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女神が女神に返る朝  作者: そらあお
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『犯行予告』

『犯行予告』




 雪は尚も降っていた。その家では大勢の警察関係者による現場検証が行われていた。その中に長野県警駒ヶ根中央警察署の草野征生クサノ ユキオ水沢航太ミズサワ コウタもいた。

 

 その家の居間に居た草野が玄関の方に目をやった。シートを被せられた井津香央里の遺体が運ばれていく。

 草野が軽く合掌をし、水沢が手帳を見ながら、

「殺されたのは井津香央里、三十六歳。この家の主婦です」

 

 草野が部屋を見回した。お世辞にも整理整頓されているとは言えなかった。

 飲んだまま放置されたビールやサワーの空き缶。

 汁や中身が入ったまま捨て置かれたカップヌードルなどの残骸。

 タバコの吸殻で溢れ返っている灰皿。

 破れた襖にもう消費期限寸前の決して明るくはない部屋の照明。

 

 その中でただ一つ、部屋には不釣合いな鏡台の前の化粧品だけがきれいに整理整頓されていた。

「殺害したと思われるのは井津博、四十六歳。香央里の夫です。事件直後、返り血を浴びた井津博がこの家から逃げていくのを多くの人が目撃しています」

「容疑者の足取りは?」

「今のところ、掴めていません」


 居間に置かれた写真立ての中の写真。写真には井津と香央里、そして、尊の三人が写っていた。


 草野が写真立てを手に取り、

「この子は?」

「この家の一人息子で井津尊、五歳。現場に居合わせたみたいなんですが、運良く難は逃れたみたいです」

「現在は?」

 草野が写真立てを置いた。


「近所の家に一時的に預かって貰ってます」

「……」

 草野が指に付いた埃を指を弾くように払ったのであった。




 翌日。

 

 劇団・アクターズチョイスの稽古場では劇団員が発声練習などの稽古をしていた。劇団員は数にして二十人程度。その中に心陽と黒田の姿もあった。



 長野県警駒ヶ根中央警察署に井津香央里殺人事件の捜査本部が置かれていた。

 捜査本部では捜査会議が行われていた。三十人程が出席していて、その中に草野と水沢の姿もあった。 


 刑事課長の大森彰(オオモリ アキラ)が議事進行をしていて、

「殺害されたのは井津香央里」

 モニターに井津香央里の写真。

「容疑者は夫の井津博。現在、逃亡中」

 モニターに井津博の写真。

「以降、詳しい事は水沢」

「はい」と水沢が立ち上がり、

「容疑者の井津博は今年になってから東京に出稼ぎに出ていて、近所の人などの話によると、ここ最近は一緒には住んでなかったそうです」

「あの家には?」

「被害者の井津香央里と一人息子の尊」

「母子、二人暮らしか?」

「いや……近所の人の話では……ここ最近になって、もう一人、男が出入りしていたみたいです」

「男? 誰だ、それは?」

 草野が、

「被害者のこれでしょう」と親指を立てる。

「恐らく」

「その男の素性は?」

「それが近所の人たちも後ろ姿を一、二度見かけただけみたいで……分かっているのは年恰好が三十代から四十代位という事だけです」

 大森が立ち上がり、皆に向かい、

「容疑者の井津博を全国指名手配とし、発見に全力を尽くして貰いたい。それと並行して、被害者の家に出入りしていた謎の男、そいつの捜査も鋭意行って欲しい」




 夜になって、高速道路ではたくさんの車が行き交っていた。


 そのガード下で心陽が一人、芝居の稽古をしていた。


 心陽が誰かの視線を感じ、我に返り、

「……」


 心陽の視線の先には星野俊道(ホシノ トシミチ)がいて、

「ごめんなさい」

「いえ……」

「見とれてしまいました」

「(心陽が照れて) 」

「女優さんですか?」

「……小っちゃな劇団ですけど」

「そうですか……素晴らしい」

「……」

「お邪魔しました。寒いので、風邪をひかないように……頑張って下さい」と星野が去っていく。

「ありがとうございます」と去っていく星野の後ろ姿を心陽はずっと見つめていた。




 後日。


 劇団・アクターズチョイスの稽古場では劇団員たちが思い思いに自主練習に勤しんでいた。


 心陽が携帯電話で話しながら、稽古場を出て行き、劇団が入っている雑居ビルの表まで来て、

「私がですか? ……分かりました……はい……分かりました」と携帯電話を切る。


 黒田が来て、

「どうかした?」

「……長野って、行った事ある?」

「山梨はあるけど、長野はないかな」

「どうしよ……」

「行くの? 長野?」

「……」

「何しに?」

「……ちょっとね」

「何、何? 深刻そうな顔して」

「……」

「あっ、こんにちは」と星野が通りがかり、

「……!」と心陽が思い出し、

「この前の……」


 星野が劇団の看板を見て、

「ここですか?」

「はい」


 黒田が心陽に向かい、

「誰?」

「……」


 心陽が星野を見て、笑みを浮かべる。

 星野もそれ以上の優しい笑みを浮かべて。




 夕方になって、長野テレビ放送局では生放送のニュース番組を収録していた。現場が一気に混乱というか、慌しくなって、フロアディレクターがニュースキャスターに向かい、合図を送る。




 その頃、長野県警駒ヶ根中央警察署の刑事課では水沢が慌てて来て、テレビのスイッチを入れ、皆に向かい、

「これを見て下さい」

「どうした?」と皆が集まってくる。


 テレビではニュースキャスターが、

「先日、駒ヶ根で起きた主婦殺人事件の犯人と思われる被害者の夫から、先程、我が局に電話が入りました。これから放送するのはその男との電話でのやり取りを録音したものです」


 テレビでは井津博と報道局員の電話でのやり取り映像に変わり、テレビ局の報道局員が、

「もう一度、もう一度、名前を言って頂けますか?」

「……井津博」

「本当にあの井津さんですか?」

「ああ」

「テレビを通して、言いたい事って何ですか?」

「目的……目的はまだ達しちゃいない」

 


 草野がテレビを見ながら、

「目的?」



 テレビでは報道局員が、

「目的って何です?」

「もう一人……」

「もう一人?」

「殺さないといけない」



 水沢がテレビを見ながら、

「犯行予告です」

「……」



 テレビでは報道局員が、

「誰をです?」

「……」

 電話が切れる。

「もしもし……井津さん……もしもし……」




 長野テレビ放送局ではニュースキャスターがテレビカメラに向かい、

「以上が犯人と思われる男、井津容疑者と思われる男からかかってきた電話でのやり取りです」




 長野県警駒ヶ根中央警察署の刑事課では水沢がテレビを消して、

「ふざけんな」

 大森が来て、

「もう一人って誰の事だ?」

 草野が、

「……」



 その頃、長野県内にあるショッピングモールでは大勢の買い物客で賑わっていた。


 モール内の電気店テナントでは店頭の売り物テレビが長野テレビのニュース番組を映し出していて、ニュース番組が情報コーナーなどに変わり、

「……」

 帽子などを目深に被り、マスクをした井津博がその場を後にし、人混みの中に紛れていくのであった。


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