3 演じるのも楽じゃないです
後世に島原の乱と伝えられるこの一揆の原動力は何であったか。
考えられる原因は二点ある。
一つ、為政者の苛烈なキリシタン弾圧。
もう一つは相次ぐ飢饉である。
この両方が農民達を追い詰め、遂には武装蜂起と相成った。
為政者側からすれば「何故今になって」と言うところだろう。
彼らのキリシタン弾圧は日常的なものであり、飢饉もまた数年続いていたのだから。
「だがよくよく考えてみればおかしなことだ」
四郎ははっきりと言った。
周囲には何人か農民達が集っている。
森宗意軒も少し離れた場所で四郎を見守っていた。
「キリシタンというだけでなぜ捕縛されねばならない。なぜ聖画を燃やされマリア様の偶像を壊されねばならない。なぜ縄をかけられねばならない。なぜ鞭打たれ槍を突かれ熱湯を注がれねばならない」
大きく手を広げ全員を見渡した。
皆、ぎらぎらした目をしている。
四郎は各々の目の奥に怒りを感じた。
哀しみを読み取った。
「これらは序の口。水責め、逆さ吊り、煙責め。あなた達も見てきただろう、あの惨たらしい拷問の数々を。何の罪も犯していないキリシタンが、同胞達がなぜ死に追いやられねばならなかったのか……全てはこの世に神を敵視する悪魔が満ちているからだ!」
煽りながら、四郎自身が思い出す。
忘れようもない記憶が脳裏に刻まれていた。
ぎり、と自然に奥歯を噛み締めていた。
"そうだ、例えこの者達を死に追いやることになろうとも"
慎重に身構えていた心が突き崩された。
"僕にはやらねばならないことがある"
身をもたげたのは渇望だ。
蝕まれた過去を食して育った暗い情熱。
「立ち上がれ、天草の衆。デウスの教えをこの世に知らしめるために。我ら何を恐れることがあろうか。神の御旗を掲げ、圧政を覆さん。神の子である天草四郎時貞が汝らを導こう!」
四郎の声は風となった。
農民達の戦意の炎を強く煽った。
その場の空気が見る間に硬化し、瞬く間に暴発する。
「応」と誰かが叫んだ。
拳が宙に突き上げられた。
「四郎様の言う通りだ」
「俺らは悪くねえ。悪いのは侍どもだ」
「小西様の時はキリシタン苛めなんかなかった。けれど今は酷えもんだ」
「雑草や木の皮まで口にしなきゃなんねえこんな世の中ぶっ壊してやる」
怒りと憎悪がないまぜになり濁流と化した。
ただの農民達が暴徒と化した瞬間だった。
「神の尖兵達よ」と四郎は更に煽る。
「我らは孤独ではない。旧小西家の家臣達も共に戦ってくれる。戦術面ではこの森宗意軒殿が助けてくださる。我らが幕府相手に抗戦いたせば、九州中、いや全国のキリシタンも立ち上がるのだ。時は来た!」
高らかに叫び、四郎はさっと右手を払った。
その時、暗く厚く垂れ込めていた雲がずれた。
一条の光が天から差し込み有明の海を照らす。
「おお……」と感嘆の声がさざなみのように広がった。
「我らはまず島原を目指す。先立って島原の民が立ち上がった。我らは天草で挙兵し地歩を固める。その後、海を渡り島原勢と合流いたそう。共に戦い共にこの地に神の国を作るのだ」
四郎の檄に農民達の士気が目に見えて上がる。
現状無視の無謀な賭けではない。
島原や天草には鉄砲を持つ農民もいる。
武装面において武士とそこまでの開きは無い。
頃合いを見て宗意軒が声をかけた。
「島原で立ち上がった者は約七百人。しかもまだまだ増えている。島原領主の松倉勝家に正義の鉄槌をくださんと意気揚々にござる。島原城を落とすことが当面の目標になろう」
宗意軒の狙いが城奪取なのはごく自然であった。
まず味方に足りないのは食糧なのだ。
城に備蓄してある米を奪わねば一揆など出来ない。
こちらには時間が無い。
相手の出鼻を挫いての電撃戦しかないのだ。
宗意軒は「四郎殿」と振り返った。
「見事な演説でした。さすが神の子ですな」
「よして下さい、神の子だなんて」
こっそりと隠れつつ四郎は嫌そうな顔になった。
引き受けはしたものの内心うんざりはしている。
「演じるのが精一杯ですよ」とぼやいた。
奇跡の一端と呼ばれる回復術は使えるが、これも回数制限がある。
神の子と呼ばれるほどの能力は自分にはあるまい。
「その割には乗り気に見えましたが。皆の士気も目に見えて向上しておる」
「効果的な演説については長崎で習いました。デウスの教えをより効果的に伝えるため、話し方にも工夫がありましたから」
「なるほど。有益なことですな」
「ええ。南蛮の学問は本当に幅広い」
頷きながら四郎は長崎の日々を思い出していた。
数年に渡り四郎は長崎で宣教師達に師事していた。
キリスト教の教義だけではなく、語学、数学、薬学、天文学などの実学を学ぶ機会もあった。
そしてその中に……表立っては言えぬものもあったのだ。
だがその事を口にはできない。
少なくとも今は。
「宗意軒殿、出陣の用意は」
「既に整っております」
「では行こう。我らが戦場へ」
心の内を顔には出さず四郎は前へと足を進める。
秋の海が夕陽を反射し赤々と燃えていた。




