表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

8 過去編 仲良くなれるかな

 コンフラリアが終わると既に深夜であった。

 大矢野島に一泊し、帰るのは翌日となる。

「それまでは遊んでいてええぞ」と甚兵衛に言われ四郎は嬉しかった。

 りんと話せるからである。


「おはよー」


「おはよう」


 りんに挨拶を返した。

 晩秋の早朝だ。

 涼しいというより少し肌寒い。

 けれども四郎は気にならなかった。

 りんが話しかけてくる。


「大矢野島は初めて?」


「うん。今までは肥土を出たことがなかったから」


「そっか。私は二回目なんだ。探検してみようよ」


「いいよ」


 自然とりんに合わせる形になった。

 歩きながらお互いのことを話した。

 りんのことも色々と知った。

 年齢は四郎より一つ上の八歳であること。

 父、母、弟の四人家族であること。

 家族全員がキリシタンであり、家には聖書があること。


「えっ、凄いね。南蛮の言葉で書かれているんでしょ。読めるの?」


「まさかー。無理無理。だけど所々に挿し絵があってね。それを眺めたりしてるよ」


「へー、見てみたいなあ」


 四郎は羨ましくなった。

 本物の聖書が家にある環境など考えたこともなかった。

 パードレが持っているのを見たことがあるくらいだ。

 そんな四郎を見てりんが付け加える。


「うち島原では割と有名なの。よくパードレ様も訪ねてくるしね」


「あ、じゃあ聖書もパードレ様から貰ったりしたのかな」


「そーだよ。世話になったお礼にってくれたんだって。私にユスティナっていう洗礼名をくれたのもそのパードレ様」


「いいなあ」


「うん。多分うちは恵まれている方だよ」


 りんはあっけらかんと言った。

 綺麗な髪が潮風に踊る。

「風強いねー」と言って四郎の方を見た。


「でもさ、何でなんだろと思うことない?」


「何が?」


 二人は自然と並んだ。

 低い丘を越え、海へと下る道である。

 足元が滑らないように気をつけた。


「私達はキリシタンでゼズスの教えを学んでいる。いつかデウスの御下へ行けるように。お祈りを捧げてミサではパードレ様のお話を聞いている」


 りんが急に真面目な顔になった。

 四郎はただ頷いた。

 りんが何を言うのか聞いてみたかった。


「何にも悪いことしてない。だけどキリシタンだってだけで弾圧される。捕まって酷い目に遭うんだ。おかしいと思わない?」


「そうだね。僕も同じかな」


「お侍は全員が平等だったら幕府が無くなるからって怖がってるって。だからキリシタンに酷いことをするんだってパードレ様は教えてくれたけど。くれたんだけど。だったら皆キリシタンになっちゃえばいいんだよね。キリシタンじゃないからそんな風に小さなことにこだわるんだよ」


 りんの言葉は四郎を驚かせた。

 この国の全員がキリシタンに。

 今までそんなことを考えたことはなかった。

「でも、それってすごく難しくないかな」と返すのが精一杯だった。


「うん。難しいと思う。でもせめてキリスト教は悪い宗教じゃないよって分かってほしいよ。だって悪い宗教だったらこんなにたくさんの人が信じるわけないもの。ああ、この教えはいいことだなって思うからお祈りしたりするわけで」


 そこまで言ってりんは言葉を止めた。

 四郎の顔をまじまじと見つめる。

 四郎は慌てた。


「な、何?」


「あ、ううん。急にごめんね。難しい話して。ガーッと話されても困るだろうなと気がついたの」


 自分に気を使ってくれたらしい。

 四郎は「別にいいよ。分かるし」と答えた。

 りんが目を丸くする。


「えっ、今の話分かるの? 難しくなかった?」


「りんが何を言いたいのか分かるから。だから大丈夫」


 答えながら四郎は聖書の一節を思い出していた。

 りんを安心させてあげればいい。

 自分がキリスト教についてある程度理解していることを伝えればいいのだ。


「ゼズスは言われた。心を尽くし精神を尽くし思いを尽くして主なるあなたの神を愛せよ……マタイ福音書 22:37」


「……暗記してるんだね。凄いね、四郎」


 りんが呆然とした表情を浮かべて立ち止まった。

「賢そうな子だと思ったけど私負けそう」と小さく笑った。

「そうでもないよ」と四郎は返した。

 お互い顔を見合わせた。

 同年代で話の通じる相手がいる。

 そのことが嬉しかった。

 どちらからともなく前を向いた。

 下り坂の向こうに海が見えた。

 再び歩き始める。


「もしかして四郎って神童? 私より年下だよね?」


「七歳だよ。りんは?」


「八歳。うわ、やっぱり年下だ。えー、自分より歳下の子で聖書覚えている子初めてだよー」


 称賛の言葉がくすぐったい。

 四郎は自分の心が浮き立つのを自覚した。

 この子ならいいかな、と思う。

 自分の特技を見せてあげても。

 りんの膝の辺りを見る。

 小さな擦り傷が右膝にあった。

 転びでもしたのだろう。

 決めた。


「りん、そこの道端に座って」


「急にどうしたの?」


「僕の特技見せてあげる」


 四郎は得意そうに胸を張った。

 りんは素直に従う。

 手頃な石の上に腰を下ろした。

 四郎もその前に膝を落とす。

 向かい合う形となった。

「右膝怪我してるね」とりんに言った。


「うん。昨日ちょっとね。船から岸に移るときに転んだの」


 大した傷ではない。

 既に血も止まっている。

 傷口もほぼほぼ塞がっていた。

 四郎はその小さな右膝に自分の手をかざした。


「これ綺麗に治るよ」


 宣言すると同時に四郎の手のひらが光り始めた。

 白く輝く光が徐々に強まる。

 りんが息を呑むのが分かった。

 右膝全体を光が包む。

 暖かく優しい感触だった。

 りんは言葉を失った。

「わ、えぇえっ」と驚くのが精一杯だ。

 時間としては短い。

 大きく五つ息をつく間くらいであろう。

 けれど光が止んだ時、りんの傷は無くなっていた。

 かさぶたは取れている。

 すり傷も完全に消えていた。

 微かにこびりついていた血の跡も無い。


「りんなら見せてもいいかなと思ったんだ。役に立つでしょ、これ」


 四郎は得意そうに笑った。

 家族以外に初めて見せた特技だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ