『命の息吹き』
『命の息吹き』
人間なんて
あの時、こうしておけば
あの時、ああしておけばの繰り返しだ
後になって知った事を
あの時の自分にすり合わせて
何度も何度も
頭の中で繰り返し再生するんだ
人には理由がある
人には思いがある
思いは重い
優しさは尊い
愛情は儚い
思いはいつか通ずる
思いはいつの日か伝わる
そう信じて
今日も頭の中で
擦り切れるまで再生する
何度も何度でも
繰り返し再生するんだ
その日は美晴が出演する映画の打ち合わせが行われる予定だった。
美晴と三原環は控え室にいた。
「何だか顔色が良くないけど大丈夫?」
「あまり食欲がなくて」
美晴と星野の別離から一ヶ月が経っていた。
三日前に星野はアメリカへと旅立っていた。
美晴は空港へ見送りには行かなかった。
「私、自惚れてたんだ」
「……」
「泣いてすがるとまではしてくれなくても……」
「……」
「嫌だって一言くらい……」
「……」
「せめて、どうして? って……」
「……」
「聞いてくれると思ってた」
「……」
「それがただ一言」
「……」
「分かった……のただ一言だけ」
「……」
「私って……あまり愛されてなかったんじゃないのかって……」
「それは違う」
「……」
「それは絶対に違う」
「……」
「一度だけ」
「……」
「一度だけ……星野くんと二人で会った事があった」
「彼と?」
「隠しててごめん」
「……」
「その時、星野くんが見せてくれた」
「……」
星野と環が喫茶店の席で、環が吸っていたタバコを灰皿で揉み消し、
「……どうする?」
「……」
「……どうする?」
「……」
星野は何かを思い立ったように、カバンの中を漁るように探した。
星野はカバンの中から、原稿を取り出し、
「これ」と環に渡し、
「今日の朝、書き終わったんです」
「……読んでいいの?」
「お願いします」
原稿の表紙には題名として、
『女神が女神に返る朝』と書かれてあった。
「まだ見直しとかしてないから、誤字、脱字や構成なんかめちゃくちゃかもしれないですけど」
環が原稿を一枚捲り、読んでいく。
美晴と環が映画の打ち合わせの控え室にいて、環が、
「……見せてもらった?」
「(美晴が首を振る)」
「……そう」
「……」
「ヒロインは当て書きしたって言ってた」
「……」
「あなたを」と環は美晴をしっかりと見た。
「……」
「構成なんか、まだまだめちゃくちゃな部分もあったけど……」
「……」
「凄い作品だと思った」
「……」
「ヒロインは美晴にぴったりだと思った」
「……」
「いや……」
「……」
「美晴にしか……」
「……」
「美晴にしか演じられないと思った」
「……」
「それは星野くんも言ってた」
「……」
「それと同時に……」
「……」
「今の自分では……」
「……」
「今の自分には実力が無さ過ぎて」
「……」
「覚悟が無さ過ぎて、どうしようもないから……」
「……」
「アメリカに行って、しっかり性根を叩き直してこなくちゃって」
「……」
「そうでもしないと日に日に大きくなっていく美晴には向き合えないからって」
「……」
「……美晴は泣いてすがってくれるかな?」
「(美晴の目に涙が溢れてくる)」
「嫌だ、嫌だって、子供のように駄々をこねてくれるかな?」
「……」
「どうしてって聞かれたら、何て答えようかって……」
美晴の目から止めどなく涙が溢れてくる。
「……ごめんね」と環が誰に言うでもなく、そう呟いた。
美晴は環の胸の中で泣いた。子供のように泣きじゃくったのであった。
その日の午後、出演予定の映画の打ち合わせを終えた帰り道、美晴は倒れ、病院へと運ばれた。
環が医師に呼ばれ、一言、こう告げられた。
「妊娠なさってます」
美晴は運ばれた病院の個室のベッドの上で体を起こしていた。
「びっくりさせてごめんね」
傍らには環がいて、
「……」
「体力には自信あったんだけどなあ」
「……」
「急に気持ち悪くなって」
「……」
「やっぱり、しっかり食べないとダメだね」
「……美晴」
「レバーでしょ……贅沢だけど、うなぎもいいな」
「美晴」
「うん?」
「……映画……どうする?」
「どうするって……こんなめまい位、直ぐに……」
「……」
「……めまいじゃないの?」
「……」
「……深刻な病気……とか?」
「(環が首を振り)」
「(美晴がホッとして)じゃあ」
「……時間がないの」
「……」
「時間がないから、よく聞いて」
「……」
「……妊娠してる」
「……誰が?」
「……」
「私が?」
「(環が頷く)」
「(美晴が絶句したように)」
「……どうする?」
「……」
「どうする? って、女の私がする質問じゃないな」
「……」
「……社長に報告してくる」と環が立ち上がる。
「待って」
「……」
「……」
「……」
「……堕ろす」
「……」
「中絶する」
「……いいの?」
「……」
「もう直ぐ三ヶ月になるらしいから……」
「……三ヶ月?」
「母体に影響を残さないようにする為には、時間が……」
「……いいよ」
「……」
「今日でも明日でも」
「……」
「……決めたから」
「……分かった」
美晴が環の視線を逸らし、窓の外を見た。
「まずは社長に報告してくる」と環が部屋を後にする。
「……」
美晴はずっと窓の外の景色を見ていた。
【三ヶ月前か……】
美晴は眠るかのように目を閉じたのであった。