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12 原城は落とさせません

 原城の堅牢さに幕府軍は手を焼いた。

 攻め寄せても攻め寄せても攻略出来ない。  

 本丸を落とすどころではない。

 出城の一つすら落とせていなかった。


「くっ、所詮は寄せ集めのキリシタン共ではないか。なぜあんな城一つ落とせぬ」


 板倉重昌は憎々しげに原城を睨む。

 城を囲んで既に二十日以上も経過していた。

 なのに目立った戦果も挙げていない。

 いつになったら落とせるのか目処が立たない。

 いや、それだけにはとどまらない。

 松平伊豆守信綱が九州に到着したとの一報があった。

 このままでは現在の自分の任務が取り上げられてしまう。


「ぐぬぬぬ、せっかくの一揆鎮圧の機会が。伊豆守が島原に着く前に何とかせねば」


 板倉重昌もそれなりの野心はある。

 小なりといえども大名。

 戦功さえ立てれば板倉家もより栄えよう。

 この考えが厄介なのは彼一人の見栄のためではない点にある。

 板倉家の血縁者、家臣らの生活の為にもより戦功を立てたい。

 根幹にはそうした理由があった。

 だからこそ焦っていた。


「やむえん。鍋島家、立花家に伝えよ。明日総攻撃をかけるとな。有馬と松倉の軍勢には儂が直々に命令する」


「殿、お待ちくだされ! いまだ原城攻略の取っ掛かり一つ見出しておりませぬ! 今しばらく腰を据えて機を伺うべきでは!」


「分かっておるわ、そんなことは。だがもはや時間が無いのだ!」


 重昌は重臣達を一括した。

 季節は真冬。

 海風も冷たく心胆まで凍えそうだ。

 にもかかわらず重昌は冷や汗をかいていた。

 緊張と焦りが平常心を奪っていたのだ。


「明朝じゃ。朝日が昇る共に原城を落としにかかる」


 重昌はぐい、と原城を睨みつけた。

 海沿いに立つ城は堂々とそびえ立っている。

 これに対し四郎ら一揆勢はどう対処したか。

 結論から言えばこれまでと同じであった。

 即ち粘り強く受けては退ける。

 真っ先に反応したのは森宗意軒であった。


「四郎様。幕府軍が大きく動くかもしれませぬぞ」


「というと?」


「鍋島、立花の軍が左右に展開しております。総攻撃の準備かもしれません」


「ふぅん。覚悟を決めたか」


 宗意軒の報告に四郎は慌てなかった。

 不敵な笑みを浮かべている。

 来るなら来いと言わんばかりだ。

 この城は簡単には落ちない。

 そして自分の準備も整いつつある。

 大規模な戦いとなれば戦死者も一気に増加するはずだ。

 頃合いかもしれない。


「細かい判断は皆に任せる。負傷者はいつも通り僕が治すから早めに後方に」


「はっ。いつもご負担をおかけします」


「良い。治療術は神から授かった力だ。この聖戦で役立ててこそだろう」


 一揆勢の心の支えの一因が四郎の治療術だった。

「四郎様が治してくれるなら大丈夫だ」という盲信が士気を上げている。

 実際には一揆勢の状況はそれほど良くはない。

 籠城している以上はいつかは物資が尽きる。

 それまでに幕府軍を突破して補給線を確保しなくてはならないのだ。

 原城における籠城は苦肉の策とも言えた。

 それでも四郎は気にしていなかった。

 なるようになれと思っている。

 自分の最優先にすべきはこの戦いに勝つことではない。


 耳を澄ませた。

 微かに信者達の祈りの声が聞こえた。

 戦いの音も散発的に聞こえてくる。

 鉄砲の銃声、刀や槍の金属音、人々の怒号やわめき声。

 そのどれもが煩わしかった。

「本当に大事なものとは何だろうね」と何気なく呟いた。

 宗意軒が眉をひそめた。


「は、何かおっしゃいましたか?」


「いや、何でもないよ」


 そう、全ては些細なことだ。


† † †


 長く寒い夜が明けた。

 板倉重昌は予定通り全軍を動かした。

 原城を落とさんと兵を進ませる。

 もちろん一揆勢も黙っていない。

 森宗意軒の号令一下、鉄砲隊に迎撃させる。


「この城に近寄らせてはならぬ! 撃ち落とせ!」


 ドン、ドドドンと銃口が火を噴いた。

 幕府軍の足軽がもんどりうって倒れる。

 だが踏み越えてきた後続が殺到した。

 原城の裏手からは鍋島、立花の軍勢が。

 正面の大手門には板倉指揮下の軍勢が迫った。

 味方の銃による援護射撃のおかげで何とか門に近寄る。

 だが一揆勢は取り付かせない。


「油を投げろ」


 城壁の上から一揆勢が次々に壺を投じた。

 落下して壊れるとぴしゃりと液体が四散する。

 独特の臭気が鼻をついた。


「火矢をお見舞いしてやれ」


 更に弓兵が火矢で追撃する。

 朝もやを破り火矢が赤い弧を描いた。

 油に着火すると途端に炎が燃え広がった。

 火炎による攻撃は見た目も派手である。

 背中を燃やされた兵が暴れ回った。

 幕府軍の隊列が乱れる。


 こうして城を巡る攻防が続いた。

 攻め手の幕府軍が手をこまねき、一種の膠着状態に陥った時だった。

 一発の銃弾がその膠着状態を破った。

 倒れ伏したのは板倉重昌である。

「が……」と鈍い声を上げて馬上から落ちた。

 慌てて部下達が駆け寄る。

 けれども手遅れだった。

 銃弾は重昌のこめかみを貫通していた。


「殿が、殿が撃たれたぞっ」


「退け、退けぇー!」


 残った兵達は退却するしかない。

 裏手を攻めていた鍋島、立花家も軍を退いた。

 一揆勢は勝利に沸き立った。

「ゼズスのご加護のおかげじゃ」と口にする者もいた。

 その興奮の渦の中、四郎は落ち着いていた。

 浮かれることもなく冷めた表情のままだ。

 部下に指示を出す。


「城の周りに倒れている幕府軍の兵を収容して地下室に運べ。死の前では誰もが等しい。僕が弔うとしよう」


「ははっ。さすが四郎様。慈悲の心を敵にまで向けるとはお優しゅうござります」


「そういうわけでもないよ」


 四郎は苦笑した。

 賞賛されるようなことでは無いことは自分が一番良く知っていた。

 その口元には暗い笑みが浮かんでいた。

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