き。
「……」
尊がケチャップを手に取り、目玉焼きにかけていく。
尊が黙々と食べていく。
「半熟だけど、良かった?」
「……」
「美味しい?」
「……」
「目玉焼きは結構、得意」
「……」
「食べ物は何が好き?」
「……」
「肉と魚だったら?」
「……」
「嫌いなものとかある?」
「……」
「……」
心陽は諦めて、自分の皿の目玉焼きにソースをかけ、食べていく。
「やっぱり、目玉焼きはソースだ」
「……」
「……」
劇団・アクターズチョイスの稽古場では、劇団員皆で立ち稽古をしている。
心陽や黒田もいて。
夕方になって、劇団・アクターズチョイスが入った雑居ビル入り口から、心陽と黒田が出てきて、黒田が、
「うんじゃ、お疲れ」と行こうとする。
心陽が、
「あれ?」と肩透かしをされたリアクションをする。
「うん?」
「誘わないの?」
「最近、忙しそうだなって思ってさ」
「確かに。忙しいのは忙しい。じゃあ、いいや」と心陽が行こうとする。
「何だよ、それ? ……ちょっと、そこのお嬢さん、今日、暇?」
「お兄さん、暇でもないですわよ」
「一日中、芝居の稽古してくたくたなのに、この小芝居、いる?」
「すまん……お詫びに、うち、来る?」と心陽が微笑む。
夜になって、草野と水沢が大衆食堂で食事をしていた。
「せっかくの東京初日の夜なんだから、もっと、東京っぽいところがよかったな」
「こじゃれたところは性に合わない」
「まあ、確かに」
「……」
「そういえば、さっき、話の流れでスルーしちゃったんですけど、草野さんって、A型なんですか?」
「そうだよ」
「確か、A型って、おだてに弱いんですよね」
草野が笑みを浮かべて、
「……」
「そのネクタイ、どこで買ったんです? 色みがいい。センスがある」
「……ビール飲むか?」
「いいっす」
「すみません。ビール、二本」と草野が店員に注文する。
「……」
「奢るよ」
「いいんですか?」
「催促されたようなもんじゃん」
「してました?」と水沢がおどける。
その頃、心陽が暮らすアパートの台所では、黒田が心陽に向かい、
「こういうのは得意だから、B型の俺に任せておいて」
「期待してる」
「心配ご無用」と黒田が扉を開け、部屋に入っていく。
黒田が部屋に入ってくるなり、
「キレてないですよ」と一発ギャグ(by長州小力)
それを見た尊はくすりとも笑わない。
「ギャグが古い」
「待て、待てぃ。つかみだから」
「つかんでないし」
黒田が鼻毛を抜くふりをして、
「鼻毛が抜けました。一、ニ、さあーん本」と一発ギャグ(by世界のナベアツ)
再度、尊はくすりとも笑わない。
心陽はもう目も当てられず。
【君に聞きたい事がある。夜も眠れなくなりそうだから……何故、そのギャグを選んだ?
一周、いや、二周、三周回って、今、それだとでも思ったのかい?
タオルの準備は万端だ。勇敢というか、無謀なチャレンジャーよ】
大衆食堂では草野が水沢のグラスにビールを注いで、
「すみません」
「どうして……どうして、井津は実の息子の命を狙うんだろう?」
「尋常じゃないですよ。虐待もしていたみたいですし」
「……一つ、大きな疑問がある」
「どんな?」
「井津がした殺人予告」
「テレビ局を使ったからですか? ……あの声は声紋分析の結果、井津本人のものと断定されましたし」
「違う」
「じゃあ……」
「自分が犯人だったとして考えた時に、どうしてだろうと大いに疑問になる点がある」
「もったいぶってないで教えて下さいよ」と水沢がグラスの中のビールを飲み干し、手酌でビールを注ぐ。
「何故、井津はあそこまで大胆にテレビを使って殺人予告をしておきながら、肝心要の誰を殺すかっていうのを特定しなかったんだろう」
「確かに」
「例えば、無差別殺人とかでない限り、通常の殺人予告は総理大臣を殺すとか、有名人の誰々を殺すとか、大概が誰をと名指しする」
「分かった。相手のガードが固くなるから」
「確かにそれも一理ある」
「警察に対する揺さぶり」
「それは間違いじゃない……が、そもそも、それでは解せない点がある」
「……」
「ガードが固くなるなんて考える位なら……」
「……」
「それならいっその事、殺人予告なんてしなければいい」
「そっか……」
「殺人予告なんてしなければ、もっと簡単に次の殺人を行う事が出来るかもしれない」
「そうですよね」
「そこで考えられるのは……」
「……」
「ターゲットは一人息子の尊ではなく……」
「……」
「被害者の井津香央里の家に出入りをしていたという三十代から四十代位の謎の男」
「はい」
「もしかしたら……」
「……」
「井津自身もそれが誰なのか、俺たち警察同様、分かってないのかもしれない」
「故に誰を殺すと殺人予告が出来ない」
「あくまで仮定だが、その可能性も大いにある」
「井津も血眼になって、その男の行方を追っている?」
「可能性はある」
東京の夜の街並み。
煌めくネオンや照明。
寒さに凍えながらも、行き交う人たち。
その人混みの中に井津博の姿があって、
「……」
井津がマスクをし、帽子を目深に被り、人混みの中に紛れていく。
心陽の暮らすアパートの部屋では、電気が消えていて、ベッドで尊が寝ている。
心陽と黒田が心陽が暮らすアパートの前で、
「役に立てなくて悪い」
「気にしない」
「チックショー」(byコウメ太夫)
「はい、はい」
「絶不調だな」
「そう?」
「……どうしてさ……何も喋らないんだろう?」
「……」
「大人を誰も信用していないのかもしれない」
「……そうなのかな?」
「両親の愛情が……」
「……」
「とりわけ、母親の愛情が薄かったのかもしれない」
「……」




