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女神が女神に返る朝  作者: そらあお
15/31

『二人の出会い』

『二人の出会い』




 幸せとは……

 きっと人によって様々だ


 人によっては


 億を超す大金を宝くじで当てたり

 絶世の美男もしくは美女と結婚したり

 毎日、好きな時間に寝て、起きて

 毎日、気ままに暮らしたり


 人によっては


 生きてるだけで幸せだって思う人もいるかもしれない。


 さっき、お昼を食べた時、

 大好きなゆで卵の殻がつるんと向けた時

 そして、それを一口頬張った時

 やっぱり、幸せだって思った。


 幸せとは……

 きっと人によって様々だ


 あなたの幸せが

 あの人の幸せとは限らない。


 ほら

 あなたの横で誰かが笑ってる。


 それはあなたにとって幸せですか?




 男が建物の中を走っていく。


 男は年がら年中、小走りしてる。

 そして、辿り着いた部屋の引き出しの中や棚なんかを慌しく探す。


 【こんな時は誰もが思う。

 少しは整理しようよと。

 でも、そんな暇はない。

 そんな暇はないと、誰もがしない。

 しないから、なかなか見つからない。

 そういえば、三日前にも同じ事を思ったな。 

 どこだ、どこだ?】



「星野、早くしろよ。日が暮れんぞ」と部屋の外から男の声が聞こえる。


 星野俊道が舞台の衣装や備品が保管されている部屋で物を探していた。


 星野は若い頃、劇団・感騒地帯という劇団で演出家見習いをしていた。

 演出家見習いなんていっても、ほとんど雑用ばかりを押し付けられていた。


「見つかったか?」と先程、部屋の外から聞こえた声の男が来て、

「あった。ありました」と星野が男に手にした物を見せる。

「遅えよ。早く行くぞ」

「すみません」

「そうだ。いつか聞きたいと思ってたんだ?」

「何です?」


 男が星野を見て、

「その髪、天(燃)パー(マ)?」

「オシャレパーマに見えます?」

「質問を質問で返すなよ」

「すみません」

「もういい。急げ」

「はい」と星野が先に行く男について走っていく。




 夜になって、高速道路ではたくさんの車が行き交っていた。


 そのガード下で女性が一人、芝居の稽古をしていた。


 女性が誰かの視線を感じ、我に返る。

「……」


 女性は若い頃の相良美晴だった。


 美晴の視線の先には星野がいて、

「女優さんですか?」

「……小っちゃな事務所ですけど」

「自分も舞台の演出家を目指しているんです」

「……へえ」

「……」

「……」

「……お邪魔しました」と星野が歩いていく。 

 

【後で聞いたら

 新手のナンパだと思われたらしい

 そりゃそうだ

 女優の卵がいて

 自分は演出家を目指してますって

 

 例えば、私、美容師の卵なんですっていう女性に

 偶然ですね

 自分も美容師を目指してるんですって

 そんな男がいきなり現れたら

 そりゃ疑うわ

 偶然が過ぎて、逆に怖いわ

 このもじゃもじゃ頭なら

 尚更、疑うわ】



 兎にも角にも、若かりし頃の美晴と星野の初めての出会いだった。


 美晴が二十一歳。

 星野が二十四歳だった。


 星野は福岡県の生まれだった。十八歳で上京し、東京の大学に入学した。

 決して、真面目な学生ではなかったが、それでも、きちんと大学には通っていた。


 大学二年の時に知り合いの知り合いの誘いで、仕方なく、劇団・感騒地帯の舞台を観に行って、大きな衝撃を受けた。分かり易く、体に稲妻が走った。稲妻が走ったら、間違いなく死ぬが、星野にとってはそれ位の衝撃だった。


 それから、星野は大学の講義はそっちのけで、ありとあらゆる劇団の舞台を見まくった。

 勉強になるところ、それなりの感動はどの舞台にもあったが、いや、正確に言うと、必死になって探せばあったが、その頃、世間で評判になっていた劇団・感騒地帯の舞台は群を抜いている思った。

 脚本、演出、構成、照明、音楽、そして、役者の全てに星野は魅せられた。


 星野の頭の中は、毎日は舞台の事で、劇団・感騒地帯の事でいっぱいだった。


 星野は大学三年の春に大学を中退し、劇団・感騒地帯の門を叩いた。

 演出家見習いとして、三年の月日が経とうとしていた頃、星野は美晴と出会ったのであった。



「星野、次の舞台、演出助手やってみるか?」 


 星野は劇団・感騒地帯の主宰の森園悠吉モリゾノ ユウキチの部屋に呼ばれていた。

「自分がですか?」

「ああ」


 森園は『演出助手』と言ったが、現実として、残念ながらチケットは森園の名前ではないと売れないので、名目上は『演出助手』という形にはなるが、実質的には星野が演出をするという事だった。


「……でも」

「自信ないか?」

「……」

「見たよ」

「……」

「驚いた」

「……」

「備品室」

「……」

「実際に見た事はないけど、恐らく、一流を気取ってるどっかのデパートのバックヤードだって、あそこまで整理は出来てないと思う」

「……」

「お前、一人でやったんだってな」

「……」

「お前なら出来る」

「……はい」

「期待してる」

「はい」




 その日は劇団・感騒地帯の次回公演のオーディションが行われていた。


 審査員は森園をメインに、一番端の席に星野が座っていた。


 星野が議事進行を務めていた。


 星野がオーディション参加者の資料を一枚捲り、

「次の人」

「はい」


 一人の女性参加者が審査員たちの前に立つ。

「あっ!」


 星野は慌てて、オーディション参加者のその女性の資料に目をやった。


 資料には相良美晴と書かれてあった。

「レッドラインプロに所属してます、相良美晴です。宜しくお願い致します」




 その日も、美晴が一人、高速道路のガード下で芝居の稽古をしていた。


美晴が誰かの視線を感じて、

「……」


 星野がいて、

「こんばんは」

「……こんばんは」

「この前は驚いた……オーディション」

「……」

「知ってた? 審査員の中にいたの?」

「気づいてました」

「気づいてないと思ってた……凄い堂々としてたから」

「ごめんなさい」

「うん?」

「嘘だと……」

「うん?」

「演出家の見習いって嘘だと……」

「……」

「魚屋を目指していて……私、女ですけど、例えば、魚屋を目指していて」

「……女優だよね?」

「例えばの話です」と美晴がほんの少し、語気を強めて。

「すみません」

「いきなり、自分も寿司屋の板前を目指してますって人が現れたら」

「……」

「こいつ、胡散臭いなって」

「……」

「ごめんなさい」

「そういう事ね」と星野が大笑いする。

「(美晴が照れ笑いを浮かべて)」


 星野が、

「女優さん」と美晴を指し、

「演出家見習い」と星野が自ら手を挙げる。

「はい」と美晴が満面の笑みで。




 劇団・感騒地帯の事務所内に貼られた紙。

 その紙には次回公演の配役が書かれてあって。


 主役、準主役の次の三番手のところに、相良美晴と書かれてある。




 美晴と星野は毎日の稽古を通して、急接近していった。




 舞台の千秋楽も終わり、美晴と星野が夜の公園にいて、二人、ブランコに乗りながら、

「元気出して」と美晴が星野を見て。

 

 星野が分かり易く落ち込んでいて、

「……」

「しょうがないよ」

「……」



 星野が稽古の途中で演出助手を解任されていた。

 

 毎日が有頂天だった。

 美晴との仲も急接近して、毎日が有頂天だった。


 だが、それとは裏腹に毎日がもどかしかった。

 上手く人を動かせない、上手く心を読み取ってあげられない、上手く全体をまとめられない自分自身がもどかしかった。腹立たしかった。


 薄々気づいてはいた。

 実力不足は明らかだった。


 そんなある日、森園から一言、

「俺がやる」とそう言われた。

 

 悔しくないといえば嘘になる。

 でも、それと同時に『ホッとした』という気持ちも偽らざる本音だった。


 その日の夜は死んだように寝た。

 久しぶりに眠れた。

 

 星野は次の日から、うざいと思われようが、森園の横にずっといた。


 一挙手一投足を見逃すまいと思った。自分には足らないところだらけだが、その足らないものがなんなんだと改めて思い知る事が大切だと思った。



 さっき、千秋楽の幕が下りて、森園にこう言われた。

「久しぶりに今日はゆっくり眠れそうだ」とポンポンと優しく肩を叩かれた。

 そして、

「もうべったりとついてくんなよ」と冗談ぽく笑った。


 星野は涙が止まらなかった。

「……」

 星野は鏡を見た。

「……」

 星野はこの顔を一生忘れないようにしようと思った。




 美晴と星野が夜の公園にいて、二人、ブランコに乗りながら、美晴が、

「十月十日」

「……今日?」

「……二人の記念日にしない?」

「……」

「……私たち……」

「……」

「……付き合いませんか?」

「……」

「言っちゃった……恥ずかしい」と美晴が立ち上がり、星野に背を向ける。


「……」と星野も立ち上がり、

「……」

「……」と星野が後ろから美晴を抱きしめ、

「ごめん」

「……」

「本来は男の方から告白すべきだよね」

「……ですね」と星野に気づかれないように美晴がはにかむ。


 星野が美晴を正対させ、美晴を見つめて、

「付き合って下さい」

「はい」


 星野が美晴を抱き寄せて……


 顔を寄せ合う二人を月明かりが優しく照らしていたのであった。





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