16 神の子の意地を見せます
数日が経過した。
徐々に幕府軍が圧力を強め始めた。
大砲の回数が増えてきた。
鉄砲による射撃も威嚇から本格的なものになりつつある。
それに引き換え一揆勢は元気がない。
食糧難はますます酷くなっている。
城の海側の壁に打ち寄せた海藻さえ貴重な食糧となっている。
飢えがじわじわと理性を奪っていた。
この事態において四郎は宗意軒に自らの決意を話すことにした。
二人だけの軍議である。
聞き終えた宗意軒はしばらく絶句していた。
「何と……そのような無茶を通すおつもりか」と呻くのが精一杯であった。
「無茶は承知の上だ。けれどもこれしか手が無い。いや手が無いというより、こうでもしないとどうにもならない」
「しかし四郎殿。これではお主は間違いなく真っ先に死にますぞ。確かにこのままでは我らは討死するは仕方なし。ですが同じ死ぬにしてももう少し選びようがあるはず」
宗意軒が必死に諌める。
好意で言ってくれているのは分かる。
だが四郎は首を横に振った。
結末くらい自分の手で選びたかった。
「分かっています。でもね、宗意軒殿。僕はこれでも神の子なんですよ。例え祭り上げられただけであってもね」
煩わしいと思っている。
馬鹿馬鹿しいと思っていたのも嘘ではない。
だがここまで追い詰められて尚、信者達は四郎を信じてくれているのだ。
何もかも失敗した自分を信じてくれているのだ。
ならば……最後に一度くらい。
「僕は奇跡を具現化してみたいんです。命と引き換えにしても。これでもキリシタンの端くれなのでね」
「むぅ」
「同じ死ぬならばせめてそれくらいはやり遂げてみせます。故に宗意軒殿。頼みます」
四郎は頭を下げた。
宗意軒は天を仰いだ。
老いが目立ち始めた顔に諦めの表情が浮かんだ。
「心得申した」とだけようやく答えた。
「かたじけない。これで僕も心置きなくやれる」
「礼を言うのはこちらの方じゃよ、四郎殿。しかし本当に良いのか」
「はい。心は定まりましたから」
その瞬間、ぴしりと空気が引き締まった。
森宗意軒は改めて四郎の顔を見た。
ぶるりと戦慄が背を走る。
これまでに見たことが無いほど四郎は猛っていた。
二人の間の空間がみし、みしと圧され密度を増す……錯覚と分かっていながらそう感じずにはいられない程だった。
「見届けさせていただきまする」
宗意軒は深々と頭を下げた。
† † †
季節は二月半ばの真冬。
夜ともなれば堪らえようも無い程寒い。
有明海からの海風が吹けば体を芯から凍えさせる。
幕府軍の兵士達はぶるぶると震えていた。
誰かが「う〜寒いなあ。早く暖まりてえなあ」とこぼす。
「寒いのは分かるけどよ、俺ら見張りなんだ。目離しちゃ駄目だろ」
「分かってらあ、そんなこと。けど城のキリシタン共、もう虫の息じゃねえか。こんな夜中に攻撃してくる元気ねえよ」
「そうかもしれないけどな」
たしなめた方が苦笑する。
実際同僚の言う通りである。
キリシタン達の籠城策は失敗だ。
今日の食事にも事欠く連中である。
戦う意欲も元気もない。
それが分かっているのでこちらの警戒も緩む。
「たまに鉄砲撃ってくるやつもいるが全然見当違いの方向狙ってるしな」
「さっさと全員が棄教すりゃいいのによ。命を捨ててまでってのが理解できねえ」
「飢饉で追い詰められてってことなんだろ、実際。もうちょっとやり方があるだろうにな。ここまで抵抗されたら各藩面子丸潰れだし」
兵の中には一揆勢に同情的な者もいる。
徴兵される前は農民だった者がほとんどだからだ。
一歩間違えれば自分もという訳である。
とはいえ長引く戦にうんざりしていた。
「どんな形でもいいから早く終わらねえかな」という言葉が皆の気持ちを代弁していた。
その時である。
兵の一人が目を凝らした。
原城の方で何か光ったような気がしたのだ。
慌てて目を擦って見直す。
こちらの篝火が何かに反射したのだろうか。
いや、違う。
淡い白い光が少しずつ近づいてきていた。
「おい、おかしくないか」と他の者に呼びかけた。
「何だ、あれ?」
「人くらいの大きさだな」
「まさか幽霊か? この戦で死んだやつの?」
「馬鹿、幽霊があんなにはっきり見えるかよ」
「だったら何なんだよ。おい、だんだんこっちに近づいてくるぞ」
にわかに色めき立った。
攻城のために構築された陣地である。
簡易ではあるが防御壁もある。
仮に敵であってもここは抜けまい、とその場の誰もが思っていた。
白い光が更に近づいた。
陣地との距離、凡そ二町。
相手は正体不明のままだ。
兵士達が顔を見合わせた。
彼らを束ねる組頭も起きていた。
その場のざわめきに顔をしかめる。
「薄気味悪いのう。ふん、おおかた狸か狐が化けているのだろう。鉄砲隊、撃ち方用意」
命令に従い鉄砲隊が火縄銃を構えた。
ガキリと重い音が闇の中響く。
一人が組頭を見上げた。
「確かめなくてよろしいので?」
「どうせろくなものではない。撃て!」
即断だった。
命令に従い引き金が引かれる。
十発以上の鉛玉が放たれた。
暗闇の中でぼうと光る発光体である。
間違いなく数発は命中するはず。
そう、そのはずだった。
「白乃御盾」
朗々とした声と共に白光が二つに分かれた。
一つが前に出る。
光は大きな盾のような楕円形となっていた。
銃弾が殺到する。
けれども光の盾が全て受け止めていた。
それも弾かず全て包み込むように。
「わざわざ喰らってやる義理も無いしね」
もう一つの白光の塊が呟いた。
先程の声と同じと兵達が気づいた時には事態は急転していた。
光の盾が消える。
呟いた白光の塊が一気に距離を詰めていた。
人型をした光の輝きが兵達の目を眩ませる。
二町の間合いは瞬く間に詰まった。
ザンッと鈍い音と共に兵の一人が倒れた。
赤々とした血が舞う。
衝撃、絶叫、そして驚愕。
「曲者だ、出会え出会えええーっ!」
「武器を手に取れ、やばい奴がいるぞっ!」
「何をしている、早く討ち取らんか!」
怒号と悲鳴が響き渡る。
混乱の間に光が後方にくるりと宙返りして跳んだ。
タン、と防壁に着地する。
「ま、いつまでもピカピカしていても仕方ない」と言った。
すぅと白い輝きが薄くなる。
兵士達が見上げる中、
その正体が明らかになった。
暗闇の中に浮かび上がるのは一人の少年の姿。
整った顔は若々しく瑞々しさに溢れている。
前髪がさらりと垂れていた。
服装は白い襞襟が特徴的な南蛮服。
だがその表面を時折白い光が覆っている。
服というよりその内部、少年の肉体そのものが発光しているようだった。
兵士達の中から驚きの声が上がった。
「貴様、まさか。まさか一人で歯向かうつもりかっ」
「ああ。君等が狙うのは僕の首なんだろう。こちらから出向いてあげたよ」
不敵な笑みを浮かべた。
「天草四郎時貞、ここに見参」
少年は。
四郎はそう言いながら腰からゆっくりと抜刀した。
白刃が篝火に煌めいた。
奇妙な静寂がその場を支配した。
けれどもそれも一瞬。
見下ろす四郎。
見上げる幕府軍の兵士達。
両者の間の緊張が高まり、弾ける。
「やれえええええ!」と怒号と共に何本もの槍が四郎に突き出された。
四郎は軽々と跳躍してかわす。
集団の中に着地寸前に鋭い斬撃を一閃。
いや、二閃。
二人の兵士を同時に切り倒した。
そこから一気に乱戦へと持ち込んだ。




