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4 戦いが始まりました

「島原城を落とせ」


 寛永十四年(西暦1637年)十月二十六日、島原の民は口々にこう叫び立ち上がっていた。

 島原領を統括していた松倉勝家はこれに驚き、急ぎ鎮圧の為の兵を出した。

 しかし勢いは一揆側にあった。

 布津、堂崎、有家、有馬からも農民達が加勢したのだ。

 彼らは「サンチャゴ」と唱えながら進撃した。

 サンチャゴとはポルトガルで使われている戦いの際の符牒である。

 白木綿の服を揃って着込み、サンチャゴと呪文のように唱える。

 その手には赤や黒で十字を描いた旗が踊っていた。

 日本史上初のキリシタンの大規模一揆であった。

 島原勢の挙兵を聞き四郎らが立ち上がった時、戦は一揆勢が優勢だった。


「今のところは順調ですね。ここ天草は我らが何とかしましょう」


「然り。ですが唐津藩の兵が向かってきております」


「唐津藩が」


 四郎は眉を潜めた。

 だがそれも一瞬に過ぎなかった。


「勝てますか、宗意軒殿」


「まず間違いなく。数はこちらが圧倒しておりますれば」


 宗意軒の言う通りである。

 一揆勢の数はこの時早くも一万人を超えていた。

 唐津藩の兵数、およそ千五百。

 真っ向勝負でもほぼ確実に勝てる。

 四郎は短く「では戦いましょう」とだけ言った。


 激突したのは冨岡の地である。

 圧倒的な数を活かし、一揆勢は勝利を収めた。

 唐津藩の兵を追い返すことに成功したのである。

 一揆勢は勝ち戦に沸いた。

 だがここからが本番である。


「城までは明け渡さぬ。キリシタンどもめ、調子に乗るなよ」


 唐津藩の残兵達が冨岡城に立て籠もったのだ。

 これは冨岡城代の三宅藤兵衛が戦死したためである。

 いわば間借りとなったわけだが致し方ない。


「冨岡城を落とし物資を奪いましょう。もたもたしていると援軍がきます。冨岡城をさっさと落として島原城も取らねばならぬ」


 宗意軒の作戦に合意して四郎は檄を飛ばした。

 南蛮服を着込み前線に立つ。

「全てはデウスの為に」と高らかに叫ぶと一揆勢が「サンチャゴ!」と返す。

 飢えて疲れた顔に瞬時に闘志が燃えた。

 隊列を組みしゃにむに冨岡城へと押し寄せる。

 だが敵も黙ってやられてはくれない。

 堅く門を閉ざし鉄砲で反撃してきた。

 じわり、とこちらの戦力が削がれる。


「負傷者は後方に下がらせよ。治療する」


 四郎は緊張と興奮に包まれていた。

 左肩を血で濡らした男が運ばれてくる。

 男の呻き声が戦場の騒音と重なった。

 急ぎ右手をかざす。

「しばし我慢せよ」と命じて自分の右手をじっと見つめる。

 すると仄かに白い光が掌より生み出された。

 周囲の者がどよめく。


 "集中"


 念じ、掌を男の傷口に向けた。

 鉄砲の弾に貫かれたのだろう。

 肩の肉が抉れ無惨な痕を見せていた。

 血と肉が混ざった箇所へと光を照射する。

 血の流れがゆっくりと止まっていった。

「おお、これが四郎様の治療術……」と誰かが呟いた。

 構わず四郎は治療を続けた。

 光が注がれるにつれ、血は止まり弾けた肉も修復されていった。

 男が呻くのを止める。


「ありがとうございます、四郎様」


「礼には及ばぬ。無理をするな。傷は塞がっても完調ではない」


 四郎は額の汗を拭った。

「次の者は何処だ」と聞く。

 鉄砲を敵に回すとやはり負傷者は多い。

 四郎の治療術の出番も自然と多くなる。

 多少の時間はかかれどもこれほどの後方支援は中々ない。


「儂も初めて見ますが大したものですな」


「奇跡と呼ぶにはささやかですがね」


 宗意軒の賛辞に四郎は小さく笑った。

「幼少からこれだけは自然に出来ました」と付け加える。

 四郎が神の子と呼ばれる理由の一端だった。

 何故自分にこんなことが出来るのかは分からない。

 だが傷ついた者を癒やすことが出来るのは喜ばしい能力だった。

 前線から送られてくる負傷者を根気よく治していく。

 戦の趨勢を左右するほどの影響は無い。

 だが心理的な安心感は与えてやれる。


 冨岡城の唐津勢と一揆勢の攻防は一進一退。

 唐津勢が鉄砲隊を主力に押し返す。

 こちらは数を頼みに城を包囲し一歩も引かない。

 とはいえ唐津勢は粘り強かった。

 火力を的確にこちらの弱いところにぶつけてくる。

 当初の勢いを削がれ、一揆勢はたじろいだ。


「竹を束ね盾を作れ。弾丸をまともに喰らってはたまらぬ」


 宗意軒の策は即座に実行に移された。

 太い竹を荒縄で括り即席の盾が作られた。

 これを前面に押し出し、敵の銃撃を防ぐ。

 途端に負傷者が減った。

 一揆勢がじりじりと前に出る。


「いいぞ、怯むな。怪我をした者は後退しろ。この四郎時貞が治してやる」


 四郎も声を枯らす。

 今はこの戦の序盤である。

 こんなところで躓くわけにはいかない。

 少なくとも落ち着いた場所を拠点とするまでは。

 目を横にやる。

 枯れた畑の奥、何人かの死体が転がっていた。

 治療が間に合わなかった一揆勢の死体だけではない。

 敵兵のものも何体か混じっている。


 "ここでは無理だ"


 死体から視線を外し四郎は再び前を向いた。

 その目には何ともいえない感情が眠っていた。


† † †


 島原と天草における一揆の勃発は幕府を慌てさせた。

 幕府は板倉重昌を当地に派遣した。

 板倉の役目は現地における司令官である。

 板倉は熊本の細川藩に天草鎮圧の指示を出した。

 この時、まだ四郎らは冨岡城攻略にかかりきりである。


 四郎らは「早く冨岡城を落とさねば細川藩が援軍にやってくる」と内心焦りを抱いている。

 対して細川藩の動きはやや鈍い。

 藩主である細川光利(ほそかわみつとし)が江戸に在住しており、彼が熊本へ移動中だったためである。

 光利が熊本に到着したのは十二月六日。

 もしこれがもう少し早ければ四郎らはどうなっていたか。


 ともかくも十一月の時点では、四郎らは冨岡城に集中することが出来たのである。


† † †


「落とせないものだね」


 四郎はじっと冨岡城を睨んだ。

 さほど大きくない城である。

 それでも十日以上も足止めを食らっている。

 原因は城方の頑強な抵抗にあった。

 こちらが竹の盾を用意したのを見抜き、火矢を使い始めたのだ。

 鉄砲に比べれば飛距離は短い。

 だが燃え盛る油を含ませた矢が数本刺されば、竹を燃焼させるに足りる。

 一揆勢の足を止めるのにこれほど効果的な攻撃もなかった。


「こんなところでもたもたしていられないのに」


 四郎は傍らの宗意軒を見た。

 宗意軒も同意する。


「左様にござる。これ以上時間をかけると細川藩が援軍に来るかもしれませぬ」


「そうなるとまずいな」


 四郎は顔をしかめた。

 城攻めの最中に背後から襲われることになる。

 戦慣れしていない一揆勢では対処出来ないだろう。

 非常事態であった。

 すぐに軍議を開くことにした。

 皆の意見を募る。


「まずは冨岡城攻略に全力を」


「いや、細川藩が迫っているなら状況は別。ここにこだわる必要はなかろう」


「ならばどうするのか」


「それを今考えているのだ」


 意見とも言えぬ意見が飛び交う中、男が立ち上がった。

 名を相津玄察という一揆の中核人物の一人である。


「まずは天草を捨てませい。ここにこだわるよりは島原へ渡った方が良い」


 四郎は「続けてくれ」と促した。


「我らは天草を制した後に島原勢と合流するつもりでありました。けれどもそうも言ってられぬ。島原へ渡り、島原城攻めに参加すべき」


 良策に思えた。

 四郎は「島原を優先する策について皆はどうか」と他の者の意見を聞いた。

 冨岡城攻めにこだわるよりはいいのではという反応が多数。

 その中に「原城へまずは入城しては」と言う者がいた。


「原城?」


「左様にござる。島原城と違い原城は捨てられた廃城。無血で手に入れられまする。まずはここを拠点とし腰を落ち着けましょう」


「なるほど」


 しばし考えた。

 いきなり島原城へ参加するよりは良いように思えた。

 宗意軒も「このまま冨岡城攻めで攻めあぐねているよりは」と言う。

 四郎の肚は決まった。


「よし、原城へ向かおう。船を準備して有明海を渡る」


 天草をまずは抑えたかったが是非も無かった。

 冨岡城の包囲を解き、四郎は島原へと軍を進ませた。

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