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女神が女神に返る朝  作者: そらあお
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『殺人よりも重い罪』

『殺人よりも重い罪』





 人が犯した罪に重いも軽いもあるのか?


 出来心でした万引きが積もり積もって、その店を潰し、経営者は一家離散、やがて、死を選ぶ事もない事はないだろうし、赤信号を渡って、それにつられた弱視の老人が交通事故に巻き込まれて、命を落とすなんて事も無きにしも非ずだ。


 人は許しを請う。


 するべきじゃなかったと一筋の涙を流す。



 罪を憎んで人を憎まず。



 出来ますか?


 あなたなら出来ますか?


 




 今日も心陽が表参道のオープンカフェでバイトをしていた。


 昨日と変わらないこの仕事も心陽には少し違って思えた。


 何だか今日は気分が良い。

 心が軽い。

 笑顔もなんだか自然だ。


「……」


 心陽は一人の人間の顔を頭に思い浮かべていた。





 その頃、心陽が暮らすアパートの部屋では、尊が一人、コンビニ弁当を食べていた。


 東京に来たての頃は味気なくて、ややもするとただ口に運ぶだけだったこのコンビニ弁当が今日は何だか凄く美味しい。


「……」


 尊は一人の人間の顔を頭に思い浮かべていた。





 翌朝になって、心陽がアパート近くの保育園を訪れていた。


 心陽が園の職員らに見送られ、

「宜しくお願いします」と頭を下げる。





 演劇集団・ガラクタガラパゴスの次回公演の女神が女神に返る朝の舞台が行われる劇場では今日も通し稽古が行われていた。


 舞台上にはもちろん心陽の姿もあった。



 観客席の最後方の席に星野が座り、舞台上の通し稽古の様子を見ていて、

「(目を閉じる)」





 夜になって辺りは吹雪いていた。


 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津博の取調べが行われていた。


 井津の身柄は東京から長野に移されていた。


 取調べの任には草野と水沢があたっていた。

 井津には主に草野が向き合っていた。


「息子の尊くんに対する妻の香央里の虐待を見るに見かねての犯行に間違いはないか?」

「……はい」

「一つ聞きたい……」

「……」

「お前の血液型は?」

「……」

「血液型は?」

「……O型です」

「妻の香央里の血液型はB型だ」

「……」





 その頃、心陽が暮らすアパートの部屋では尊がベッドで眠りにつこうとしていた。


 心陽が傍らで、

「来週から保育園に通えるよ」

「(嬉しそうに)」と尊が心陽を見上げる。





 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津の取調べが草野と水沢により行われていて、草野が

「息子の尊くんの血液型はA型だ」

「……」

「O型とB型の両親からはA型の子供は生まれない」

「……許されない罪を犯してしまった」

「……」





 心陽が暮らすアパートの部屋では尊がベッドで寝ていて、心陽が、

「(尊の寝顔を見て)」


 心陽が尊の頭を優しく、優しく撫でる。


【何だか懐かしい


 夢の中にいるようだ


 子供の頃


 こうやってよく母親に頭を撫でて貰った


 落ち着くな


 優しい手だ


 温もりを感じる



 好きだった


 こうやって頭を撫でられてる時が堪らなく好きだった



 どう?


 私にも


 あの頃のあなたのように


 出来ていますか?



 どう?】





 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津の取調べが草野と水沢により行われていて、立っていた水沢が、

「お前は殺人を犯している」

「それはやがて社会に……法律によって裁かれる」

「何を当たり前の事を……」と水沢が井津に食って掛かろうとする。

「落ち着け」と草野が水沢を制す。

「……魔がさしたんだ」

「……」

「尊の父親は俺に間違いない」

「……じゃあ、母親は……」





 心陽が暮らすアパートの部屋では尊がベッドで寝ていて、心陽が

「……いつの日か」


 心陽が寝ている尊の寝顔を見て、

「……いつの日か……ママになれるかな」


 眠る尊の寝顔。


「(優しい表情を浮かべて)」と心陽。





 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津の取調べが草野と水沢により行われていて、立っていた水沢が、

「……何て事だ」と天を仰ぐ。


 草野が、

「血が繋がらないとはいえ……娘を……」

「心陽は全く俺にはなつかなくて……あいつの母親が亡くなってから、直ぐに母方の祖母に引き取られて……ずっと音信不通だった」

「……」





 回想。


 六年前。


 場所は当時、井津博が暮らすアパート。


 心陽は当時十五歳。制服姿で。


 井津が心陽にお茶を出す。





 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津の取調べが草野と水沢により行われていて、井津が、

「母親の撮り溜めた写真があるからって呼び出したんだ。最初は普通にただ……血の繋がらないとはいえ父親として……ただの父親として会いたかっただけだった」





 回想。


 六年前。


 場所は当時、井津博が暮らすアパート。


 心陽がアルバムなどを見ていて、太股の辺りが無意識に露になって、

「……」と井津がそれに目をやる。





 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津の取調べが草野と水沢により行われていて、井津が、

「久しぶりにあったら、話し方とか、後は目の辺りなんか、亡くなった母親にそっくりになっていて……好きだった……透き通るような白い肌が忘れられなかった」





 回想。


 六年前。


 場所は当時、井津博が暮らすアパート。


「……」

 心陽が井津の視線に気づき、さっと太股を隠すようにスカートを戻す。


 


【もう、どうにも自分を抑える事は出来なかった……】



 井津が心陽に襲い掛かる。





 長野県警駒ヶ根中央警察署の取調べ室では井津の取調べが草野と水沢により行われていて、水沢が井津の胸倉を掴み、

「てめえは鬼畜だ。とんだクソ野郎だ」


 草野が、

「止めるんだ」と水沢を制しつつ、

「……」


 草野が井津を思い切り殴る。


 井津が倒れ、

「……」

「……草野さん」と水沢が草野を見る。

「男である前に父親じゃないのか?」

「……」

「動物である前に人間じゃないのか?」

「……」

「立て」


 井津が立ち上がり、

「……」

「来いよ」と草野が井津を手招きし、挑発する。

「……」

「来いよ」

「草野さん」

「……」

「お前はその気になれば、俺に歯向かう事は出来る」

「……」

「……でも……」

「……」

「いたいけな十五歳の少女はどうだ? 虐待していたとはいえ、殺されたお前の妻はどうだ?」

「……」

「俺はお前をボコボコに出来る」

「……」

「お前には負けない自信がある」

「……」

「でも、俺なんかをボコボコに出来る人間なんてそこら中に五万といる」

「……」

「みんながみんな、弱い者を見つけては、自分の方が強いんだ、自分は決して弱くはないんだって思いたいのかもしれない。自分より、弱い者がいるって、安心したいだけかもしれない」

「……そうかもしれない」

「……」

「本当の子供ではない……自分の腹を痛めて産んだ子供ではないから……」

「……」

「あいつのあの子への虐待が始まったのかもしれない」

「……」

「元はといえば、全部自分なんだ……」

「……」

「あの子は……尊は今、どうしてますか? ……まだ……」

「……心陽さんが預かってる」

「……そうですか……それは良かった」と井津が力なく席に座る。





 心陽が暮らすアパートでは尊がベッドで寝ていて、尊にもたれるように心陽も寝ている。



【今日はどんな一日だった?


 笑顔でいられましたか?


 作り笑顔はしなかったですか?


 誰かに嫌われなかったですか?


 


 出来れば


 夢が見たいな



 飛び切り極上な


 現実には絶対にあり得ないやつ



 目覚めたらどんな夢だったか


 覚えてなくてもいいから】




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