『悪魔の子』
『悪魔の子』
人は誰も愛されたいと願う。
誰かに必要とされたいと願う。
生きてる。
今も呼吸してる。
意味もなく生きてるのは嫌。
確かな証が欲しい。
だから、人は愛されたいと願う。
だから、必要とされたいと願う。
どうか、お願い。
愛されなくてもいいから、
必要とされなくてもいいから、
どうか、汚い言葉で罵らないで。
呼吸が出来なくなるから。
雪が降っていた。外灯に照らされた雪は規則正しく、空から一定のリズムを刻むように降り注いでいた。
「もうやるなよ。次はこんなもんじゃ許さんからな」
女は家の玄関から出て行こうとする男の背中に向かって、
「なんもかんも、全て私に押し付けて」
「うるさい……金を稼がなければ、家族三人、暮らしていけねえだろうが」
「何が家族よ。笑わせる」
「……」
「あんな子……」
「……」
「あんな……悪魔の子」
「悪魔……悪魔だと?」
男が振り返る。
男は井津博だった。
井津の形相は怒りに満ちていた。
女は妻の井津香央里だった。
「悪魔だと……もういっぺん言ってみ」
「悪魔じゃない……自分の娘を……」
「……」
「力づくでレイプして」
「……」
「獣」
「……」
「悪魔……死ねばいい」
「……殺してやる」
「殺せ……やれるもんなら……」
井津が台所に行き、包丁を手にして、
「……嘘……冗談よ」
井津が包丁を手に、ゆっくりと香央里に近づいていき、
「……やめて」
「……」
井津が香央里の頭めがけ、包丁を振り下ろす。
井津が雪道の中を走る足を止め、
「(振り返る)」
井津の顔は返り血を浴びていて、
「……」
井津が辺りに積もり始めた雪を掴み、顔を洗うというか、拭っていく。
「……」