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女神が女神に返る朝  作者: そらあお
16/31

『嘘』

『嘘』




 嘘はばれなきゃ嘘にはならない事もあるらしい


 それどころか相手を思いやる優しさだと

 評価さえされる事もあるらしい


 誰が作ったルールだ?

 都合良過ぎやしないか?


 嘘はいけませんって

 子供の頃によく怒られた


 嘘は嫌いだ

 嘘は大嫌いだ


 でも子供じゃない

 大人になってしまった


 誰も怒らない

 嘘をついても怒られない


 自分が許せば

 自分自身に折り合いさえつけられれば

 嘘は誰にでもつける


 嘘は嫌いだっていう自分自身が

 もしかしたら

 一番の嘘つきかもしれない




 劇団・感騒地帯の舞台での美晴の演技は評判を呼んだ。


 その後、舞台や映像の仕事依頼が続々と美晴の元に舞い込んだ。


 美晴は忙しい毎日を送っていた。




 それとは反対に星野はいつもと変わらない、今までと変わらない日々を過ごしていた。

 

 来る日も来る日も与えられたのは雑用ばかりだった。


 劇団・感騒地帯には星野のように演出家を夢見る青年は星野の他に三人もいた。


 チャンスはそうそう巡ってこない。


 一度、逃したら最後、チャンスの順番の列の最後尾に並ばないといけなかった。


 歯がゆくてもどかしい。

 実力のない自分に苛立っていた。



 

 そんな美晴と星野にそれぞれの転機となる出来事が起こった。


「まだ内定っていうか……詳しくは内々定らしいんだけど」と美晴が星野に向かい、言った。

「……」

「内緒だよ……誰にも内緒だよ」

「ああ」

「今宮監督、知ってる?」

「映画監督の?」

「そう」

「……」

「今宮監督の映画の次回作の準主役のオーディションに合格したみたい」

「マジで?」

「うん」

「凄いじゃん」

「うん」





 星野はその日、劇団・感騒地帯の休憩室でスポーツ新聞を見ていた。

「……」


 スポーツ新聞の見出しには、若手アイドルが男性スキャンダルにより、出演予定だった映画を降板したと書かれてあった。

「……」


「ここにいたのか?」と劇団関係者の男が来て、

「星野、主宰が呼んでる」

「主宰が?」

 



 星野は森園の部屋を訪れた。

「休憩中だったか?」

「いえ」

「次の舞台の……三幕のところ……あれはどう思う?」

「ダーヤンの独白のところですか?」

「そう」

「照明を落として、板付きにしても面白いと思います」

「……」

「……板付きの方が……」

「似てる」

「……」

「昔の俺によく似てる」

「……」

「何より要領がいい」

「……」

「何でも要領よくこなす」

「……」

「決して落第点など取らない」

「……」

「その代わり、飛び抜けた点数も取らない」

「……」

「……この劇団に入って何年になる?」

「もう直ぐ四年です」

「夢は?」

「……」

「……演出家だよな?」

「はい」

「前に言ったよな」

「……」

「俺を超える演出家になりたい。感騒地帯を超えるような劇団を作りたいって」

「はい」

「……無理だな」

「……」

「今のお前には無理だな」

「……」

「似てるよ」

「……」

「昔の俺によく似てる」

「……」

「何でもこなせるから、ある程度、やった気になる。器用に立ち回れるから、ある程度、他よりは優位に立てる。体裁よく、ある程度は綺麗に見栄え良く見せる事も出来る」

「……」

「全部、ある程度っていう注釈がつく」

「……」

「ある程度っていうのが一番性質が悪い」

「……」

「チャンスの順番待ちの行列に並んだ時に……」

「……」

「諦めないで頑張れば、根気強く待ってれば、チャンスは必ず訪れるって思ってる」

「……」

「もう少し……自分の実力はもう少しだって思ってるから」

「……」

「哀しいかな……チャンスは平等に訪れない」

「……」

「いつまで経っても訪れない奴もいれば、二度、三度と訪れる奴もいる」

「……」

「もう一度、改めて問う」

「……」

「夢は……何だ?」

「夢は……」

「……」

「演出家に……」

「……」

「あなたを超える演出家になる事です」

「(森園が笑みを浮かべ) 満点の答えだ」

「……」

「じゃあ、そろそろ変われ」

「……」

「本気で自分自身を変えてみろ」

「はい」

「いつでも相談に乗るから」

「ありがとうございます」

「偉そうに言ったけど……」

「……」

「今、話した事のほとんどが……」

「……」

「俺が若い頃に……俺の師匠の多賀沢晟タガサワ アキラに言われた事だ」

「……」

「全部が全部じゃねえからな。俺なりのアレンジもところどころ加えってからな」

「はい」




 相良美晴が扉の前で、横にいた女性マネージャーの三原環ミハラ タマキから、

「分かった?」

「……」

「いない」

「……」

「付き合ってる人はいないって、そう答えるの」

「……」


 環が扉をノックして、

「失礼します」と美晴をいざない、部屋の中に入っていく。


 美晴が部屋に入るなり、

「レッドラインプロの相良美晴です」と挨拶をする。




 星野は喫茶店にいた。

 待ち人の様子だった。


 店の扉が開いた。

 客が一人、入店してきた。


 星野は立ち上がって、その客を迎えた。


「急に呼び出してごめんなさい」

 星野の待ち人は三原環であった。


「いえ」


 環はコーヒーを注文した。

 


 環が運ばれてきたコーヒーに口をつけ、

「夜に会うんだって?」

「……」

「……美晴から聞いた」

「……」

「才能あると思う?」

「……」

「……あの子」

「あります」

「……」

「絶対にいい女優になると思います」

「私もそう思う」

「はい」

「だけど、才能あってもね……」

「……」

「必ずしもいい女優になるとは限らない」

「……」

「運も絶対に必要」

「……」

「それ以上に支えてくれる周りのサポートも必要」

「……」


 環がバッグの中からタバコを取り出し、

「(吸って)いい?」

「どうぞ」と星野が灰皿を環の方に寄せる。


「ありがと」

「……」


 環がタバコを吸いながら、

「映画の話、聞いてるよね?」

「はい」

「あの子のキャリアでは考えられない程の大役だと思う」

「はい」

「あの子は大きな運を引き寄せた」

「……」

「周りは……私たちは精一杯、支えてあげるべきなんじゃない?」

「……」

「足を引っ張るのはナンセンスだと思わない?」

「足を引っ張るつもりなんか」

「分かってる」

「……」

「あの子はあなたに支えられてるわ」

「……」

「でも、もう限界」

「……」

「このままだと、あの子は映画の役を断るわ」

「どうして?」

「真っ直ぐ過ぎる」

「……」

「純粋過ぎる」

「……」

「あの子、泣いてたわ」

「……」

「嘘は嫌いだ。嘘をつく位なら、あんな仕事、やりたくなって、わんわん泣いてたわ」

「……」


 


 映画プロデューサーの男が美晴に向かい、

「いませんよね?」

「……」

「お付き合いされてる方はいませんよね?」


 美晴が横にいる環をチラッと見て、

「(環が小さく頷く) 」

「……いません」と美晴が言った。

「安心しました。今回の役は純真無垢で清廉なイメージですから。今宮監督も私も、この一点だけは譲れませんでした」

「はい」

「最終的には今宮監督との話し合いになりますが、そもそもが他の女優を押しのけて、今宮監督があなたを推した位ですから、問題ないと思います。宜しくお願いします」と映画プロデューサーが美晴に向かい、手を差し出す。

「……」

 手をこまねいている美晴に向かい、環が、

「美晴」

「宜しくお願いします」と美晴が頭を下げる。






 星野と環が喫茶店の席で、環が吸っていたタバコを灰皿で揉み消し、

「……どうする?」

「……」

「……どうする?」

「……」


 星野は何かを思い立ったように、カバンの中を漁るように探した。


 店内には悲しい恋の結末の流行り歌が流れていた。


 その歌は静かに優しく流れていた。




 

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