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9 過去編 幼き日の交流

 四郎が初めてこの力を使ったのは三歳の時だった。

 外で遊んでいる時に転んだのだ。

 膝を擦りむき涙目になっていた。

「いちゃい」と言いながら自分の膝を撫でた時、ぼぅと手のひらが光った。

 その時は何が何だか分からなかった。

 けれど光が止んだ時、膝の傷はすっかり治っていた。

 痛みも引いていたので嬉しかった。

 帰ってから甚兵衛にこのことを伝えた。


「おっとう、あのね、こけて怪我したけど勝手に治った」


「はぁ、何を言うとるんじゃ、四郎?」


 甚兵衛は面食らった。

 三歳の子供の言うことである。

 そもそもきちんと話せているかも怪しい。

 だが四郎の話を何回か聞いてようやく事情を理解した。

 同時に酷く驚いた。


「四郎、それはやろうと思えば出来るのかの? 例えばわしが怪我したら治せるのか?」


 そう四郎に聞いても分かるはずもない。

 考えた末に試してみることにした。

 甚兵衛は小刀で自分の指を傷つけてみた。

 赤い血が数滴たらりと垂れた。

「治してくれるかの」と四郎を促す。

 よく分からないまま四郎は手のひらを甚兵衛の指に向けた。

 治れ、血が止まれと念じてみた。

 すぐにふわりと白い光が瞬いた。


「うーん」


 四郎が唸り甚兵衛は驚いたまま言葉を失っていた。

 気がつけば甚兵衛の傷は治っていた。

 ごく浅いかすり傷ではある。

 けれども皮膚が切れた跡さえ無い。

 痛みもまったく無かった。

「こりゃあ大したもんだあ」と呟く。

 パードレの説く聖書の一節を思い出した。

 確かゼズスもこうした怪我や病気の治療を行っていなかっただろうか。

 とすると四郎はゼズスと同じ力を持っていることになる。


「四郎、このこと他の者に言ったか?」


「ううん」


「そうかあ。あのな、誰にも言っちゃいかんぞ。これはな、凄いことじゃ。他の者が知ったら大騒ぎになるからの」


「そうなの? 父ちゃんも出来ないの?」


「出来ん出来ん」


 幼児らしい無邪気な問いである。

 思わず甚兵衛は笑った。

 ゆっくりと説明する。


「父ちゃんも母ちゃんも出来ん。いや、それどころかパードレ様でも出来んじゃろう。もし四郎が出来ると知ったらそれこそ大騒ぎになるじゃろう。じゃからな、四郎。この力は滅多なことでは使うでないぞ」


 三歳の四郎が全てを理解したわけではない。

 けれども甚兵衛の様子からただならぬものは感じ取った。

「うん。使わない」と素直に約束した。


「ええ子じゃ。しかし四郎。お前は凄いことが出来るんじゃのう」


「えへへ」


 誉められたのは嬉しい。

 四郎は子供らしく笑顔になった。


† † † 


「父ちゃんと約束したからこの力は秘密なんだ」


 四郎はりんに話し終わった。

 りんは「へえー凄いなあ」と目を丸くしている。

 その様子が四郎には誇らしかった。

 それでも釘を刺すことは忘れない。


「でもこのことは他の人には言わないでね。色々面倒だから」


「あ、うん。そうだね。もし四郎がこんなこと出来るって知られたら……ああ、そっか」


「怪我した人がどんどん僕のところにやってくるんじゃないかな。そうなったら僕、他に何にも出来なくなる」


「そうなるよね。それにキリシタン弾圧やってるお奉行に目つけられるかもしれないし」


「うん」


 りんの言うとおりである。

 知らない人から見たら四郎の治療術は得体が知れない。

 キリシタンの邪法であると難癖つけられる恐れがあった。

 そんなことで捕まるのは嫌だった。


「だから今までずっと秘密にしてたんだ。自分が怪我した時にこっそり使うくらい」


「へー。でもそれならなんで私に見せてくれたの?」


「ん。りんなら分かってくれそうな気がした」


 この時の感情を四郎は上手く言葉に出来なかった。

 同年代の賢そうな少女に対して憧憬を抱いたのか。

 あるいは別の感情があったのか。

 心の中のものを全て明らかにするのは四郎には難しかった。

 天草四郎時貞もまだ七歳の少年に過ぎなかったのである。


「そっか。私なら分かってくれそうだから教えてくれたんだね」


「うん。りんは色々知ってそうだし。頭良さそうだから。話しても大丈夫かなって」


「ありがと。その信頼に応えるね!」


 りんは四郎の手を取った。

 気がつけば海の近くまで来ていた。

 穏やかな波が砂浜に寄せては返す。

 ザ、ザザァと波音が規則的に鳴っていた。

 りんの声が波音に混じって聞こえた。


「私思うんだけど。四郎はきっと凄い人になるよ。大きくなったら凄いことが出来るようになる」


 四郎は静かに問い返した。


「なんでそう思うの?」


「単なる勘。でもそうじゃない? ゼズスと同じことが出来るんだから、きっと四郎も」


 ザン、と波が打ち寄せた。

 りんが笑った。


「神様の子供なんだよ」


「神様の、子」


 四郎は呟いた。

 胸の内にその呟きを落とし込んだ。

 りんの笑顔が染み込んだ呟きだった。


 この件をきっかけに四郎はりんと仲良くなった。

 仲良くなったとはいっても住んでいる場所は別々の二人である。

 そうそう会えるわけではない。

 コンフラリアがある時に親に連れられその都度顔を合わせるだけだ。

 

 それでも四郎は楽しかった。

 次に会う時はどんな会話が出来るだろうか。

 次に会う時までに自分は何を話せるようになっているだろうか。

 会って話してお別れをする度に次の機会を楽しみにしていた。

「またねー」というりんの笑顔を胸に刻みながら。


 りんは色々なことを知っていた。

「パードレから聞いたんだけど」と前置きしてから四郎に話してくれる。


「長崎にはね、キリシタンの町があるんだって。教会が建っていて、南蛮の人がたくさん住んでるらしいよ」


「南蛮の人が? 追い返されたりしないの?」


「うん。長崎は南蛮との貿易で栄えた町だからね。幕府も乱暴なことは出来ないんじゃないかなー」


「そうなんだ。何だか楽しそうだね」


「うん。だから私、いつか長崎に行ってみたい。南蛮人だけでなくて唐の人もいるんだって。きっと楽しいよ」


 りんの話を聞きつつ四郎は胸を踊らせた。

 長崎に行けばもっと色々学べるのではなかろうか。

 異国の言葉、異国の学問、異国の文化。

 こそこそとキリシタン弾圧の目を逃れることもしなくていいに違いない。

 四郎は「長崎かあ」と口にしていた。

 長崎にはこことは違う世界が広がっているのだろう。

 恐らくその世界はキリスト教の本拠地であるという伊太利亜(イタリア)国のバチカンに繋がっている。


「ねえ、四郎」


「ん?」


 二人は並んで座っていた。

 有明海を見ながらの会話だった。

 りんの目はその海の向こうに注がれていた。


「いつか二人で長崎に行けたらいいね」


「……うん!」


 この時、四郎は十歳。

 りんは十一歳。

 二人が出会ってから三年の月日が経過していた。

 そしてこれがりんとの最後の会話となった。

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